第23話 大焼却にて
森を分け入る冒険者たち
全身黒いレザーの出で立ち
動きを阻害しない程度の鉄板が張り付けられた鎧を纏っている
どこの世紀末だと声を大にして言いたい
だけどよく考えられているとは思う
軽くて頑丈
急所は薄い鉄板で防御されている
そりゃ全身鉄板鎧なんてファンタジーでも難しいよね
鉄は重い
そりゃもう重い
飾り以外で鉄の鎧なんてのは無理がある
もし3㎜厚程度でも全身鎧なんて何キロあるんだって話だ
第一刃物を防ぐ鉄板なんて相当な厚さになるはずだ
それこそ着て歩くなんて無理
彼らの革鎧の表面に張られた薄い鉄板は刃物を防ぐものじゃない
表面を滑らせて致命傷を回避する程度の物に過ぎないのだ
昔からバイクに乗っているとよく判る
密着させた全身レザーは理にかなっているのだ
動きを阻害せずに頑丈で衝撃も逃がすし滑りも良い
リアリティ抜群のファンタジー装備の極みだ
特にこういった森の中では効果を発揮する
小枝や石ころに引っ掛けて怪我をする事も無い
動きを阻害しないので機敏に動く事が出来る
問題は結構熱くて蒸れるんだよね…
先頭を行く6人の冒険者はそんなごく普通の恰好をしている
逆に街中では浮くだろうが、ここではぼくらの方が浮いている
いつも通りの白いローブのクリストフに父と母にぼくの4人
さらに後方に着くのは2人の執事
この世界に疎いぼくでも判る
これめっちゃ目立つ…
特に後方の6人があり得ないほど目立つ
街中ならまだしも、ここは森の中なのです…
ロレーヌの街から領主の紋が入った馬車に揺られる事1時間
その森の入り口からさらに分け入り歩いて2時間ほど
子供の足では辛い距離だが我慢できないほどでは無い距離にそれはあった
ゴブリンの集落だった
以前見たものとは規模が違う
沢山の建物とそれを囲む堀と壁
ロレーヌの街に繋がる運河から引いた用水路
それを中心に町並みと言っていい風景があった
まるでミニチュアのロレーヌの街だ
人口も1000に届く規模が住めるだろう
だが不思議だ
目視できる距離に居ながらその喧騒が無い
「こりゃまずいな」
「はい、以前俺達が来た時もここには誰も居ませんでした
最初は何かのいたずらか、戦時拠点かとも思ったのですが」
「拠点、ってのが当たりだろうさ
ただしゴブリンのな
こりゃどっかに5000近く居んじゃねぇの」
「ご…5000ですか?
しかしさすがにその規模ですと…」
「ここにゃ収まらねぇってか
そりゃそうだ
だが親父の兵が半壊する規模って言や2000以上は居るだろうさ
おそらく各地に拠点を点在させてんだろうよ
少なく見るより多く見る方が後で気持ちも楽だしな
今頃一堂に会して決起集会でもしてんじゃねぇの」
この男…
軽く言ってるけどその数本当に判ってんのかね
こっちは今10人で向こうは5000
偵察にしたって無理でしょうよ
「じゃ、ジーク借りてくな」
「おう、怪我させんなよ
ジーク、がんばれよ」
いやいやおとうさま?
なんで笑顔でサムズアップ?
くりすとふさんもなんでぼくの首つかんでますか?
母さんまで超笑顔だし!
『フロウ・フライ』
クリストフの詠唱によっていきなり体が軽くなる
足元がおぼつかない感覚、というより浮いている
これあれだ浮遊魔術だ
確か枠外魔術とか言われる補助系統魔術のはず
家の魔術書には詳しく書かれていなかったけど
確か基本は物を浮かせて運びやすくする為の魔術だ
人間にも適用可能だとは書いてなかったけど…
これってすごい事だよな
なんせ重力遮断だ
どの程度の応用が利くか判らないけど、それによっちゃとんでも無い事になる
これ向こうの世界で使えたらブラックホールから生還とか出来かねない
というか光速超える速度だって可能だろうし、アインシュタインも真っ青です
ぼくとクリストフはふわふわと糸の切れた風船のように宙に浮かび始めた
ゆっくりとゆっくりと周りの木よりも高くなり
いつの間にか森を見下ろす高度にまで上がっていた
父さんたちの姿はもう豆粒みたいになっている
「昔これで初めて飛んだ時な
上空の風の強さにビックリしたもんよ
そのうち息も出来なくなっちまってな
いつの間にか失神、気付きゃ地面がせまっててよう
ありゃ本気で死ぬかと思ったぜ」
ちょ、おま
今言うかそれ
ていうかぼくを巻き込む理由が知りたい!
やっぱ今は良いから後でじっくりと!
「安心しな
ちゃんと俺らの周りの気流だけは風魔術で抑えてる
息も出来るし流されても無いだろ」
確かに不自然なくらい安定はしてる
透明なバランスボールの中に入ってるみたいな感覚だ
多分何種類もの魔術を組み合わせて実現してる状態なんだろう
こいつやっぱ天才なんだなぁ
「落ち着いたか?
じゃあお前の出番だ
森の中で不自然な場所を教えてくれ
お前の千里眼なら見えるだろ」
「それならクリストフさんでも出来るんじゃないですか?」
「俺がか?
無茶言うな
ライトニングの応用って言われてもよう
全然理屈が判んねぇよ」
うーん、それほど難しい説明では無いと思ってたんだけどなぁ
光を蜃気楼みたいに虚像を屈折させるだけ
まぁ向こうとこっちじゃ物理現象の違いとかあるのかもしれない
まぁ魔術がある時点で物理とかカッコワライなんだけど
取り急ぎぼくは千里眼を発動させる
とはいえ森の中全部を見渡す必要はない
上空から見てぽっかりと空いた空白地点に狙いを絞る
ちょうどこの真下のような拠点になりうる地域だけでいいのだ
今回はかなり上空からの観察という事もあって家の中より実際楽だ
何度も屈折を繰り返して壁の向こうを見るほど難しくない
狙いを定めてピントを絞る
むしろ望遠鏡に近いだろう
何度か同じ作業を繰り返すと、この真下の拠点と同じような個所が幾つもあった
その中には確かにゴブリンの姿も見て取れる
放棄されたのかボロボロになった拠点も含めると10か所程度
さらにその中でゴブリンの姿が確認できたのが4か所だ
奴らは大いに賑わっていた
剣や槍を振り回すもの
捕らえたエモノを食い散らかすもの
首の無いエモノに一心不乱に腰を打ち付けるもの…
大量の人の首を並べて悦に浸るモノ…
もぎ取った睾丸を手毬に遊ぶモノ…
縛り付けたヒトのパーツを引き千切るモノ…
狂乱だけがそこにあった
「ジーク!!」
クリストフの声で我に返る
目の奥と手が痛い
良くないモノを見すぎた
気付かぬうちに爪が食い込むほど手を握りしめていたようだ
「見たか?
あれが奴らの所業だ
クソ以下の奴らのクソのような本性だ
ウジ虫の方が幾分救いがあるってもんよ
何の知性も無いくせに中途半端に知能があるせいでこうなる
奴らはあっさりとこの世に地獄を生み出す
この手の連中はな、まず殺すんだ
まず殺してから考えろ
最初に殺してからゆっくり考えれば良い
それはゴブリンだけじゃねぇ
この前の盗賊も同じだ
何を言おうと聞く耳を持つな
人の言葉を喋ろうと喋れまいと関係ねぇ
奴らは同じモノだ
あれはな、鳴き声なんだよ
意味のある言葉じゃねぇ
犬がワン、猫がニャーってのと同じだ
違いは1つだ
奴らは俺らを殺したがってんだよ
殺してから考えろ
話はそこからだ」
見てしまった
見せつけられた
あれは地獄だ
この世の地獄があった
だけどそれは裁きなんかじゃない
ただ楽しむためだけに痛めつけて殺している地獄だ
救いは無い
何の余地も無い
「お前が示せ
俺が殲滅する
殺された人、これから殺される人
お前が救え
俺が手を貸してやる」
クリストフを見上げる
彼もこの光景を見た事があったのだろう
だから同じ怒りを覚えている
その手は怒りに震えていたから
「…拠点は4つ…
森の中に3つ…
岩山の洞窟に1つ…」
ぼくはその4拠点に向けてライトニングの光を向けた
判りやすいように
あぁ、でもこれだと連中にも気付かれてしまうかな
失敗だったかも
「判った
よく見てろ
これが浄化の仕方ってやつだ」
クリストフが大きく両手を広げる
いつもなら右手だけに掲げる杖が今日は違う
いつもの物より大きい物を両手に一本ずつ
そしてクリストフの詠唱が始まった
『血の盟約に従い顕現せよ
ゲヘナの火よ
全てを焼き尽くし汝が贄を食い尽くせ
焦がせ 焦がせ 焦がせ
我が求めるは地獄の爆炎
その威を以って常世全てを焼き尽くせ』
クリストフの頭上に巨大な黒い火球が生み出された
1つ、2つ、4つ…
都合40にまで増えた火球は見ているだけで眼球が焼けそうな熱を放っていた
これは、まさに死だ
「俺も人生でそう何度も使ってねぇ大魔術だ
よく見とけ
この先二度と見れねぇかも知れねぇぞ
現人類の生み出せる事実上最大火力だ
魔王にも通じる一発
ここで見せてやる」
『40連・フレアバースト』
4つの連隊に別れた黒い火球
それが示された地点にほぼ同時に着弾する
森中に響く炸裂音、上空にまで伝わる衝撃波
それは4つの巨大な火柱を生み出した
火柱の直径は集落よりも大きい
逃げ切れるモノなど居ないはずだ
なんせこの男が魔王にすら通じると言ったのだ
その威力は折り紙付き、想像を遥かに絶していた
巨大な火柱はさらに周りの酸素を取り込んで増大していく
一瞬ゆらりと震え、縮んだかと思った次の瞬間
火柱は螺旋状に回転を始め、さらに強大な暴力へと姿を変えた
まさに地獄の炎がそこにあった
これはファイヤーストームだ
火災旋風やファイヤートルネードとも呼ばれるもの
まさに炎の竜巻
その温度は軽く1000度を超えるとされる
かつては核実験時にも発生したらしい
つまり彼の放った魔術は核爆発に匹敵するという事
それが同時に近距離で4つ
生きていろと言う方が難しい
火災が密集して起こると発生する可能性があるという
周りの酸素を取り込み、消費しながら成長する大火災
その内部はさらに高温で、時速400㎞近い乱気流となる
最も効率的な大量破壊魔術だった
だけどこれまずいよね
距離は離れてるけどすぐにこの辺りも火に包まれるはずだ
もしかするとそれより早く酸欠になる可能性もある
火災旋風は完全燃焼形態の一種のはずだし…
だがその炎も1分もしないうちに蝋燭が吹き消えるように消えてしまった
不自然すぎる消え方だった
これもあれかな
魔術って事で収めなきゃいけない奴かな
「フレアバーストは高温の火種だ
火種を消せば上のでっかいのも消えるだろ
当たり前じゃねぇか」
いや、そういう問題じゃなくて…
類焼してるんだから最初の火種が消えてもだめじゃないの?
まぁ魔術ってのはイメージの制御が大きいらしい
そういうものだって思って制御すればそうなってしまうのだろう
かくしてゴブリンの大規模集落は1分も持たずに消し炭となった
ロレーヌの街すら危ないとか言ってたくせにもっと危ない奴がいた
まさに歩く核弾頭
世界平和とは真逆の存在としか言えない奴がここに居た




