第16話 旅路にて~2日目~
蹂躙だった
それはまさに蹂躙と呼ぶにふさわしい
ほんの数分の出来事
そこには死体の山が出来ていた
ぼくら4人は牛車に揺られながら街道を行く
他愛もない談笑
とりとめのない会話
最初に街道脇の茂みから連中が飛び出してきた事に気付いたのはぼくだったはずだ
クリストフの冗談に牛車の中のぼくとメルポが笑い、御者台のシグルドが失笑する
たまたまぼくが後ろの窓から見えた連中の姿に息を飲み
それに気付いたクリストフが振り返る
盗賊たちの襲撃だ
奴らの1人が牛車に手を掛け、同時にクリストフの詠唱破棄魔術が着弾した
首から上をあっさりと弾き飛ばされる盗賊
倒れる上半身
吹き出す血煙
クリストフが飛び出し、メルポが笑顔のままゆっくりと腰を上げる
その笑顔はどこか凍てつく氷の薔薇を連想させた
慣れている、と感じた
こういった状況に常に身を置いた人間の持つ雰囲気があった
「ジーク、あなたも一緒に降りましょうか」
グシグシと力強く頭を撫でられる
安心させようとしてくれている
メルポに手を引かれ、牛車の後方から見えた風景に息を飲む
殺戮が始まっていた
クリストフが杖を振るうだけで離れていたはずの盗賊が無残に切り刻まれる
それは詠唱破棄された風の魔術
見えない真空の刃
ウィンドカッターの連射だった
また別の盗賊が剣を振り上げて走ってくる
いつの間にか回り込んだシグルドがその背後から盗賊の腕を切り飛ばす
痛みに呻くよりも早く体が縦に裂ける
片手で盗賊を両断したシグルドの姿が見えた
茂みからは次々と盗賊が飛び出してきていた
飛び出した数だけシグルドの剣が煌めく
両断される盗賊が次々に生産されていく
その全てが頭から股間にかけて、まっすぐ2つに分かれていた
「う…いひ…ひぃぃぃ!!」
「クレイアース!」
腰を抜かし、逃げ出そうとする盗賊をクリストフの魔術が捕縛した
足元にまるで落とし穴でもあったかのように下半身がまるごと埋まっている
それが同時に3人
クリストフは同時に3つの魔術を行使していた
それはぼくの視界に入っていなかった
何かが倒れるような、零れ落ちるような若干濡れた音が牛車の前方から聞こえる
振り向けばそこにシグルドが居て、2人の盗賊が両断されて倒れる所だった
目にも映らぬ速度で人が死んでいく
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
茂みからさらに1人が飛び出した
剣を振り上げ、まっすぐにぼくに向かってくる
それはかなり近かった
気付いた時には目の前に、その長剣がぬらりと光っていた
「もう、2人とも昔から油断が多いんだから」
盗賊の剣は振り下ろされることは無かった
盗賊の剣に釘付けになったぼくの後ろから、メルポが盗賊の顔を掴んでいた
まるでそこらの花でも摘まむような気軽さで
メルポは片手で盗賊の顔を握りつぶした
「お前が居て油断するなって方に無理があるな」
「そりゃちげぇねぇや」
一目で判る死に方
頭が無かったり
全身がなます切りにされていたり
左右に両断されていたり
わずか数分の出来事
タバコ1本吸い終わる程度の時間
10人以上居た盗賊は全滅していた
クリストフに捕縛された3人を除いて死に絶えていた
クリストフがその内の1人に近づいていく
3人は3人とも、声も出せずに震えていた
後頭部にクリストフのかかとが添えられる
じわじわと、じわじわと力が入っていく
「んぎぃ!
むぎゅ…
ガガガガガガガァァァ…ッ!」
クリストフは無言で男を頭を踏み潰した
まるで油圧プレスに挟まれたかのように男の頭はひしゃげていた
そのままさらに力を籠め、クリストフは男の上半身ごと地面の中に埋め込んだ
大地に赤い薔薇が咲いていた
「た、頼む!
助けてくれ!」
「いやだぁぁぁぁぁぁ!!
死にたくないぃぃぃ!!」
クリストフがことさらゆっくりと腰を落とす
目線を助けてくれと言った男に合わせるように上半身を曲げる
その目に感情が見えない
冷え切った目だった
「そう言った連中をテメェは助けてやるのか?」
「ヒィィィィィィィィ!!」
クリストフの指が男の右目に突き刺さる
そのまま横なぎにもう片方の目も抉り出す
「目がぁぁぁぁぁ!!
目が見えないぃぃぃ!!!」
「あぁ、見えねぇなぁ
もう2度と何も見えねぇ
心配すんな
すぐ見なくて済むようになるさ」
クリストフの右手が男の首を握りつぶし、そのまま頭を引き抜いた
生き残った最後の1人の目の前に首が落ちる
盗賊の男はもう声すら出せないほどに驚愕していた
まさに地獄絵図だ
ぼくは始まってから終わるまで何も出来なかった
その光景に呼吸すら忘れていたかもしれない
心臓が苦しい
人がこんなにも簡単に死ぬのを初めて見た
茫然自失のぼくの背後にはシグルドが立っていた
返り血1つ浴びていない
息1つ乱していない
しかし剣だけは血に濡れていた
「ジーク、お前がやれ」
シグルドがぼくに柄を差し出す
血に濡れて真っ赤に染まった剣だ
果たして今まで何人の血を吸ってきたのか
シグルドの手の形に擦り切れて個人に馴染み切った彼の為だけの剣だった
ぼくはかぶりを振る
人が死ぬのを初めて見た
ぼくは誰かを殺した事なんかない
殺したいなんて思った事も無いのに
シグルドは大きくため息をついた
膝をついてぼくに目線を合わせてくる
それは人殺しの目じゃない
先達の、父親としての慈愛ある目だった
「ジーク、お前がやるんだ
ここで奴を逃がせばまた人を殺す
お前が奴を逃がせばお前以外の人の血が流れるんだ
それはすべて、お前のせいだ」
そんな理屈は聞いてない
ぼくが聞きたいのは理屈じゃない
それにあいつが人を殺してぼくのせいになるなんて違う
そんなのは知らない、関係ない事だ
「街道沿いでの盗賊行為はな、最低でも人権剥奪と法で決まってる
捕らえて奴隷にするも良し
売りさばくも良し
役人に突き出すも良し、だ」
ならそうすれば良い!
役人に突き出そう!
ぼくは殺したくない
ぼくは人殺しにはならない
「役人に突き出せば盗賊の末路は決まってる
街中引きまわしてから全身の腱を切られて領民の手で嬲り殺しだ
残りの一生奴隷で終わるよりは幸せだろうけどな
だったらお前の手で斬ってやれ
その方が苦痛は少ないさ」
ぼくは答えられない
剣も受け取れない
それは違う、判らないけど何かが違う
心の中でそう聞こえている
「もう一度言う
お前がやれ
奴が今度人を殺せばお前の責任だ
死ななくて良かったはずの人が死ぬのはお前の責任だ
俺たち3人はその責を負ってこいつらを斬った
お前だけに押し付けてるんじゃないんだ
だからジーク、お前が決めろ」
ぼくの手に剣が渡される
これは人を殺す道具だ
ぼくが殺さなければ関係の無い人が死ぬ…
ぼくが…やらなければ……人が死ぬ…
「ぼくが…決める…」
シグルドは無言で頷いた
メルポも、クリストフもぼくをただじっと見つめている
これは試練だ
これからぼくがどう生きていくのか、ここで決めなくてはならない
ただ搾取されるだけの弱い存在になるのか
それとも誰かを守り、助ける存在になるのか
…奪うだけの存在にはなりたくない
それをぼくが、今ここで決める
「誰も…ぼくのやる事に口出ししないでほしい
その責任は、ぼくが取るから…」
もう誰も何も言わなかった
ただ無言で、ぼくが盗賊に歩き寄るのを見守っている
これからの行動を
ぼくがこれからどうなっていくのかを示唆する一瞬を
盗賊は震えている
ぼくの倍はある背丈の、体格だってそれ以上の盗賊が震えている
だがこいつはきっと人を殺している
逃がせばこれからもそうするんだろう
こいつらはぼくらを殺すつもりで襲い掛かってきた
それが返り討ちにされればこうなるのは当然だ
だから誰も文句は言えない
生殺与奪をぼくに与えたなら、父にだって文句は言わせない
「…もう、誰も殺さないと誓ってほしい」
ぼくはそう言って足元の土を掘り始めた
「ジーク!!」
「ぼくが!!
…ぼくが責任を取る…
誰にも文句は言わせない…」
土を掘りながらなおも語り掛ける
誰だって最初から悪人だったわけじゃないんだ
何か理由があってこうなったんだ
やり直せないはずがないんだから
「誓ってほしい
誰も殺さないと
そしたらぼくは…君を助けたい」
盗賊は頷いた
何度も何度も、首がもげるんじゃないかと思うほどに振り乱した
「誓う! 誓うとも!!
もう誰も殺しません!
心を入れ替えました!
これからはまっとうに生きていきますから!!」
「嘘は…つくな…」
「はい! ハイハイハイハイ!!
勿論です!
嘘なんかついてません!!
もう誰も殺しませんから!!」
3人はそれ以上何も言わなかった
父は怒るだろうか、母は、クリストフは…
土が半分ほども掘れた時、盗賊の男は飛び出すように逃げ出した
一目散に街道を逃げていく
そこでなんとなく判ってしまった
ぼくがこれからすることも
やつがこれからすることも
やつが嘘をついていることも…
200mくらいか
走って逃げた盗賊の男が振り返った
奴は、笑っていた
嘘を、ついたんだ
「ライトニング」
盗賊の男の顔が笑ったままに光の中に消えた
文字通り光速で奔った光線は確実に奴の頭を捉え
誰も何も反応出来ないままに奴は絶命した
ぼくが殺したんだ
全身が脱力する
膝から崩れ落ちる
殺してしまった
本当は信じたかったのに
でもあの顔を見てしまった
ぼくを馬鹿にした目で笑っている目を見てしまった
約束なんか関係ない、嘘をついたと一目で判った
違う、ただぼくがそう感じただけだ
「…信じたかった
信用したかった…
殺したくなかった…
でも…あいつがうそをついている…
ぼくは…そう思って…
殺しちゃったよ…父さん…」
シグルドはぼくの頭に手を置いた
その手はとても暖かく力強かった
この手はきっと嘘をつかない
この手は絶対にぼくを裏切らない
「お前は、優しすぎるな」
こうしてぼくは4歳にして童貞を切る事になった
あの後、盗賊たちはシグルドとクリストフによって埋葬された
墓も目印も無いままに、街道脇の森の中に埋められた
ぼくは何も出来ずに牛車の中でじっと見守っているしか出来なかった
メルポはそんなぼくの傍らで黙って手を握っていてくれた
牛車の中には盗賊たちの使っていた剣が纏めて転がっている
鎧のほとんどはシグルドが両断したので使い物にならない
それらは死体と一緒に埋められた
剣は街に付いたら売り払うらしい
そうして予定は大幅に遅れた
予想以上に手間がかかってしまったからだ
この日は襲撃された場所からほどない場所でキャンプとなった
少しでも移動したのは、あの場所での野宿はぼくの精神衛生上良くないと思ってくれたのかもしれない
晩飯はスープがメインだった
トロトロになるまで煮込まれた野菜とパンのスープ
むしろパン粥に近いかもしれない
全く食欲の無いぼくでも、これはさすがに喉を通ってくれた
パチパチと爆ぜる焚火の音も今は耳障りに感じた
無理矢理押し込むパン粥の味も判らない
黙々と、平然と食を進めるぼく以外の3人
だけどこれがこの世界の日常なんだ
人の命はたやすく金で買える
気に入らないだけで殺される事もある
この世界では人の命の価値はとても薄っぺらくて軽かった
初めて殺したあの男の顔も、ぼくはきっと忘れてしまうんだろう
誰も何も声を発しないままに終えた食事は初めてだった
いつも誰かが笑っていた
みんなが笑顔で食卓を囲んでいた
今この場でそれを壊しているのは、ぼくだ
だけど人を殺してすぐに笑っていられるほどぼくは強くない
でも強くならなきゃいけない
せめて手の届く人だけでも守れるように、助けられるように
でも…今日は無理だ
ぼくは食べ終わった器をそのままに母に抱き着いた
メルポは何も言わずぼくの頭を優しくなでてくれた
込み上げてくる感情
もう抑えられなかった
「…ぼくは…殺したんだ!
人を殺した!
約束したのに信じきれなかった!
嘘をついたと思ったんだ!
だから殺した!
殺したくなかったのに!
信じたかったのに!!」
僕は泣いた
母の胸に顔を埋めて泣いた
何時までも子供のように泣き喚いた
泣きつかれて眠るまで、ぼくは母の中で泣いた




