第19話 旅路にて~4日目~
村を出て4日目の事
朝からの晴天にも関わらず、気温は低いまま
昨日の雨の影響を引きずっているのでしょう
ぼくは盛大に風邪を引きました
朝から眩暈に嘔吐感
発熱に頭痛、腹痛、喉の痛み
関節の節々にも痛み
風邪と聞いて思いつく症状のオンパレードです
ですが問題はそれだけでもありません
雨を避けるために街道を逸れたのも良くなかったのでしょう
大森林の軒先にかろうじて突っ込んだ牛車も傾いています
おまけに見る限り街道らしきものは見えてもいません
「あー、左前の車軸が逝ってんな
作れりゃ交換出来そうだが、どうよ?」
「所詮木製だしな
半日もあればなんとかなるが…」
「…問題はこっちだろうな」
クリストフと父がこっちを見ています
その目は今までに無い位心配そうです
いえいえ、このくらいじゃ死にませんよ?
ただの風邪じゃないですか
「走りゃ1日かからずでロレーヌだが、医者連れてとなりゃ往復2日は見ねぇとな
車軸直して夜通し駆けても2日で着くだろうさ
けど2日持つのか…こいつ」
え、なにそれこわい
2日持つとか持たないとか
これ風邪じゃないの?
なんかの風土病とかですか?
母の手が優しく撫でてくれる
とても暖かい…
ていうかなんで泣いてますか?
そんなにガチなやつなの?
「…私が連れて行くなんて言わなければ…」
「お前のせいじゃない
最初に賛同したのは俺だ
責任は俺にある」
泣いて抱き合う夫婦の図ってやつですね
いつもなら茶化すクリストフも今は見ないフリって…
待って―
そんなに深刻なんですかー!?
まぁよく考えなくても昔は日本でも風邪で死ぬ子供は居たんだよね
こっちじゃ6歳までは神の預かりものなんていう位だし
風邪で死んでもおかしくは無いのか
おぉ、軽く見すぎてたかもしれん…
「俺がジークを背負って街まで走る
多分それが1番早いはずだ」
「判ってんのか?
それでも丸1日走りっぱなしだ
お前はともかく、ジークの体が持つと思うか?」
「…しかし…」
「冷静になれ
おめぇが落ち着いてなきゃ何にもなんねぇ
優先順位を間違えんな」
お、良い事言ってる
優先順位は大事ですよね、うん
大人3人揃ってるけど思った以上に大混乱ですね
ぼくも1度冷静に考えましょう
まず今のぼくの状況
…って完全に風邪ですね、それも結構きついやつ
頭はまだ回ってるみたいなので発熱はそこそこでしょう
早めの対処が肝心です
本当はあったかくして寝てるのが1番です
でもこっちの風土病とかだとしたら面倒ですね
それ用の薬とかあると良いんですが…
まぁそこは医者に任せましょうか
じゃあ次は栄養を取るのが大事です
消化吸収が良くて食べやすい物
ビタミン剤とかあったら最高なんですけど…
さすがにそれは無いでしょう…
かろうじてすぐ口にできるのは果物くらいでしょうか
お、オレンジっぽいの発見
でかいね…
ぼくの顔くらいのオレンジとか食べ辛いったりゃありゃしない
牛車の外では大人たちがキャーキャーワーワー言ってます
それをおかずにオレンジにかぶりつきます
この際だから贅沢言わずに皮ごとガブリと
おほー、酸っぱい!
皮が厚くて果汁が少ない…
おまけに種もたっぷりと…
なんかオレンジの原種って感じがしますね
見た事無いけど
村から持ってきた愛用のカップに牛乳を注ぎます
シャバシャバしてて薄いけどしょうがない
パンを浸して柔らかくして食べましょう
このオレンジ入れたら固まってチーズっぽくなるのかな
本当はどれも熱を通した方が良いんでしょうが…
あいにく子供だけで火を使うのもなんですしね
簡単に火が出せる大人はまだあーでもないこーでもないしてますし
おっと干し肉も発見
さすがにこっちの干し肉は歯が立たない…
本気で文字通り歯が立たないのです…
冷えてるし風邪っ引きの身ではさすがに辛い
噛んじゃったけどそっと戻しておきましょうか
それにしても旅の食材って病人にはツライ物ばかり
保存食自体が発展したのも向こうじゃ超近代だし
よく考えなくてもこっちの文明レベルじゃこれが当たり前なのでしょう
しょうがないよね
熱を通して真空にするのはともかく、パック詰めにする容器が無い
ガラスのビンだって高級品だ
金属加工だって難しいだろう
一般的に使えるのは陶器くらいかな
もし普及できるレベルの物があればお金になると思うんだけど
そういうのはある程度余裕が無いと難しいのかもしれない
娯楽だって少ないし嗜好品の類も出回ってるとは言い難い
酒とタバコなんて最たるものだ
とはいえ移動環境で長期保存できる物は早めに考えておきたいものだ
今後もこう言った事が無いとも言い切れない訳だし
水の魔術があるんだから氷の魔術だってあるかもしれない
うん、これは今後の課題だな
ついでに圧縮空気の循環で冷蔵庫なんてのも面白そうだ
こっちは労力がいるからそう簡単にはいかないだろうけど
やる事も考える事も山ほどある
向こうが恋しいわけじゃないけど快適な環境は欲しいのです
と、3個目のオレンジに手を出したところで大人たちがこっちに気付いた
黙々と食事をするぼくの姿に呆けている
栄養補給は大事なんですよ
ぼくはひらひらと手を振りながら軽く返した
「あ、どうぞお構いなく」
大人たちの喧騒はあの後すぐに収まった
大事なのは落ち着くことなんですよ
それを1番小さいガキンチョが体現してるんだからね
大人たちもすぐに行動に移った
父とクリストフは木材を切り出して牛車の修理に当たっている
母が牛車の外で作っているのは病人食だろう
ぼくはありったけの毛布にくるまってぬくぬくとそれを眺めるだけ
まぁさすがに何かできる状況でも無いからね
結論から言うと今回の体調不良は本当にただの風邪だ
ただの風邪で命を落とす子供が一杯いるという話
その子供たちの年齢が主に6歳未満が多い
そしてぼくはまだ4歳だ
うん、大人たちが焦るのもしょうがないよね
世界的な例に見ても助からない子供が多数を占める
というよりまず助かっていないらしい
原因は医療技術だろう
さすがに祈祷で治しまーす、って事はもう無いらしい
だけどそれもほんの数十年前までは普通だったのだ
最近になってやっと祈るよりなんかマシな手段が見つかった程度
医療のレベルじゃない
せめて最後くらい腹いっぱい好きなもの食わせてあげよう
あれ?祈祷より食わせた方が効果あるんじゃね?
色々食わせてみよう
死亡率下がりました
って感じらしい
それまでの祈祷と言えば悪い血を抜くだとか
夜通し踊って祈るだとか
熱くなってるんだから水にぶっこんでみるだとか…
そりゃ死ぬよね
大抵2日持たずに大半死ぬらしい
そりゃ無理だよ
体力ある大人でも難しいだろうさ
ぼくの希望としてはあったかいお風呂でゆっくりする事なのだが…
さすがにまぁそこはダメだった
なので毛布にくるまってぬくぬくしております
出来るだけ早く風邪治さないといけないもんね
お昼にみんなで病人食を突っついた後は焚火に興じます
父とクリストフはいよいよ車軸の交換に入ったようです
といっても木製
軽くも無いし精度も無いだろう
急ぎ仕事の割に丁寧な仕上がりになっている
何度も砂と水で研ぎ出された上に焼き石で炙ってある
ここで出来る精一杯の出来上がりと言っていいはずです
毛布にくるまってぬくぬくのぼくが上から目線
横転状態にひっくり返された牛車から折れた車軸を抜いていきます
よく見れば車輪も真円なんて見て判るほど程遠い仕上がり
でも外周に獣の革を巻いてある程度補正が掛けられている様子
なるほど考えてあるもんだ
車軸を抜いて新しい物を入れる
元の車輪を付け直して見た目は完成
車軸の太さもほぼ同じで揃っている
こっちの世界の冒険者は本当に何でも屋ですね
当たり前のように見ているが、木製とはいえ4人が寝れるサイズの牛車
勿論他にも荷物が乗るように出来ている
サイズ的には向こうの世界の2t車ベースの貨物車クラスはある
それを木製とはいえ大人2人で倒したり起こしたりする冒険者
正確には元冒険者か
引退して現役はとうに退いている
それでもこの筋力だ
見慣れてしまったけど、実際人外だよなぁ
それから何度も車輪にがたつきが無いか空転させて確認した
そこまでするかと思うほどに入念に
やってやりすぎな事は無いだろう
これで出発の準備は整った!
と思った束の間…
森から出てくる一匹の犬…
いやオオカミの子供か
これも魔獣なのかな
全身が黒い毛皮に覆われた子犬にしか見えない
サイズ的には豆柴くらいだろうか
日の光を受けても反射しない黒い毛皮はとても綺麗だ
その目だけが金色に輝いている
「ねぇ、母さん
あれって…」
「どうしたの?」
振り返った母の目が驚愕する
ん?
見た目は普通の犬にしか見えないけど
これも結構ヤバイ系の魔獣ですか?
「あなた!」
「ああ!
すぐに離れよう!」
クリストフが焚火を雑に?き乱して消している
その間に父が牛車を転換させて牛を繋ぎ直す
ぼくは母に小脇に抱えられて牛車へと飛び乗った
余りに早すぎる撤収にぼくは面食らったまま、あっという間の出来事だった
「よくやったジーク
ありゃグレーターウルフの子供だ
子犬みたいな見た目だが、魔獣特有の魔術まで使う一級品だ
黒い災害、密林の暗殺者、竜を食らうモノ
色んな呼び名があるが、成体だったら全滅必至だったな」
おぉ、まじですか
こっちの子犬こえぇ!
ていうか竜を食らうって…
あの見た目で竜より強いの?
「あいつらは本来群れで行動する
はぐれたのか、斥候か
同サイズならタイマンで竜でも食っちまう
人間の冒険者なんざ…
まぁ現役の俺らでも無理だな
災害ってなぁよく言ったもんよ」
そりゃ犬のサイズで魔術使ってきて跳ねまわられたら無理でしょうね…
銃火器あってもご遠慮願いたい
例えるなら無限弾倉の小銃が空中飛んで狙撃してくるみたいなもんか
もしくは自立稼働する超小型戦闘ヘリ
今生きてるのは運がいいだけって事ですね
そんな訳でなんとか街道脇まで戻ったところで早めの休息と相成りました
予定よりかなり時間も押してます…
波乱万丈、はてさてこの先どうなる事やら…




