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第0話 都会の喧騒を抜けて

その日はいつもの連休と変わらない日でした

仕事柄連休の取りづらいぼくの趣味はキャンプ

愛車のカブに積めるだけ積んで一人で向かうキャンプだ


食料や水は現地調達

といえば聞こえはいいがせいぜいが現地付近の道の駅

地産地消に近いものがあるって自分に言い聞かせる

いつも通勤にも使うリュックには現地で使う物が入っている


せいぜいが小さめで薄刃のナイフ

夜中に重宝するヘッドランプ

防水であっても透湿性の無い迷彩柄のポンチョ

軽さにひかれたカーボン製の折り畳み傘

あとはちょっとした常備薬の類

ぼくのお腹はとても弱いうえに片頭痛持ちなのだ


はてさて本日向かいますは、温泉に隣接されたキャンプ場でございます

徒歩圏内に道の駅もあり、一桁県道ぞいという黄金立地

ちょっと都心部から離れているのが玉にキズ

それでも最悪日帰りできる距離ってのが良い感じ

さらに我が愛車にかかれば無給油往復も当然可能

独身中年男性の懐はこのご時世暖まることなど無いのです

少しでも節制できるところは徹底的に

なおかつ趣味も大事に生きるのです


都心の喧騒を抜け、あっという間に田園風景

とまでは行かずとも、渋滞が無ければ楽しい旅だ

腰と懐への負担は平日連休でこそ癒されるのだ


当然そんなぼくに友達は少ない

学生時代の友人なんかはとっくにみんな結婚している

社会人になってからできる友人もとっくにみんな結婚している

カレンダーに左右されない平日休みの多いぼくには厳しいお話なのだ


合コンに誘われれば勢い勇んで失敗し

女性社員からは当然のように常に苦いカオ

35を過ぎたころには色んなものを諦めていた


そんなぼくの唯一の趣味がソロキャンプだった

誰にも気兼ねせず、誰にも口出しされない

仕事のしがらみも、都心の喧騒も、全てを忘れられる

心の安らぎがソロキャンプだった


向かう道程も重要だ

童貞ではない、道程だ

いくつものカーブを抜け、いくつものトンネルを抜ける

木々の緑光を浴びながら走り抜けていく

たどり着くまでの流れも重要なエッセンスなのだ



それは長いトンネルだった

僅かに湾曲したトンネルだった

道の狭いトンネルだった

対抗1車線ずつのトンネルだった


ぼくの前後に車は居ない

対抗車線にも車は居ない


気は抜いていた、完全に抜いていた

薄暗いオレンジ色をしたトンネルの灯りは不安を掻き立てる

なんでこんな見辛いんだ

僅かに湾曲した先は見通しも悪い

ついでに若干眠くなる


気付いた時には目の前に居た

4つのライトがこちらを照らしていた


いやおかしいだろう?

なんで4つもライトがあるんだ?


目の前全てを埋め尽くすヘッドライトの群れ

襲い掛かってくるライトの群れ

ぼくの愛車は当然のようにそこに吸い込まれ

目の前の光の群れに飲み込まれ

長い光のトンネルを抜ける感覚に襲われながら

前後左右上下重力からも解き放たれて

全身の激痛を感知する前にぼくは死んだ






ぼくは死んだ

ぼくは死んだ

ぼくは死んだ


死んだはずだ

目の前が真っ暗だ

だけど光の渦の中にいる


目を閉じれば光の螺旋に襲われる

目を開ければ暗闇の中でどこまでも落下していく浮遊感に襲われる


体がバラバラになっていく

心がバラバラになっていく


分解されていく浮遊感

死んでいく浮遊感


死にたくない

死にたくない

死にたくない


まだ行きたい所がある

まだやりたい事がある


親にかけたい言葉がある

あの子にかけたい言葉がある


振り向いてほしいあの子がいる

謝りたい親がいる


ぼくの意識が消えていく

ぼくの身体が消えていく


死にたくない

まだ死にたくない

まだまだ生きていたいんだ

後悔だけの人生なんかまっぴらだ

最後の最後に後悔なんかしたくない

最後くらいは笑って死なせてくれ

笑いながら死なせてくれ


あぁかみさまほとけさま…

本当に居るならてめぇら全員ぼくの敵だ!!


落下していく光のトンネルの先に黒い穴が見えてくる

あ、ごめんなさい

今この瞬間にぼくは心を入れ替えました

だから勘弁してください

地獄とか嫌です

あっても行きたくありません

せめてこの不可抗力的ななにかに情状酌量的なものでも加えてくれませんか?

黒い穴はどんどん大きくなっていく

どんどん近づいて大きくなっていく

吸い込まれるようにその穴に吸い込まれ

ぼくの意識は停止した

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