第20話 ロレーヌの街にて
5日目のお昼
やっとこさぼくらはロレーヌの街に辿り着いた
正確には街の入り口に辿り着いた
大きな門の前にはとてもとても沢山の人だかりが列をなしていた
なんだろう
アイドルのコンサートでもあるのかしら
なんて言いたくなるほどの行列だ
そのほとんどが馬車や牛車を牽いていた
ぱっと見はおそらく行商人だろう
その全てが門の前で列をなしている
一台一台、一人一人順番に丁寧に門の前で検査を受けている
これ今日中に入れるのか、って数だ
「ロレーヌの街が王都に次いで治安が良いって言われるのがコレだ
出るのも入るのも全てチェックされる
武器の持ち込みは禁止されちゃいないが…
まぁ変な輩はコレだけで寄り付きゃしねぇわな」
「ほへー…」
いかん、思わず変な声が出た
行列もさることながら、街を囲む壁もまた見事なものだ
白く高く美しい
白亜の壁だ
実際の高さは5mくらいだろうか
その周りにはぐるりと堀が走っている
街を貫く河川を分岐させているのだ
まるでΦのような形をしている
堀の幅も10m近くあるだろう
気付かれずに泳いで渡るにも壁がその行く手を塞いでいる
そう簡単には登れない
鉄壁の城塞都市と言ったところだ
勿論街に近づいてしまえば端から端など一度に視界には入らない
大きく体ごと首の向きを変えてもかなり広いのが判る
そうして見れば検閲を受ける門は複数ある事も判る
勿論その列もまた複数伸びている
「あの川の向こうはエルフ領だ
泳いで渡れば警告無しの即射殺
子供だろうが王族だろうが関係ねぇ
人間の法の外ってこった」
「うへぇ…」
変な声が止まらなくなりそうだ
実際城壁の上にはチラチラと兵の姿が見て取れる
泳いで渡るどころか近づくだけで撃たれそうなんですが
エルフ領とか関係なさそうなんですが…
ぼくはこっそりと詠唱破棄でライトニングを発動させる
お得意の千里眼だ
光を屈折させて強制的に遠い場所の様子を探る
覗きだけが目的じゃありませんですよ
まぁあまり遠くまで見通すにはかなり意識を集中しなきゃいけなくなる
なのでこの場は右目だけを城壁の上から見下ろすように接続する
そこで判ったのは…
まぁ見通せないくらい広いって事だけだった
確実に1人だと迷子になる自信がある
二度と3人に会えない確証がある
つーか1人だとどっちに行っていいかも判らないな、これ
ぼくは思わず母の手を取っていた
「大丈夫よ
兵士さん達だってお仕事ですもの
良い子にしてれば皆さん良い人たちよ」
いや、まぁそうじゃないんだけど
いかんいかん、体がこうだと精神まで幼くなってしまう気がする
なんせ見た目は幼児に毛が生えた、ってかそもそも毛も生えて無い訳だし
あぁ、なんか悲しくなってきた…
ようやくぼくらの番が回ってきたのは日の光がてっぺんを少し過ぎた頃だった
しかも検閲らしい検閲も無く、母の出した書類に軽く目を通して終了
数分も無い出来事だった
これなら先に通してくれても良いんじゃないかなぁ…
「この街の門はいくつかあるが用途ごとに別れてんだ
貴族専用、兵士専用、冒険者専用、それ以外が複数個所ってな
俺たちゃ引退組だ、ここしかねぇのさ」
そう言いながらクリストフは懐からタバコを取り出して吸い始める
ふわふわと紫煙を吐き出してご満悦だ
おぉぅ…羨ましい…
いや、この体ではさすがに我慢だ
「おいクリストフ、子供の前だぞ」
「良いじゃねぇか
残り少ねぇタバコでずっと減らしてたんだ
やっとストック補充出来ると思ったらおれぁもう…!」
確かに村に居た頃も旅の間も、クリストフはほとんど吸っていなかった
正確には見える場所で吸ってなかっただけなんだけど
それはきっとすごい我慢だ
元ヘビースモーカーにはよく判る!
「ぼくも良いと思う
クリストフさん吸ってるとき嬉しそうだもんね」
「お!
判ってんじゃねぇか!」
そりゃ判りますとも
なんせこちとら数年禁煙中です
ていうか頭グシグシするのやめてください
結構本気で力入れてんじゃん!
「ま、今日の所は病み上がりも居るしな
さっさとどっかで宿取っちまいな
俺は一度家に帰る」
「なんだ、一緒に行かないのか?」
「明日の謁見には立ち会ってやるよ
どうせ朝一には並ばねぇと昼にも間に合わねぇんだからな
俺にもちったぁ気を使え」
そういうとクリストフは手をひらひらさせながら街の喧騒に消えていった
咥えタバコのままだったけどこの街では咎める者はいないらしい
よく見れば喫煙者の数もかなり居る、ていうか灰皿らしきものがそこかしこにある
この街は良い町だ!!
「じゃあ行きましょうか
今日は早めに宿に入って、明日は最初に謁見ね
ちゃんと早起きできるかしら」
「まだ体調も戻ってないだろう
無理はダメだからな、ジーク」
完全に子供扱いです
ていうか子供ですけどね
ぼくは力強くうなずくと2人の手を取って間に立って歩き出す
親子3人になるのは本当に久しぶりで、自然と足取りも軽くなる気がした
街は広かった
その広い街の中でも大きくも無く小さくも無い宿にぼくらは入った
結構な距離を歩いたと思う
着いた頃には夕暮れすぎだったし
部屋に通されたぼくらは足早に食堂へと足を向けた
食堂はそれなりに広く騒がしい
うちの村の住人以上の数が軽く居るのが見て取れる
それぞれが思い思いに食事を楽しんでいた
出された食事は見事なものだった
これは向こうの…元の世界でも遜色無い物だ
こっちに来てから見た事も無いほど豪華なもの
さすがは4大貴族のお膝元と言ったところだ
ポテトサラダを液状化させたようなドレッシングのかかったサラダ
野菜自体も新鮮だし白と黄色のマーブル模様になったドレッシングも美味しい
僅かな酸味と甘みが食材の持つ色を引き出している
マジで美味い
ここのパンは柔らかかった
焼き立てでふわふわで中までもっちりしている
他の食事の邪魔をしないよう味付けなどはされていない
まさに普通のロールパンだ
緑色のスープは豆がベースのようだ
青臭さではない新鮮さと自然の恵みを感じさせる
砕いた豆をクリームで溶いたような甘みある味
ずんだスープだな
肉も素晴らしい
ナイフを通せば否応なく肉汁があふれ出てくる
焦がしタマネギとベリーのソースの相性も良い
本気でステーキしてる
なんとデザートまで出た
柑橘系のシャーベットのようだ
柚子とか甘夏が近いかもしれない
ただがっつりかけられた蜂蜜が口の中で恐ろしい威力を発揮していた…
向こうの世界を思い出す味と構成
だが何かが違う喪失感
一生懸命似せようとしているのに本物になれない
目指す場所は見えているのにたどり着けない
物が違えば味も違う
環境が違えば雰囲気も違う
そんな中でも手探りで進んだ結果
ぼくの抱いた印象はそれだった
今までで1番美味しい食事だったのは確かだ
これが毎日食べられれば最高だと思う
ちょっと手を加えれば向こうの味にもっと近くなると思う
だけどお高いんでしょう、ってやつだ
寝室のベッドも向こうの世界を思い出すような清潔なものだった
白いシーツ、柔らかいベッド
潜り込めば沈んでいきそうな…
てかこれウォーターベッドじゃね?
1度潜り込んでしまえば底なし沼のようだ
ずぶずぶと睡魔に吸い寄せられていく
隣のベッドから聞こえる「まだあの子起きてるから…」
なんて声も聞こえないフリをしながらぼくは眠りに落ちていった




