第14話 ロレーヌへの旅路に向けて
さて父の言う「明日からロレーヌに向かう」ってのは
「明日からロレーヌに向かう準備をする」って事らしい
それに合わせて両親の忙しさは輪にかけて酷くなったような気がする
あくせく走り回る姿は昨日と何も変わっちゃいない
とはいえ2人は笑顔のままだ
嬉しい忙しさってやつかな
過労死とかしなきゃいいけど
ぼくまだ4歳だし、1人じゃ生きていけないし
作業内容自体は大きく変わっていた
母のメルポは荷造りがメインになり
父のシグルドは…何かを作っているようだった
ぼくはこれまでと特に変わっていない
母の料理も最近は特に新鮮なものが増えた
日持ちしないものを旅行前に処分しているのだろう
燻製や干物などの日持ちするものは旅行に向けて保存されている
ぼくは固くてあまり好きじゃないんだけどなぁ
父は朝早くから昼過ぎまで森に入っていた
木を切り出しては寸法を取って何かを組み上げていく
あいにくぼくの知識には材料から完成品を想像できなかった
おまけにずっと父が森に入っているせいでカブさんを磨いてやる事も出来ずにいる
クリストフさんはここ最近顔を見せていない
時折夕方頃に森から出てきてはそのまま仮宿に帰っていく
ゴブリン退治みたいにお国からのお仕事なのかもしれない
失敗して怪我する玉じゃないし、それならうちに寄るだろうし
そんなわけでぼくは本格的に手持ちぶたさを満喫していた
秋の冷たくなりつつある風を浴びて物思いにふける
森も川も1人で行くなと言われている
ぼくは1人屋根に上って過ごす事が増えていた
屋根を吹く風は地面の上とは違って感じる
どこか冷たく感じるが勢いもある
このままどこまでも飛ばされて行きそうな気にさせてくれる
カブがあれば、そりゃもう自由に風になれるんだけどね
日差しを浴びている間は暖かくて心地良い
風の冷たさもあって火照るような事も無い
日差しがそろそろと傾き始め、森から帰ってくる人の影を地面に伸ばして見せる
今日は珍しくシグルドとクリストフが共だって歩いていた
そういえばあの2人のセットは見た覚えがとても少ない
この1年ほどの間、ほとんど無かったように思う
冒険者で同じパーティーを組んでいた割りに仲は良くないかな
変わらず毎晩酒盛りしてるんだから悪いわけは無いはずだ
で、そんなシグルドだが珍しく剣を抜き身に下げていた
何時も腰に帯剣しているが抜き身のままは、そういや初めてだ
ここからでも判るほど綺麗な剣だ
銀色に輝き、刀身まで装飾が彫られていたはずだ
そのはずだ
だが今は真っ赤に染まっている
あぁ、何かを切ったのだ
だからああして手に抜き身のまま下げている
シグルドとクリストフは村の真ん中にある井戸で水を汲むと頭から被り始めた
ここからではよく見えないが、剣が血に染まるほどなんだ
全身にも返り血を浴びているんだろう
だから家に帰る前にそれを井戸の水で流しているんだ
ここからではちょっと遠くて通りかかる村の人の顔までは見えない
あぁいつもありがとうみたいに軽く話しかけているようだ
村の人からのシグルドへの信頼はとても厚いようだ
ぼくはいつもこのくらいの時間には部屋に居るから見てなかっただけなんだなぁ
村中から好かれている父の姿が誇らしく見えた
と、こちらに気付いたクリストフがシッシッと手を振ってくる
危ないから気付かれる前に降りろって事か
ぼくはそれに素直に従おうとして、下で仁王立ちした母と目が合った…
「あと2日もあれば完成するはずだ」
「じゃあこっちの準備も急がないといけないわね」
「どのくらいかかりそうだ?」
「大丈夫よ、2日でやってみるから」
「手伝える事があったら言ってくれよ」
そんな夫婦の会話をほっこり眺めて夕餉を召し上がる
良い夫婦ですなぁ
思わずぼくのほほも緩んでしまいますとも
…向こうではこういう親じゃ無かったし
そんなぼくの頭をぐしぐしと父が撫でてくる
笑顔だ、力強くて信頼できる
しかし子供扱いしないでもらいたい
まぁがっつり否定のしようも無く子供なんだけど
クリストフは珍しく夕飯の席から酒を飲んでいた
いつもは夕飯の後で父と一緒に杯を傾けていたんだが
まぁそういう日もあるだろう
気にするほどじゃない
ぼくも向こうでは酒を飲んでいた
それは仕事の付き合いだったり、鬱憤晴らしのヤケ酒がメインだったけど
とはいえ酒自体は嫌いじゃない
嫌いな席が多かっただけだ
「クリストフさんは何飲んでるの?」
ぼくは無邪気に聞いてみる
色々含むところはあるものの、ぼくはあくまで4歳児
ちょっとした事をいつまでも引きずったりしないのです
だって男の子だもん
「おめぇにゃまだはえぇよ
あと10年はおあずけだぁ」
「くさっ!
クリストフさん酒臭い!!」
大笑いしつつ呂律の怪しいクリストフと結構マジで逃げるぼく
いやいや今のはマジで反射的に逃げたくなったんだ
この子供の体はかなり真剣にアルコールに耐性が無いらしい
なんせ匂いだけでくらっと来るほどだ
ぼくは自分の椅子によじ登ってジュースに口を付ける
美味い!
新鮮な100%果汁ジュース超美味い!
これは本気で10年後だって酒の席は怪しく思えてくる
酒が飲めないのは少し残念だ
あぁそういえばタバコもずっと吸ってなかった
この村には喫煙者が居ない
なのでタバコの存在自体忘れていた
もしかしたら都会に出れば違うのかもしれない
タバコも酒も嗜好品だ
酒があってタバコが無いって訳もなかろうて
そう思うとタバコが吸いたくなってきた
だが酒に耐性の無い体だ
もしかしたらタバコなんて吸った途端にポックリ逝く可能性もあるわけだ
いやいやあってたまるか、どんだけ強いタバコだよ
…まぁそれでもキセルくらいなら…
そんな事を思っていたらクリストフが懐から筒のようなものを取り出した
手際よく先端に藻屑のようなものを詰めている
それを指先で着火して…紫煙を勢いよく噴出した
この色、この匂い、この感覚…
タバコだ!
紛れも無くタバコだ!
この世界にもタバコがあった!
おぉーー! 一気に10年が長く感じてきた!
「おい、子供の前だぞ」
「今日くらい勘弁しろって
1日中手伝ってやったじゃねぇか」
クリストフはシグルドの叱責も意にしない
ふわふわと紫煙をくゆらせている
ふむ、結構濃いな
タバコというより葉巻に近いのかもしれない
「ジークも言ってやんなぁ
父ちゃんの仕事手伝ったクリストフ先生なんだぞーってな」
クリストフはぼくの頭をぐしぐしと撫で、タバコの煙をぼくに吹きかけた
ふむ、若干甘い香りが混じってる
ガラナかコークか、結構きついタバコのようだ
この匂いだけでクラクラしてきて…
ぼくは抗えない浮遊感に襲われた
倒れこむ寸前のぼくをクリストフが抱きかかえてくれた
このまま倒れたら頭でも打ってたかもしれない
体の自由は聞かないが頭はハッキリしていた
「ジーク!」
「クリストフ!!
貴様何やってる!」
クリストフは平然としていた
ぼくを抱えたまま、立ち上がり激昂する両親に対峙する
その目はかなり鋭い
怒られる立場の人間の目じゃない
「2人とも動くな」
クリストフの声には強制力があった
両親はともにビタリと動きを止める
クリストフの手のタバコの筒が、ぼくの首筋に近づけられている
触れてはいない、だがかなりの熱を感じている
「こいつは魔草の葉で出来たタバコでな
いざって時に魔力の枯渇した魔術師を雀の涙程度補ってくれる
半強制で体内の魔力を活性化させるって逸品よ」
もう一度クリストフがタバコを吸う
ぼくの目は空いている
だからクリストフの行動が全て見えていた
おそらくクリストフも、ぼくが見えている事に気付いている
「こいつはなんだ?
このガキは、ジークは一体何者だ?」
えらいこっちゃ
とんでも発言が飛び出しましたよ
しかもその先はぼくじゃなくて両親です
そんなの親が知ってるわけないじゃん!
「この紋様、てめえら親が知らねぇはずがねぇよなぁ」
クリストフはぼくの首根っこを掴んでまだ料理の残るテーブル上に放り投げた
痛くないけどかなりビックリ
おまけに背中を上に服まで剥ぎ取られましたよ
いやー変態教師よー!
テーブル上には半裸に向かれてうつぶせのぼく
体が動かせないから実感ないけどお尻丸出しじゃないと良いな
なんでこんな冷静なんだろう
体が動かないから余計にそうなっちゃうもんなんだろうか
「俺は…半魔だ―」
「―知ってんよ」
絞り出すようなシグルドの声に間髪入れないクリストフの強い口調
そして視界の端に映る母の右手
物凄い勢いの魔力の流れが見えてます
あ、これガチでまずくない?
「詳細は判らない…
俺自身知らなかったし、確かめもしなかった
だがこの子が生まれて判ったんだ
この子も、俺も、ミニアド族の半魔だ」
「チッ!
やっぱりそうかよ」
ミニアド族っていうと追放された魔族だよね、確か
旧魔王を輩出した名門魔族
その混血がぼくって事ですかい…?
ふむ、もう何が何だかさっぱりなんですが
「ガキが魔術を使っても紋様が浮き出てこねぇのは…
お前ら封印してやがったな
どうりで何の適正も出ねぇわけだ」
クリストが頭をかいている、気がする
ぼくまだうつぶせのままなんで何も見えてないんですけどー
そろそろ起こしてほしいんですけどー
と思ってたらまたクリストフに掴み上げられた
背中に手を当てられる
そうするとちょうど首が下を向いてしまう
これだと両親からは目が明いているのは見られてないかな
起きてるって気付かれるとかなり面倒な事になりそうなんですが
「こいつぁ誰の封印術だ
かなり立派な紋だが、子供の成長に合わせてねぇ
体が大きくなれば紋も崩れちまう
持ってあと2年だぞ」
「……」
「おい、ここまで来てだんまりはねぇだろ
名前くらいは――」
「――エルロンド卿の紹介だ
それ以上は…」
「あぁー……
確かにそりゃ言えんわなぁ…」
エルロンドって言えばエルフの名門だったっけ
確かに母もエルフだし、名門って言ってもこういうのには手を貸してくれるのね
まぁ経緯とか知らないんだけど
めっちゃ遠い人くらいのイメージだし
「両親が揃って半魔なら、子も例外無く半魔だ
むしろ人やエルフの血が親より薄い分、より魔族に近くなる
ミニアド族ってんなら尚更だ
あれの血は鉄より濃いって言うくれぇだ
…どうすんだ?
俺に封印術はねぇぞ」
クリストフがそっとぼくを抱え上げる
今度は優しく、大事にだ
ソファに横たえるとぼくの顔に手を添えて目を閉じてくれた
全部聞いてた事に気付いていた上の気遣いがチクリと刺さる
「ロレーヌの街にはエルフの大使館がある
そこからなら、またエルロンド卿に頼めるかもしれない」
「わけぇ面してるがあのジジイ
かなりのタヌキだぞ
お前らでなんとかなんのかよ」
「…それは」
「私がなんとかしてみせる!」
母の大声がすぐそばで聞こえた
いつの間にか傍らに来てくれていたようだ
そのままぎゅっと抱きしめられる
母の愛を感じます
「……判った
けどここまでの話はしっかりその子にしてやれよ
見た目の割に分別は付く年だろうよ
知るのが早いかどうかは、その子に決めさせてやれ」
ぼくは母に抱き上げられて自分の部屋のベッドに運ばれた
結局朝まで体の自由は戻らなかったので、あの後の話は判らない
一応全部聞こえていたのは、多分クリストフの行動から内緒にしてくれるだろう
ロレーヌへの旅行、ちょっと気分が重くなった




