第1話 神様と出会って
第一声は
「もぎゃー」
だった
うん、なんともしまらない
でもしょうがない
それ以外の声が出なかったんだからしょうがない
もぎゃもぎゃ叫びながらも状況を確認したかった
でも出来なかった
体は自由に動かないし目も鼻も耳も利かなかった
たくさんの人が周りに集まっている気がした
気がしただけだ
生まれたばかりのこの体は自分の自由に動かない
なのになんでたくさんの人がいると思ったんだろう
思っただけか?
きっとそれは違うと思う
歓迎されていると思った
無条件に祝福されていると思った
生まれてくれてありがとうと聞こえた気がした
そこには母がいた
そこには父がいた
そこにはたくさんの人がいた
皆が祝福していた
ぼくの誕生を祝福していた
ぼくの二度目の生が始まった
生まれた瞬間からぼくには意識があった
考えることができた
でも赤ん坊の体ではそれを表現できなかった
手を見て
腹を見て
足を見る
父を見る
母を見る
誰かを見る
この体は彼らと何かが違っていた
それが何かはよく判らないけれど
この体は何かが違っていた
この体は光っている
うすぼんやりと光っている
模様のようなものが光っている
父に模様は無い
母にも模様は無い
あそこの誰かも模様は無い
父と母が話している
だけど内容は理解できない
それは知らない言語だった
父と誰かが話している
やっぱり内容は理解できない
聞こえてくるのは知らない言語だった
母と誰かが話している
知らない言語が飛び交っている
母が笑ったので何かが嬉しかった
誰かが去っていく
母が笑って手を振り見送っている
父も笑って見送っている
父と母だけになり静寂が訪れた
二人は一言も発しない
こちらを凝視しながら何も発しない
父はそっとぼくを抱えると衣服を脱がした
その手はとてもやさしく
そして震えていた
ぼくの体は光っている
光る模様が浮かんでいる
それは入れ墨やタトゥのようにも見えた
最初に母が泣き
父の目からも涙が流れた
父はそっとベッドにぼくを戻した
そういえばぼくはなぜこの二人を両親と思ったんだろう
知らない二人を両親と認識したんだろう
生まれて初めて見たのがこの二人だからだろうか
だけどそれも違うと思う
何か判らないが違うと思う
知らない二人との間に何かの繋がりを感じたことは否定できないのだ
静寂の時間はどれほど流れただろう
窓の外はいつの間にか暗くなっていた
二人はずっと泣いていた
罪悪感が込み上げた
この状況はきっとぼくが与えたものだ
ぼくのせいで引き起こされたのだ
ぼくは何かを言おうと思った
二人に何かを言おうと思った
口からは「もぎゃ」という音が漏れただけだった
父がやさしくぼくを持ち上げると
横たわる母の横にそっとぼくを寝かせてくれた
やはり母は泣いていた
睡魔が訪れた
それは抗えないものだった
ぼくは抵抗もせずあっさりと意識を手放した
それは何度目の朝だっただろう
両親は知らない誰かが訪れた時だけ笑顔を見せた
それ以外の時はずっと黙ってぼくを凝視していた
だけど今日の知らない人の訪れだけは別だった
それまで以上の痛いような沈黙が支配した
その人の顔には模様があった
その人の模様はぼくとよく似ていた
同じような模様がうすぼんやりと光っていた
ぼくの目はそれに釘付けになっていた
その人は二言三言、両親に話しかけていた
話しかけていたように見えた
だけど理解できなかったんだから仕方ない
その人が去ってから二人は涙を流していた
声を殺して泣いていた
ぼくにできることは何もなかった
仕方ないじゃないか
この体は赤ん坊なんだ
何もできない赤ん坊なんだから
一か月くらいしたろうか
この体は優秀だった
思った以上に優秀だった
結構簡単につかまり立ちができた
頭が重くてバランスが悪いが慣れればすぐだった
掴まらずに歩けるようになるまでそれから半月もしなかった
両親は大喜びだった
涙を流しながらも笑顔だった
そんな笑顔は生まれた時以来だったかもしれない
2か月目くらいだろうか
この脳みそは優秀だった
思った以上に優秀だった
両親やお客さんの会話から彼らの言いたい事を推理した
さすがに引っ切り無しに訪れる客の名前までは難しい
それでも両親の名前くらいは理解できた
母の名はメルポ
父の名はシグルド
そしてぼくの新しい名前はジーク
理解した
実感した
ぼくは生まれ変わったのだ
それがどういう理屈かは判らない
何があってこんな事になったのかも判らない
だけどその上で理解した
ぼくは知らない地で生まれ変わった
新しい生を受けたのだ
ならばそれを謳歌しなきゃいけないだろう?
だったら最初にやる事はひとつだろう
感謝を込めて名前を呼ぶのだ
パパやママじゃつまらないだろう?
だからぼくは叫ぶのだ
「…めぅお しぐぅお!」
うーん、変な声
両親が泣いた
また泣いた
でもその顔は笑顔だった
半年もたったろうか
ぼくの生活はにわかに変化が訪れた
お客の質が変わってきたのだ
二日に一回はいかにもな兵士が訪れる
全身を鈍い金属の鎧に固めた兵士だ
兵士は最初からなんとなく気に食わなかった
ていうかなにこいつ
うすうす判ってはいたけど物騒すぎやしないか?
何を堂々と腰に帯剣までしてるんだ
だがそんな兵士の言動は早口ではあっても丁寧だった
丁寧だった気がする
この体はまだそんな早口までは対応してません
大抵の場合はシグルドが一喝してハイ終了
諦めませんからねー的な事を言って去っていくのだ
去り際は結構寂しそうなんだけどね
それはそうとそろそろココの言葉も覚えてきた
最初こそ日本語とは文法とか表現とかが違いすぎて戸惑っていたけども
考えてみれば簡単な話だった
この体も脳みそも新生児なのだ
意識だけは中年のおっさんなのが辛いところ
それでも新しい言語はあっさりと習得できた
だがそんな簡単に本性を晒すわけにもいきますまい!
なんせぼくは新生児
物事にはTPOが大事なのです!
しかもこの体、とっても燃費が悪い
動けるからと歩き回ればすぐに腹が減ってめまいがする
低血糖だ、とメルポに抱き着くのだ
「めうぽーおなかすいたー」
母はとてもやさしく抱き上げてくれる
優しい香りが鼻腔をくすぐるのだ……が…
あいにく股間は反応しない…
息子の、それも赤ん坊の目から見ても母はとても美人だった
これが他人だったら、と思うと危ない想像まっしぐらだ
しょうがないじゃん、オトコだもの
出るとこ出てます、引っ込むところも勿論です
ボッン! ッキュッ! ンッボーン! である
前世の体が欲しいところだ!!
だが人妻だ
人妻、ていうか母だ
シグルドの奥さんなのだ!
腰まで伸びた金髪のポニーテールに縦に割れた金色の瞳
鈴が鳴るような香り立つ声
そして少し長いとがった耳
今なら判る
母はエルフだった
えー、なにこのファンタジー
とはいうまい
だってここは日本どころか地球ですらない
もしかしたら異世界かもしれない
ならなんだってありだ
しょうがないだろう
死んだぼくが生まれ変われるんだから
母に抱き上げられてご飯を貰おう
といってももう離乳食だ
なんか色とりどりのドロっとしたものが口に運ばれる
それをぼくは疑いなく嚥下する
味は言うほどわからない
だけど幸せだってことは感じられるのだ
もちゃもちゃと離乳食を食べながら父を見る
幸せそうな笑顔でこちらを見る父を見る
目が合うとニッコリと笑ってくれる父を見る
父、シグルド
その体は鍛え上げられていた
そりゃもうムキムキだ
だがでかくてゴツゴツってほどでもない
程よく無駄なく鍛え上げられている
胸筋も腹筋も割れていて男のぼくから見ても立派な体だ
無造作に切り揃えた髪は黒く、瞳も吸い込まれるように黒い
長身ってほどでもないが今まで見たほかの人より少し背は高い
よく見れば手も足も体も傷だらけなのだ
戦う男の体だ
歴戦の勇士ってやつだ
本人だって何時の傷だか覚えてないだろう
それほどに酷使された体は美しかった
誇らしかった
結果としてぼくが生まれたのが嬉しかった
父のようになりたいと思った
母の助けになりたいと思った
それと同時に絶望も感じていた
この体の中身は、たぶん目の前の両親よりも年上のおっさんなのだ
それが絶望を与えていた
拭い去れない不幸が待ち受けると、そう感じていた
父は、母はどう思うだろう
この体の中身がどうしようもないボッチのおっさんだと知ったら
この両親はどう思うだろうか
絶望?
失望?
不幸のどん底?
判っている
当然だ
自然なことだ
同時にもう一つの絶望が襲い掛かってきた
両親の顔が思い出せない
目の前に居る、ではない、前世の両親の顔
さらに絶望は膨らんでいく
ぼくの前の名前はなんだった
ぼくの前の姿はどんなだった
思い出せない…
思い出せない……
思い出せない………!
気付けば目の前が真っ白だった
いきなりおとずれる浮遊感
光のトンネルを落下していく浮遊感
これは、あの時のものだ
死んだときのものだ
前世の僕が、死んだ瞬間だ
声にならない声が出る
悲鳴を上げる余裕もない
今までのはなんだったんだ
あの半年はなんだったんだ
生まれ変わって幸せを謳歌した半年は
全てを忘れて得ようとした半年は…
落ちても落ちても終わらない
体はどんどん落ちていく
どこまでも…どこまでも…
そして不意に終わった
急にピタリと体が止まったのだ
重力やらカンセイノホウソクなんかも全部無視して
それが居た
「やあ、こんにちわ」
それは光の塊に見えた
「お、いいね。その表現好きだよ」
光で埋め尽くされた空間の中にさらに明るい光の塊が浮かんでいた




