第12話 収穫祭にて
村を囲み上げる黄金の海
それは丹精込めて作られた稲や麦の頭を垂れる姿だ
聖バアル祭、それは2週間続く大収穫祭である
聖バアルとはかつてこの世界に居たとされる聖人の名前らしい
具体的に何をした、なんてのは文献も残っていないほど昔の事
それでもその名前だけがずっと伝えられてきたのだという
初日、まずは村からほど近い田畑から最初の収穫が行われる
それは豊穣の神へと捧げられ、この神事は幕を開ける
その年に6歳になる女の子が今回の主役だ
まぁこの小さい村では6歳の女の子など毎年出るものでもない
だが伝承ではそういうものらしく少しでもなぞらえて進行される
今年の冬の初めに6歳となる男の子が祭壇に立っていた
先ほど収穫されたばかりの麦を挽いてたった今焼き上げられた小さい3つのパン
それを美味しそうに頬張っている
今年の初収穫であった
なんでもこれは神への生贄を表しているという説もあった
神へと捧げられる6歳の少女の最後の晩餐だ
せめてお腹いっぱいにならずとも何か食べさせてあげようという心遣い
そこへ現れた聖バアル
子供を救い、国を救い、世界を埋めるほどの豊穣をもたらしたと言う
それが大森林であり、そこに住むケモノ達なんだとか
実際大森林に足を踏み入れればいくらでも口にできそうな物はある
ケモノ達、というより魔獣達は規格外の大きさだ
平野に住むモノの数倍のサイズがある
聖バアル自体存在したかは判らない
ぼくの知る理屈からすればおかしい事だらけだ
勿論この世界からしておかしい事だらけなので深く追求するのはとっくに止めた
そんなこんなでこの日は1日中呑めや歌えや騒げや踊れ
豊穣をもたらした聖バアルに感謝を捧げる1日だという
この日結ばれたカップルは生涯幸せに添い遂げるとかいうお話まである
村の中心に焚かれた巨大な火柱は、朝になるまで燃え続ける
夜を徹して祝い続ける
2週間続く祭りの始まりだった
聖バアル祭2日目の朝は早い
日が昇る頃から収穫が始まるのだ
何せこの広大な敷地、地平線に消えかねない程だ
村中が総出で刈り手を務める
それこそ朝から晩まで刈り続ける
下手すれば2週間で終わらない年もあるんだとか
だが今年は事情が違う
このド変態魔術師のクリストフがいる
そう、ロレーヌの宮廷に勤める歴史に残る魔術師だ
彼が畑の中を歩くだけで麦が次々と根元から刈られていく
精妙な力加減で放たれた風の魔術
ウィンドカッターが巨大な鎌となって収穫の手間を大きく省いてくれていた
「おぉ、こりゃいい」
「さすが宮廷魔術師さんだねぇ」
「彼が居てくれて本当に助かるよ」
あちこちから上がる称賛の数々
だがこいつはド変態だ、筋金入りだ、むしろもう鉄骨構造だ
なんせ弟子の母親に…いや、今日だけは良いか
だがそんな彼も昼前には疲れ果てて伸びていた
アウトドア最前線の農夫達と違って彼はデスクワーク最前線の極み
まぁ無理も無い事だろう
「この村…人使い荒すぎだ…」
「クリストフさん、何言ってんの?
まだあと2週間あるんだよ?」
膝をついて肩で息をする彼の横でぼくはため息をつく
実際彼はとうに1人が10日かけて刈れる分の仕事は半日で済ましている
魔術師、驚嘆の極みだ
周りからは「ええよええよ、休んでておくれ」
「あとはうちらだけで十分よ」
なんて暖かい声も上がっている
だがダメです、使えるものは親でも使えと申します
ならクリストフさんは擦り切れるまで使うのです
ぼくは勿論何もしてませんけどね
「さぁ行きますよクリストフさん!
今日中にあっちの端までやっつけましょう
そしたら母さんの下着の件は黙っててあげます!」
「そんな事実はねぇ!
根も葉もない噂を思いつきでねつ造すんじゃねぇ!
ホントの本当に無いですからね、みなさん!!」
それでも立ち上がるクリストフ
甘い甘い
小さい村での子供の発言力は事実無根でも異常なのだ
かくして収穫は予定10日のところを7日という短期間で終了した
使いつぶされた感のあるクリストフ
だが翌日にはケロっとした顔をしてる辺りさすがである
収穫最終日には「いっそ殺せぇ…」くらいに呻いていたもんだが
いやはやさすがは宮廷魔術師
その回復量も伊達じゃないですね
聖バアル祭、収穫祭自体も本日で最終日となった
後半はすっかり収穫も終わっており、去年のような追い込み作業も無かった
祭りの熱は今日が最高潮である
連日連夜のどんちゃん騒ぎ
娯楽の無い小さい村に許されたまさしくお祭り騒ぎだ
祭りの〆ももう間もなくである
村から1番近い畑の中心には巨大な井形が組まれている
そのてっぺんには子供を模した人形が据えられ、点火の時を待つ
まさしく生贄の祭壇の再現だ
村人が総出で見守る中、年寄りたちが松明で火を灯す
ジリジリと燃え上がる井形はまさに巨大なキャンプファイヤー
燃えていく井形と子供を模した人形
歴史も何も無かった頃にはこうした風習が根付いていたのだという
それを忘れぬ戒めだとか、この直後に子供を救ったとされる聖人への感謝だとか
そういった意味がこの祭りにはあるのだという
キャンプファイヤーの脇に添えられた祭壇に年寄りが昇る
その後ろには今年6歳になる子と、その父親が
村のみんなが盛大な拍手を送る
「聖バアル様の導きにより、こうして子供は救われた!
この日より子は神の預かり物から授かり物となる
これより子に新たな名を授け、人として迎え入れようではありませんか」
ようは6歳までの子は神様から預かったもの
それまでは人ではなく、神の子として丁重に扱われる
6歳で生贄とされた子は死んだのではなく、神の元に帰ったのだとされきた
というのも、こちらでは6歳までの死亡率が異常に高い
元より子供は簡単に死ぬ
なら神様の子供として預かったのだと思えば悲しみも少ないって事だろう
6歳になるまでは色々な神にちなんだ名前や、親にちなんだ名を一時的に付ける
ようやく6歳になった時、子には自分の子として新しい名前を与える
こうして子供は神の子から人の子になり、正式に迎え入れられる事になるのだ
父親が祭壇の前に進み出て我が子を担ぎ上げて宣言する
神の子ではなく、今日より我が子なのだと
神へと、村のみんなへと宣言する
「本日より我が子にネビルの名を与えたい!」
割れんばかりの拍手が鳴り響く
これが祭りのクライマックスだ
そこでクリストフがぼくの肩をちょんちょんと突いてきた
この顔は、あぁ、何か企んでるな
見れば父も母も同じような顔をしている
オーキードーキー、やれって事ですね
ぼくはそっとライトニングを詠唱する
ちょっとばかり詠唱を変えて
遠隔操作の出来るようにして
「ライトニング」
光弾は遥か上空で発動した
まるで村全体を昼間のように包み込む
そして徐々に祭壇上の親子へと収束させていく
勿論危ないようにはしない
ただ天から降り注ぐ祝いの光を演出しているだけだ
だがそれは、思惑以上に幻想的で綺麗な光景に仕上がった
隣を見れば母がそっと水の魔術で噴霧させ
さらには父が風の魔術で拡散しないように押しとどめている
祭壇上の親子はまさに神々から祝福を受けるかのように光り輝いていた
即席の親子合作
結構うまくいったじゃないか
ぼくらは笑いあいながらその光景を心から祝福した
「お前の名前もちゃんと考えてあるからな」
父がぼくの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でてくる
それは決して不快なものでなく、むしろ心地よかった
照れくさかった
「物凄く良い名前よ、きっとあなたも気に入るわ」
母がぼくの手を握りしめる
そこにはすごく力がこもっていた
少し痛いくらいで、でも嬉しかった
この世界では子供は宝物なんだ
向こうでもきっとそうだったんだろう
でもここではもっと深いたくさんの意味があるように感じた
予想以上にあっさりと命の散る世界なんだろう
命の価値はとても高いけど、それでもあっさりと消えてしまう
そんな世界
あっちでは薬1つで治るような風邪でも命の危険に繋がってしまう
それが体の小さく弱い子供ならなおさらの事
だからこそ子供はみんなの宝物だった
だから祝う
その成長に感謝して、心から祝うのだ
明日への希望を胸にして
聖バアル祭
この年の収穫祭は盛大な幕引きを見せた
その心地良い余韻を感じながら、ぼくらは手をつないで帰路に付いた




