第21話 語り手のロレーヌ
あるところにシグルドという青年が居ました
彼の後ろには屈強な2人の男と可憐な2人の少女
ピピンという名のドワーフはとても巨大な戦斧を掲げ
クリストフという名の魔術師はとても立派な杖を掲げています
ライラという名の少女は赤いドレスを身に纏い
メルポという名の少女は白いドレスを身に着けていました
それぞれが立派な武装に立派な服装
ですがシグルドだけは違いました
ボロボロの革のマントに腰の剣も量産品
余りにも釣り合わぬその姿に周りの人たちは眉をひそめていました
その日彼らはとある地方領主の館へと招かれていました
シグルド以外の4人の姿は周りの貴族にも引けを取らない立派なもの
シグルドの姿はそれはもう際立って目立っていました
領主の前に引き出された彼らは下肢付く事も無く堂々と立っていました
領主の取り巻き達は一斉に彼らに誹謗を投げかけます
とくにシグルドへのものは酷い物でした
彼らは元より冒険者
本来ならばここに立つほどの立場も無いものたち
ですが心無い貴族のたった一言が事態を変えてしまいます
「薄汚い半魔の分際で」
ピピンの打ち下ろした戦斧の石突が謁見の間全体に巨大な地響きを
クリストフの手からは4色に輝く光弾が
ライラの手には赤く発光する2対の長剣
メルポの頭上に掲げられた青く輝く長槍が部屋全体を光で包みました
ですがそれをいさめたのはシグルドでした
彼は右手を軽く振るうだけで4人を止めました
そうしてその右手を軽く胸に、腰を折って頭を垂れます
あくまで膝は付かぬその姿はまさに縛られぬ者
彼は問う
何故この場に呼んだのかと
領主は答える
竜を殺してほしいと
彼は問う
何故竜を殺すのかと
領主は答える
竜が人を殺すのだと
彼は踵を返す
部屋の外へとむけて
留める領主、罵倒する貴族
平然としたシグルド、憤慨を隠そうともしない4人の男女
シグルドは部屋を出る前にただ一言
その場の全ての者に聞こえる声でこういった
「引き受けた」
ロレーヌからほど近い森に竜は住まうという
その竜ははるばる空を越えやってきた
たまたまはぐれたのか
はたまた惹かれるものがあったのか
竜は人を食う
火を吐き、空を飛び、鉄の武器ではキズさえ付けられぬ
これまで数多くの兵たちが挑み、死体すらも戻らなかった
数多くの騎士が挑み、その姿を見て逃げ戻った
数多くの冒険者がパーティーを組み挑んだが、戻る者は居なかった
シグルドに白羽の矢が立ったのは何のことは無い
ただこの街にもう彼以上の者が居なくなっただけの事
ある者は竜に挑み、ある者は街から去り、またある者は冒険者さえやめた
その姿は死の顕現であるといい、人が敵うものではない
ならば彼らに生き残る術などあるはずも無かった
彼らは谷を渡り、土埃を超え、森を抜けその地へと至った
そこに森は無く、むき出しの大地に赤く染まったクレーター
巣の外に捨てられたたくさんの亡骸
その中心には緑の鱗が輝く竜の姿
威風堂々ととぐろを巻いて眠るそのまぶたは固く閉ざされている
傷1つ無いその姿は勇壮
死そのものにして全ての生を否定するもの
竜に敵う生物は無く、魔族ですら裸足で逃げ出す
そこに対峙するは名も知られていない5人の冒険者
彼らを傍観する者たちは1人として彼らが生きて戻らぬと信じて疑わなかった
竜は眠る
傍らには既に竜を狙う冒険者の切っ先が抜き放たれている
竜は眠る
その身を傷つけ得る存在など無いと知っているから
竜は眠る
生まれながらに最強であることを知っているから
竜は眠る
ボロボロのマントを羽織った男が自分の鼻の上に立っていようとも
竜は眠る
その驕りを驕りだと知らぬから
竜は眠る
竜は死を知らぬから
竜は眠る
ほどなくして、永遠に光を失う事さえ予想だにせず
始まりの合図は無く始まった
けれどその行動は全て同時に行われた
ライラの双剣は左の眼を
ピピンの戦斧は右の眼を
クリストフの両手から放たれた数百の光弾が全身を焼いた
竜は咆哮する
その声は傍観者たちの鼓膜を裂いた
竜は目を開けようとするも叶わなかった
その目は永遠に塞がれている
二度と日の光を見る事は無い
竜は暴れた
天を裂く爪牙を振り乱し
大地を砕く尾を叩きつける
激痛の中で悶える竜の姿は天災そのもの
だがその竜の眉間に立つ1人の男
暴れる竜の顔の上に立ちその剣を構える
天が逆さまになり大地にこすり付けられようと男は体勢を崩さない
ただその剣を構えている
ゆっくりと剣を振り上げ、その切っ先を竜の額に狙いを定める
放たれる一閃
音も無く、光さえも置き去りに剣は深く深く竜の眉間を切り裂いた
見る者に見せぬ音無しの剣
それは一閃で竜の命すらも絶って見せた
二度、三度と竜は悶え、やがてその動きを止めるまでに然程時間を要しなかった
傍観者の言により竜の死が告げられた
街には安堵が訪れた
だが5人の凱旋者の姿はどこにもなかった
やがて彼らが人を連れ竜の森へと戻った時にその意味を知った
供養された千にも届く人達の墓が森を埋めていた
そこに彼らの姿は無く、既に去った後だった
竜をも倒した英雄の物語
それは神をも殺す英雄の物語
これは英雄シグルドの英雄譚
その日シグルドは酔っていた
完全に泥酔していた
二日酔いじゃない
昨日の酒精が朝起きた時から酔いを与えていた
領主様に会える名誉が珍しく彼に緊張させたせいもあるだろう
せっかくこの日の為に新調した正装も吐しゃ物に塗れている
その時のシグルドの落ち込みようと言ったら、それはもう見ていられないほどだった
領主の館の一室で彼ら5人は待たされている
ピピンは愛用のミスリルの戦斧を磨いている
それは彼の日課だ、いつどこであっても欠かさない
クリストフはいびきをかいて寝ている
彼にしてみれば生まれ育った自宅、緊張など皆無だ
メルポはため息をつきながらシグルドの正装を洗っている
館のメイドにわざわざ金まで握らせて買いに走らせた洗剤も役に立たない
ライラは落ち込むシグルドを見て笑っていた
普段無口で落ち着いた雰囲気のある彼女も、こういう時ばかりは見た目通りの少女に見えた
さすがは4大貴族ロレーヌ公の館である
一見すれば城とも見まがう大きさに並の冒険者なら尻込みするだろう
やがて通された謁見の間はとても広かった
足首まで埋まりそうな柔らかい絨毯
その両脇にはたくさんの貴族達が双列をなしていた
これはその真ん中を歩けという事か
貴族たちの視線が5人を射抜く
先頭に立つシグルドの姿は場末の草臥れた酒場で管を巻く酔っ払いにしか見えない
後ろに立つ4人がそれをさらに際立たせていた
だがこの部屋に入った時にはシグルドの酔いも吹き飛んでいた
頬が紅潮しているのは酔いではなく緊張からだ
それでもなお二日酔いだけは収まっていない
下手に躓けば途端に胃袋の中身をひっくり返す自信があった
その荘厳な雰囲気に気圧され逃げ出したい衝動に駆られる
剣の腕には自信がある
相手が常勝将軍と言われるアルベール公でも勝つ自信があった
でもこれは別だ
ここは剣より弁が力を持つ場
そっと後ろを振り返ろうとして、やめた
後ろに立つ4人の殺気がシグルドの動きを止めた
今逃げれば刺す
彼らの殺気は雄弁に語っていた
そうしてやっとのことでゆっくりと歩を進める
あまり早くは歩けない
今にも胃袋をぶちまけそうだったからだ
ロレーヌ公の顔をやっと認識できるくらいの距離まで来て、傍らの兵の槍が鳴る
ここで止まれという合図だ
本来ならここで下肢付き頭を垂れるのが筋だ
だが何かが喉まで上がってきている
あまり大きく下を向けば容赦なくモザイクがかかる事態になる
なんせもう立っているだけでも辛いのだ
見かねた周りの貴族の罵声が飛んでくる
早く膝をつけだの、礼を失する下賤の者だの、少々図が高すぎるのでは…だの
やかましいことこの上ない
大声出すな、頭がガンガンする
言い返したくても余裕が無かった
「薄汚い半魔の分際で」
どこで調べたのか、そんな事をいう貴族の声が聞こえた
激昂したのは後方の4人だった
それは禁句だ
シグルドは気にしていない、気にするほどの事ではないと思っている
それでも4人は違う
せっかくここに呼ばれるほどに上り詰めたのに不意にするわけにもいかない
シグルドは二日酔いで満足に手も上げられなかった
プルプル震える右手をやっと胸にやり、そして一気に吐きそうになった
悟られぬように胸を押さえてうつむく
ここはさっさと切り上げて帰ろう
今は何よりも早くキンキンに冷えた水が飲みたかった
「ここに呼ばれた理由をお聞きしても?」
やっとの事でそれだけを口にした
その後のロレーヌ公の話は長かった
なんでもどこからか竜がやってきて森の中に住み着いたという
しかもそれに追われた魔獣が大森林から抜けて周りの村を襲いだしたと
せいぜいはぐれた子竜程度だとたかをくくって数人の兵や騎士を送り込んだ
しかし結果は予想外の全滅
ならばと冒険者を使おうとしたが彼らは竜がどういうものか知っている
小さな未成熟の子竜であってもまともな額では雇われない
たとえ子竜でも命がけの仕事となる
竜殺し、ドラゴンスレイヤー
それは冒険者を続ける上で最上級の称号の1つだ
喉から手が出るほど、他人を蹴落としても、友人を殺しても欲しい物だ
だがおいそれと領主が冒険者を大量に雇い、まして最上級の称号を量産するわけにもいかない
そこで白羽の矢が立ったのが彼らだったという話だ
パーティーのリーダーでないとは言ってもその中の一人はロレーヌ性
既に大陸中に名を馳せるクリストフ・ロレーヌ
稀代の魔術師にして逃亡した4大貴族の長男であれば話題作りには十分だろう
透けて見えるそんな思惑
受けるべきか蹴るべきか
彼は立ち上がり謁見の間から立ち去ろうとする
その時に見えた仲間の顔は様々だった
「竜は財宝抱えとるんじゃろ? 行くしかあるまい」
「竜が相手じゃ魔術は役に立たねぇよ、やめときな」
「竜殺し、良いじゃないか」
「ケガなら治せても死んじゃったら意味ないよ?」
部屋の門に手をかけ、そっと領主の顔を伺う
立派な髭を蓄えた人気もあり人徳的な領主だ
彼に貸しを作っておくのも良いだろう
しかもクリストフの祖父だ
なら悪いようにはならないはずだ
だから笑顔で返答した
「引き受けた」
竜が巣くった森はロレーヌから半日程度の距離だった
既に森は焼け、赤い大地が露出している
大森林から飛び火のように派生した森
こうした森に惹かれて群れからはぐれる竜も少なくないという
竜自体現代では見る機会も少ない
空を舞う緑竜などは時折群れで舞う姿を見る事が出来る
だが地を駆ける赤竜や川や海を泳ぐ水竜は限られた地から出る事も無い
予想通りそこに居たのは緑竜だ
それも小さな子供の竜
3m程度の羽のある竜であった
それが鼻から炎の息を吐いて眠っている
「なんとかなりそうじゃの」
元々ドワーフの故郷には岩山が多く、この程度の赤竜はよく出没していたという
確かにミスリルの戦斧であれば竜の鱗であっても断つだろう
だが万一という事もある
「先に目をつぶそう、私の剣でも竜は難しい」
彼らはそれぞれ配置につく
生まれながらに耐魔術要素の強い竜に人間の魔術は通じない
だがそれでも念のためにと、クリストフは地の魔術を行使する
「クレイアース」
途端に竜の四肢に地面が絡みつく
僅かばかりの足止めを狙ったものだ
これで竜が暴れても少しなら持つだろう
竜の正面に前衛3人が立つ
起きる前にやらなければ被害が増える
先手必勝
彼らは同時に動いた
ライラの赤い双剣が瞼の隙間から眼球を切り裂く
ピピンの戦斧が瞼ごと眼球を砕く
シグルドの何の変哲もない量産品の剣が竜の額を縦に割った
結局眠る竜は起きる事なく、1度も暴れることなく絶命した
死んだ後の竜は耐魔術の加護を失う
それでも鱗は十分に強度を持つ鎧になり爪や牙は武器になる
肉は美味で血は滋養強壮に効く
さすがに不老不死とまではいかないまでも3日程度なら寝ずに走れるだろう
クリストフの火の魔術で鱗をあぶり逆立たせてから革を剥ぐ
こうしておかないと人の武器では歯が立たないのだ
クリストフとピピンが竜の解体を進める間にシグルドとメルポは被害にあった人たちを供養して回った
ライラの人嫌いは筋金入りだ、さすがに無理強いは出来なかった
解体と供養は夕方前にあらかた終えていた
夕食は当然竜の肉になる
それは焚火であぶるだけで充分に美味かった
実際の所彼らにとってみれば拍子抜けだったろう
いざ意気込んで挑んでみればあっさりと事は済んでしまった
運が良かったと言う事も出来る
だが運こそ冒険者に最も大事な要素だ
なら彼らこそ一流の冒険者と言える
予想以上に簡単に手に入った竜殺しの称号
それがさらなる反響を呼ぶのはまた別の話




