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転身

作者: ヤオクル

「見方が変われば善悪は百八十度ひっくり返る」

 主題といえば、そんなところです

 純白の機体が僕らの遥か上空を過ぎ去る。

 それらは浮遊都市を守るために日々侵略者と闘う勇敢なる戦士。平和の象徴。

 それは少数勢力だというのに都市全体の防衛を担っている。そのため自分たちの住む地域の上空を通過していく彼らの姿を目にする機会は少ない。だからだろう。地上の人々はその光景を目にすると歓声を挙げ、今日も防衛戦に挑む彼らの門出を祝福する。


 兵器だというのに好かれて、守るためと言って武力を行使する。その在り方に疑問を抱いた人はどれくらいいるだろう。


 死にたくないならばその考えは胸にしまっておくべきだろう。

 根本的にその疑問を抱かないよう情報統制を敷かれている世の中だろう。


 疑うこともせずに政府の言うことを鵜呑みにしている周囲の人々。

 自分にとって、それを知る意味はない。

 けれど、純粋に知りたいとは思う。

 自分の根源と異なる考えを理解することができるのだろうか。

 人間だけが特別だなんて、そんな感情を誰しもが持っている。

 もし自分が蛆虫と同じだという人がいたら、それは本心を隠している。



 それがいつ現れたのか。今となってはわからない。研究者は「地中から這い出てきた」「海中から出現した」「宇宙から飛来した」そういった持論を好き勝手に並べているが、どの説も根拠に乏しい。

 そんな未知の存在。人間を好んで捕食する怪物。人はそれを「バイター」と名付け恐れた。

 それはSF映画に登場するような重火器の効かない敵ではなく、既存の兵器でも殺すことが可能な存在だった。しかし、効かないわけではないだけで強靭な外骨格に包まれているためダメージを与えることは難しく、同時に火薬には限りがある。継続的な防衛が不可能であることは明らかだった。

 新たな兵器の開発が急務となり、研究者たちは日々試行錯誤を繰り返す。その末に完成したのは、搭乗型の人型兵器。完成後「エクステリア」と命名された人類防衛のための最終兵器である。


 その実態はごく一部の人間しか知らない。知られては都合が悪い事実。

 エクステリアは装甲と骨格を除くと、後は搭乗席のみという構造をしている。だというのに、なぜ動くのか。そのことに対して、多くの人は察しながらも耳に手を当てた。


 都合の悪い事実。それはエクステリアがバイターたちの死体を研究することで作られた素材とした異形の兵器であるということ。

 搭乗者は人工呼吸器を口に当てた状態でゲル状の物質で埋め尽くされた操縦席に漬けられる。そのゲルは、バイターの細胞を遺伝子操作し、人体への害を抑えた代物。外装に包まれた手足の中身は、バイターの筋肉をそのまま流用した代物。

 純白の装甲の裏側には、腐ることのない異形の生物の醜い肉塊が詰まっている。


 それ以外にも、民間人に明かされていない為政者にとって都合の悪い真実はいくらでもある。

 人々は為政者によって選別された情報だけを見て、それに純粋な目を向けている。

 真実はすべて隠蔽される。それが疑問を抱かずに生きていける幸福のためだと、真実を知る者たちは自らを偽って生きている。

 そんな社会が、正常であるものか。


 例えバイターが消滅したとして、この世界は……


 それでも、生きるためには日々戦わなければいけない。生きた先に何が待っているかどうかを考える余裕は、生きられるからこそ生まれるものだ。

 だから僕は今日もバイターの真っ黒な血に汚れた機体で、――かつては白く塗装され、その醜さを偽ることができていたそれに乗り込んで――闘う。

 バイターを殺すことが、本当に正しいことなのかもわからないままに。


……


 僕は別段、兵士というわけではなかった。

 僕は決して、他者のために戦うなんて崇高な意思は持ち合わせていない。

 僕はたぶん、こんなことにさえならなければ戦場を避けて生きていたかった。


 今日が救援を待ってから何日目なのか、自分はもうわからない。日が昇り、沈む風景だけが、日時の経過を教えてくれる。

 空を飛んでいく奴らは、相変わらず見向きもせずこの穴倉の上を通り過ぎていく。

 今日もそんな場所で目を覚ます。

 それは悪夢の始まりであり、快楽と活力を得るための手段だった。


 この機体を見つけられたのは、一体どちらだったのだろう。幸運か、それとも、不幸か。

 これに出会ったことで今を生きていられること、これは孤独感や恐怖で狂いそうになる精神を快楽で無理やり上書きしてくれること。それだけが、今の自分に理解できることで、自分の境遇がどちらなのかということに答えは持ち合わせていない。


 エクステリア。それは強力な力を発揮するが、一方で使用者に本来精神的苦痛を強いる。戦闘行為、つまりは命のやり取りを続けることが、本来恐怖を伴う行為だからだ。

 しかし、苦痛を抱えて生き続けることは苦悩だ。いつかは精神を病んでしまう。

 それを改良する中で、一つの解決策が発案された。それは「苦痛を、快楽に変換する」というもの。

 しかし、それは諸刃の剣だった。数度の実験ですぐに問題が発生。その機能を搭載した試験機はすぐに廃棄されたという。

 なぜか。それはその機体に乗った者が暴走し、その機体から降りようとせず、そして周囲のものを見渡す限り破壊し続けたからだ。

 要するに、抗いがたいほどの快楽を身に受け、狂ってしまったのだ。


 それが廃棄されたのが、地上。そしてその機体がちょうど今自分がいる場所に落ちていた。


 自分がこの地に堕とされた日のことを思い出していた。

 「生贄の儀式」というものらしい。僕は勝手に他者が行っていたそれにいつの間にか選ばれ、何もわからないままに家から引きずり出され、そしてカプセルの中に入れられて、混乱の最中地上に落とされた。

 カプセルはずいぶんと頑丈にできていたらしい。クッションのおかげで強い衝撃こそあったが、どうにか生きていた。けれど、そのカプセルの防御力に意味はない。バイターの持つ毒は、バイターの甲殻を加工したものでない限り簡単に溶かしてしまう。それが、既存の兵器でバイターに苦戦した理由の一つだった。


 人間一人では空を飛べない。つまり、逃げる場所なんてない。ではなぜクッション入りのカプセルに入れられて地上に落とされたのか。それは決して生きて帰る可能性があるからという温情ではない。ただ奴らのエサになるには新鮮な方がいいというだけの理由にすぎなかった。

 なぜ敵に養分を与えるのだろうか。

 いつ殺されるかわからない環境でまとまらない思考を無理やり動かして必死で考えたけれど、どうにかひねり出した答えは、人間という存在の非合理的さとしか言いようがないということ。考えること自体がつまらない無駄な労力だということだった。



 そうして走って、逃げて、転んで、そして見つけたのがこのエクステリアだ。いたるところが壊れ、腐食した様子で横たわり、一瞬ただの瓦礫と見間違えたほど痛んだ代物。飛行機能が搭載される前で、かつ試作機故にろくな装甲を積んでいない。搭乗席は旧式。倫理的なものが性能より優先されていた時代の名残で、手足の付け根と首の後ろにアタッチメントを付ける様式の機種。これが人工呼吸器を要するゲル状搭乗席であったなら、自分は乗っていなかっただろう。それだけが、この壊れかけの機体の唯一の取柄だった。

 歴史の授業も役立つものだと思いながら、旧式の装着方法を覚えていた自分は一か八かそれに乗り込んだ。


 今では、これが自分の生命線。壊れかけの命綱。


 今思えば、落ちていたのがこんな出来損ないの試験機だったからこそ、一人で心細くても、まだ生きていられるのだろう。すでに恐怖心を感じる脳の機関は麻痺しているような気さえする。人間としてはもう、破綻をきたしている気がしていた。


 そんな自分を助けてくれる存在はいない。これから先も、きっと現れないだろう。



 理由はわからないが、バイターは日の出ている時間しか活動しない。ただ、日陰でも普通に日向と変わらない力を発揮する。夜には睡眠を取っているのだろうか。


 バイターの性質について、研究は進んでいない。バイターの内臓は筋肉を除いてほとんどが腐食。死後数秒で溶けてしまい、外殻だけが残る。体液はバイターの外殻以外のあらゆるものを溶かしてしまうため、死体にしてから洗浄してようやくメスを使用できるところだというのに生きたままでは拘束の労力、絶えず分泌される体液。その二つの問題を解決しなければならない。

 外殻は硬く丈夫で曲げて加工できるが、割れると途端に脆くなり、灰のように簡単に崩れてしまうため加工には技術を要する。なお都合のいいことにバイターの攻撃を受けてひび割れてもなぜか脆くなることはない。それについては今も原因究明が続けられている。

 一体あれは何なのか。生物というには狂っている。人を捕食するのも、別段栄養摂取目的というわけではないようだという推測もあった。今は解明されているのだろうか。


 そんなことを考えながらバイターを狩る日々。夜を緊張せず過ごせるようになったころ。ふと機体を眺めていると、装甲がバイターの血で汚れているだけではないことに気付く。

 装甲が破れ露出した中身。グロテスクな筋繊維が黒い血を吸っているように見える。それだけではない。黒い血は粘膜のようにそれを覆い、次第に硬化していく。


 もしかすると、この機体はバイターに取り込まれかけているのかもしれない。だが、だからと言ってこれを手放すことはできない。

……もしこれが完全に変化してしまったらどうなるのだろう。バイターの亜種的な存在となり、自立稼働して、人間の僕を殺すのだろうか。


 考えても仕方ない。もし殺される時が来たら、生かしてくれたこの機体に裏切られて殺されるだけまだましだと思うことにしよう。新たなバイターを生み出したという実績を残すという行為によって、自分という存在が生きた証拠を残したような気分に浸ろう。せめてそう思うことができれば…

 むなしい言い訳だなんてことはわかっている。本当はそんなこと思っていない。


 生きたい。殺してでも生きていたかった。


 死にたくなかった。死んでもいいと思えたなら、絶望的な状況に抗って、戦う必要は無かった。バイターを殺しはせずに、殺されてやればよかっただけだ。

 つまり、僕はどうしようもなく生きていたかったんだと、その時になってようやく自覚させられる。


 いつしか、僕は単なる殺戮兵器と化していた。寝ることもなく、快楽物質を得たいからでもなく、その行動自体を何かに突き動かされるように繰り返していた。

 いつからか、どこか機体に違和感を覚え始めていた。おそらく浸食が本格的に始まったのだろう。そしてその違和感が増し、操作性が向上していく中で、自分はだんだんと機体から降りることがなくなっていった。

 まるで機体と自分が一体化したかのような感覚…練習の成果だろう。自分は、自分をごまかすようにそう思うことにしていた。


……内心薄々気づいている。そして、そのことに対して何か思うところはない。自分を騙すことに必要性があるのかという疑問すら抱く。故に、自分自身を騙すことにこだわり続けられるのはいつまでだろうかなどと思う。


 死体が山のように積み重なるということはない。バイターたちはまるで自然の使者だとでもいうように、その存在のすべてを世界に還元する。死せばすぐに土へと帰っていく。


 人間という存在に未練はないし、人間によって人間の自分を殺さざるを得なかったと考えれば、逆にその存在に対して恨みを抱いても、なんらおかしいところはない。

 自分を騙し、騙し続けていると、いつしか自分がそれを本当に信じていたかのような錯覚を抱き始める。白が黒に。洗脳というのはこういうことなのだろう。


 ともかく、自分を侵食するその存在を、自分はどうにか受け入れることができたらしい。そして浸食してきた存在もまた、自分という存在を人間というくくりに当てはめるといったことはせず、同胞を殺し続けたという罪については寛容に受け入れてくれたようだ。


 そうして僕は、いつの間にか、ごく自然と、かつて敵だった存在と同類になった。

 体はもう機体に癒着している。だがそのことに不快感はない。脳は別として、この機体自体が自分の体であると、もう自然とそう思える。


 思考回路は多少適応させられた感じがするけれど、自我、そして性格という観点で見れば以前と大差ない。……それについては、もしかすると人間の時すでに人間性を失っていたということの裏返しなのかもしれない。バイター、改め「ソーン」たちに問題がない思考回路をしていたから、矯正されることがなかったのではないだろうか。


 そうではないことを願う気持ちもありつつ、都合がよかったというのは事実なのでそれほど悲観しすぎることもないのだろうと、複雑な気持ちになりつつ、今は(エクステリア)を整備してもらっている。


 整備と聞いて違和感があるだろうか。ソーンたちにそんなことができるのかと。


 一つの可能性としては気づいておくべきだったのかもしれない。

 ソーンたちの巣に招かれ、彼らの生活を見ると、元から強靭な外殻を備えた生物ではなく、通常の巣の中でおとなしくしている個体たちは外殻を持っていなかった。

 彼らは、部位欠損しても活動を続けられる点や体液が人間に対して非常に有効に作用するといった優位性を持つが、一方でそれを除いた単純な体の強靭性、それはあまり高くはなかったのだ。


 ではどうして人間にとってそれほどの脅威となっているのか。

 その理由は単純。その弱点を克服するための外骨格を身に纏っているからだ。つまり、人間がソーンの一部だと思っていた外殻は、彼らの一部ではなく彼らによって作られた防具だったということ。

 彼らの技術力の一部は、人間を凌駕するもので、ゆえに組みなおしといった大規模なものでこそないが、簡単な整備くらいならこなすことができる技術者が存在していた。

 最も、整備技術の話をするならまず、まるで血管が走っているように脈打つ表面を持つ真っ黒な機体をまだエクステリアであると言い張るのならば、ということになるだろう。

 初めて手を付けるこの機体に対して、ソーンたちと同じように丁寧に扱う。人間であれば本来あるかたちを理想の形に削り整形しようとするところを、彼らはこれが神経の通った体と化していることをよく理解して、それを生かしこれを修繕していく。これは、おそらく人間にはできない芸当だった。


 余談だが、人間が外殻と呼ぶものが防具であるということに気づけなかった理由について考察してみる。

 ソーンの体内構造は観察しようにも性質上難しく、同時にソーンたちの中でも戦士となる個体は外骨格ありきの肉体構造をしており、外殻は身に着けるのではなく自らの体に溶着させている。結果として人間は先入観を伴って昆虫の甲殻に類似したものであるという結論を出してしまうのは、当然の流れだと言え、仕方ないことだと思えた。


 ところで、ソーンたちから襲われなくなり、逆に友好的にすらなったというのになぜ武装を整備しているのか疑問に思われるかもしれない。一つは彼らの本拠地を襲撃された際に防衛するため。だが、実際には人間という彼らの外敵を排除するための戦争。それに参加する際に万全を期すためであった。


 見方が変われば正義と悪は逆転してしまうこともある。彼らの持つ歴史を共有したとき、自分の視野の狭さに愕然としたものだ。


 彼らは、ただ同胞が殺されないように抗っただけだった。


 人間の歴史では、さもソーンが人間を好んで捕食する凶暴な生命体としているが、ソーンたちは地球という環境を好み、この地に生息するようになって数十年間の間、彼らはその技術力を持って他の生命を制圧するわけでもなく、森の奥でひっそりと繁殖し、生態系の中に入り込んだだけだった。


 だが、探検家や博士といった人々の探求心によって隠れ住んでいた彼らは発見され、捕獲された個体は観察され、その脅威の生命力などが非常に関心を集める。


 結果として、彼らは研究材料として乱獲されたり繁殖させられたりした。


 豚や鶏といった生物が、抵抗する手段を持たず、同時に文明を持たずに子孫を残すという最低限の欲求しか持ち合わせていない存在だったからこそ、その非道について、彼らは殺される瞬間まで気づくことはないし、抵抗も最低限しか行わない。

 だが、そういった生物として品種改良をしようと考えた新たな生物がいたとして、それがそのことを不愉快に思うだけの知能を備えていたらどうかという話だ。


 これまでの人間は、ただ運がよかっただけだったということになる。


 彼らは、超音波による意思疎通を行い、それをネットワーク状に構築する性質を持っていた。それはいわば共有意識というもので、それによって虐げられている同胞たちの存在を認識。彼らを救うために持っていた力を行使し始める。人間を自らの存在を脅かす敵と認識して反抗。

 だが、それは人間主観で見れば突然暴れ出したということになる。そして襲われた以上は手の付けられなくなった個体を人間は殺し、同胞が殺されたことでソーンたちはさらに激情する。


 そして防具を身に着け、研究材料として捕獲したそれとは似ても似つかない姿となった彼らから襲撃を受けた時、人間は身勝手にも突然理由もなく襲われたと考えた。


……どおりでエクステリアの開発期間が数年で済んだはずだ。ソーンの持つ防具の研究こそ戦争開始後に回ったが、機体の動力たるソーンの筋肉組織の研究はすでに行われていたのだろう。

 そして、それはおそらく、抑止力や新型兵器として開発されていた。


 一部の人間は、ソーンたちの襲撃後、それが研究材料とした存在だとわかっていたのだろう。けれどその情報は表に出ていない。都合が悪いからだ。

 「死体を解剖して作った」や「昔から研究を続けていました」では不気味に思われたり、そんな兵器を平和な時代になぜ開発していたのかと思われたりしただろう。だが、「ソーンの襲撃後、急いで開発した新型防衛装置」と言えば、人々はそれを受け入れざるを得ない。そして受け入れた後は疑念を抱いたとしても、それに縋るしかない。

 そういう状況に追い込むことで、研究者たちは人々の目を真実から逸らそうとしていたと考えると、筋が通る。全く持って酷い話だが、この予測は真実とそれほどかけ離れたものではないと思う。


 人間は、時々超越者ぶって食物連鎖のサイクルの頂点に君臨し続けていることを当たり前と思っている。今回の事件は、それが覆って、人間がそのサイクルの中に引き戻されたに過ぎない。

 強い生物に負け、個体が食料にされるまではよかったし、ソーンたちはそれを認めていた。とはいってもそういうことは体液の性質上ほとんどなく、彼らの生活は平穏だったということもあるだろうが。

 だからこそ思いもしない形でもてあそばれることになった時、そんなことをされる謂れはないと彼らは、人間に反逆した。


 これが起こることは避けられなかっただろう。人間の傲慢さは今に始まったことではないし、知性ある存在が自らの文明を発展させるために他の生命を虐げ管理・研究しようとすることは、ある意味当然の流れである。

 だから人間を責める気はない。人間に責められても気にすることもない。人間が自らを守るために武器を振るうように、こちらも生き残るために武器を振るうだけだ。そこに善悪は存在せず、あるのは勝敗だけ。負ければ死に、勝てば生き残る。殺すことが悪ではないし、生かしたからと言って善人ではない。そんなことを声高に言う奴はただの偽善者だ。


 ソーンが知性ある生命であると知った今、なぜ夜に活動しないのかという疑問に回答があった。彼らは火を使う文明を持ち合わせていないために夜中は視界が悪く戦闘が難しいためらしい。同時に人間も同様の理由で襲ってきたとしても小規模の奇襲しか行ってこないと知っている。だから夜には活動せず休眠を取って翌日の活動に備えていたということだった。


 戦争、ということで人間の居住地である浮遊都市を襲撃するわけだが、この機体はもともと飛行能力を有してはいない。そんな機体だったからこそ空に戻ることを諦めていたのだから。

 だが、空の軍勢と戦う以上は空を飛ぶことができなければならない。

 ソーンの技術者たちは同胞の死体から蜻蛉のような二枚で一組になっている(はね)をむしり取る。そして乗っているエクステリアの皮膚のように張った黒い膜を剥がし、その間からその翅を機体に埋め込み、そして膜を縫合する。

 ソーンの死体は死後すぐに腐食してしまうのではないかと思うだろうが、それは人間の扱い方が悪いからだ。彼らは人間同胞の肉体を腐食させない術を持っており、それによって仲間の死を無駄にすることなく、仲間を守ってくれるものとして、一部の死体を死後も丁重に扱い、糧としていた。

 この機体の表面はすでにソーンの体と似たようなもので、その翅の付け根部分を取り込むとそれを取り込み肉体の一部としてしまった。こういったことをすると、本当に人間を辞めたのだと実感する。かつて操作したことのない異様な感覚。飛ぶためには数週間の練習を要していた。


 とはいえ無事飛べるようになったことで準備が整った。いよいよ戦争が始まる。


 自分は足手まといではないだろうか。そんな考えが脳裏をよぎるが、すでに翅を振るわせている周囲の同胞を見ると、今更後には引けない。せめて死ぬときには仲間を守るくらいはしてみせようと思いながら、人間(テキ)の元へと向かう。


 エクステリアの構造上、装甲を剥がさない限りは人の姿は見えない。けれど、それでも機体の動きだけを見ても、どこか愕然としているように感じる。

 人型、それもどことなくエクステリアを彷彿とさせるもの(実際はエクステリアそのものが変化したものなので当然ではある)が現れたのだ。警戒しないはずがないし、一体何事かと思うはずだ。


 だが、そんな様子の相手にも容赦はしない。肩慣らしに付き合ってもらうつもりで突撃し、武器を振るう。


 武器は、ソーンの防具の一部を流用した代物。接近されたことに気づき慌てて振るわれたその武器は、もはやこの体には効かない。

 対ソーンとしては、それの防具を使用した武器は有効だ。けれど、こちらはそれを殺し続けてその力によって変質したものだ。その変質は、力の吸収であったと言え、それ故に、それらはこの体に取り込まれ、糧となるにすぎない。


 武器が割れ、脆くも崩れ去り、その灰のようなものを黒い機体表面から取り込む。


 周囲は騒然となり、慌てて逃げ出すもの。茫然としていた意識を引き戻し、迅速に討伐しようとするもの。どうしたらいいかわからなくなってまだその場で慌てふためいているもの。


 そんな連携もなにもないような相手に、この軍勢が負けることはない。


 とはいえ、だからと言って戦いに貢献しないで見ているだけというのは性に合わない。勝てるとしても、働かなければ犠牲は出る。それをわかって休む気にはなれなかった。


 武器を失い逃げようとした機体に追いつくと、その外殻に手をかける。じたばたする機体と装甲の間で指が挟まり少し痛いが、その感覚に耐えて少しずつ防具を壊し、吸収していく。


 そして、守るものがなくなりよく見えるようになった搭乗席に爪の伸びた異形の手を差し込む。


 柔らかい感触がした。


……思いのほか、かつての同族を殺したという嫌悪感は抱かない。ショックもそれほど受けていない。思考回路が変質したためだろうか。それとも過去の経験が理由だろうか。

 少し考えてみたが、どうでもいいことだったと考えるだけ無駄だという結論に達し、操縦者がいなくなり支配者の消えたその機体を取り込むと、活動のためのエネルギーが回復した。そのことでまだ戦闘の継続は可能そうだと判断し、次の獲物を探す。


 銃を乱射してくる個体もいた。銃弾は貴重で、人間にとっては加工のしづらいソーンの防具は弾丸に使用できないと聞いている。浮遊都市に残る資源は少ないが、それでも防衛のためにと銃弾は金属を使用している。

 だというのに、それを惜しみなく使っている。今ではソーンの防具の加工方法が判明したのだろうかとも考えるが、装甲をまともに貫かない威力と機体表面から吸収が行えないことから違うと判断。

 当然死んだら終わりなのだから出し惜しみする意味はない。その意味でその判断自体は間違いではないが、前線に出る部隊に所属している存在の中で銃を与えられるほどの凄腕スナイパーの行動ではないように思える。


 敵のことについて考えて一体何の得になるというのか。何でもかんでも推測を並べてみようとすることは自分の悪い癖だ。


 先ほどの攻撃で搭乗席がどこにあるのかを把握した。次は装甲をわざわざ剥がすより、勢いをつけて一気に貫いてしまうことにする。


 相手は鳥のような翼でも、昆虫的な翅でもなくジェットエンジンで浮遊している。故にホバリングは難しく、それが可能な技量を持つ人材でも、飛行中のぶれはそれなりに大きい。思い通りの軌道で飛行できるのは一握りの搭乗者だけだった。

 だが、こちらは四枚の翅で飛んでいる。それは速度こそジェットエンジンに劣るかもしれないが、空中移動には最適な代物だ。

 弾丸が吸収できない材質だとわかった今、攻撃を食らってやる義理はないので軽く回避行動をとりつつ、ほかのソーンが相手をしている前衛部隊を放置し邪魔な後衛から潰すことにする。


 そういった存在は、前衛の訓練を多少は受けているが、一方で所詮前衛を任される搭乗者よりは接近された際の戦闘能力は劣る。それに、本来は前衛が足止めを行うため、接近されてしまうことはない方がいいことだ。実力がそれなりにある部隊であればなおさら後衛が接近戦をしなければならない事態には遭遇しないだろう。

 だからこそ、すぐにパニックに陥る。穴倉で助けもない環境、かすり傷一つでも動きに支障をきたす環境での戦闘。それを繰り返してきた自分からすれば、その動きは隙だらけだった。


 懐に入り込み、次の機体も操縦席を一撃で握りつぶす。


 これで二機。だが、この程度ならソーンでも簡単に可能ではないだろうか。実際の戦闘を見たことがないからわからない。だがそうだと仮定するとあと追加で二機は倒しておきたいところだ。他の奴に手柄を取られる前に早く仕留めてしまおう。


……


 こちらは数体の同胞がやられたが、勝利を収めることができた。結局この機体の装甲が破られることはなかったが、どうにも釈然としない。原因はわかっている。エクステリアというのは、あの程度の存在だったのかという落胆だろう。

 いや、同胞はあっさりと攻撃を食らった時点で防具を突き破られてしまうことがあった。それを見ている以上、このソーンたちの血によって変質したこの機体が異常だということは、わかっている。だが、それでも限度や程度というものがあるだろう。二つの種族が拮抗して戦ってきたこの状況。それがこんなに簡単に覆りそうであること。油断なんてしないけれど、事実としてそういう感じがすることが、とても異様なものに感じられた。


 とはいえ、すでに一回手を貸してしまった。後戻りはできない。

 今日のところは次の出撃に備えて帰還することにして、巣に戻った。


 後日。一つの浮遊都市が制圧完了したという知らせが届いた。どうやら自分たちが交戦した相手はその浮遊都市のエース部隊だったらしい。それが全滅したのだ。富裕層の為政者らは即時避難。浮遊都市から脱出するカーゴシップと護衛を発見し、数機は墜落させることに成功したというが、あまりに突然のことであり、同胞を見捨て逃げ出すという行為を予想していなかったソーンの部隊は戦闘能力が高いとは言えず、抗戦の結果それなりの痛手を被ったという。


 閉まらないような結果になったが、それでも島を一つ占拠したことの意味は大きい。これからは空まで向かわずとも浮遊島から出撃することができ、それによりエネルギーロスが減少。戦闘継続可能時間が延びると考えてよかった。


 とはいえ、この一件で自分というイレギュラーの存在が知られたことは明らか。相手もより強力な戦力を投入するだろう。あれがいくら浮遊都市のエース部隊だったとはいえ、おそらく大都市ではなく小都市を狙ったがためにあの程度だったのだろうと思う。

 そう思わなければ、何か嫌な想像をしてしまいそうだった。


 数日後。奪還作戦なのだろう。大量のエクステリアによる浮遊都市の攻撃が始まった。防衛部隊はある程度のダメージを負っていると連絡のために使わされた個体が伝える。

 どうやら僕にも出撃命令が下るらしい。本来であれば大規模な戦闘に連続登用されることはないらしいが、戦力として頼られているということだろう。


 移動時間を考えるとそれほどの余裕はない。戦況はおそらく刻一刻と悪化しているだろう。そう考え、急いで準備を整えると案内役を付けてもらい単騎で出撃した。


 戦況は、阿鼻叫喚といったところか。


 高い増殖能力を有するソーンたちは一度巣をつくってしまえば半無尽蔵に生まれ、その本能に刻まれた種への貢献という行動原理によって戦闘を行う。ただ、その場合当然防具などを身に着ける時間はなく、その結果として、彼らは所詮足止めしかできない。

 案内役は装甲を持たない代わりに高速移動の訓練を積まれた個体。戦闘能力はほとんど有さない。応援の部隊は装甲を身に纏っているため移動速度が若干遅く、到着するにまだ数分時間がかかる。


 一見するとソーンたちの軍勢のほうが数が多く有利に思えるかもしれない。しかし、エクステリアにしてみれば生まれたてのソーンたちは鬱陶しく歩行の邪魔でこそあるが、肉壁にすらならない。故にそれらは数に数えるべきではない。


 この状況。ただ静観し応援を待つべきかどうかと考える。待つべきではあるだろう。だが、感情的にはこの状況をすぐさま収束させたいという思い、そしてそのために努力すべきだという思いが顔をのぞかせる。


 離脱は可能か。そんなことを考え、理由もなく可能だろうと結論付け、結局その戦線に身を投じる。


 黒い影。それは一瞬で周囲の注目を集める。おそらく正体については聞き及んでいるだろう。対策も、もしかするとされているかもしれない。


……知ったことか。これまで潜り抜けてきた死線に比べれば、大抵のことは簡単な部類に入るのだから躊躇う理由などどこにもなかった。


 さすがに数が多いと消耗品故に使用をためらっていた武器を持ち出す。効率的な振り回し方なんて知らないし、穴倉の中での戦いでは素手で敵を葬ってきた。そのためある程度練習したとはいえ、武器には慣れない。

 とはいえ、そんなことを言っている場合ではなく、腕を操縦席に差し込み、そして引き抜くまでの時間を考えると、武器で一閃する方がはるかに隙が少ないというのは事実。使い慣れた武器と、強い武器が異なる状況において、優先するべきことは決まっていた。


 本来は人間を確実に仕留めるべきなのかもしれない。だが、今回に限っては戦闘不能にさせることを最優先に行動する。具体的には、ジェットエンジンや飛翼の破壊、武装を持つ腕部の破壊だ。


 すれ違いざまに攻撃を行う。当然防御や反撃の用意をされるが、数を揃えるために用意された部隊だからか連携の精度は低く、同時に自分勝手で技量のそれほどでもない奴らが多い。強そうなやつを選別し、武器をぶつけ合うことはせず回避行動。弱い奴から先に潰していく。

 こちらの目的は、第一にソーンたちの防衛。次点で敵の殲滅だ。最悪人間たちには退いてもらうという選択肢もある。


 三機ほどを一回の突撃で戦闘不能に追い込み、それから一時戦線を離脱。広く相手の様子が見えるところでは、相手が怯み戦線を後退させたことがわかる。ただ、だからと言って追撃のチャンスだなどとは思わない方がいい。一度ソーンたちに仕掛けられたことがある。あの状況で突撃すると、全面包囲され倒しつくすまで抜け出せない危機に陥るということを知っていた。


 移動速度特化の個体を呼び寄せ突撃しようとしていたソーンたちを制止。


 ここからは我慢比べだ。じれったく思って突撃してくる馬鹿を狙う。あるいは、燃料切れによって退散してもらうか。

 今回の襲撃で痛手を被ることになったのは、基本的には準備不足によるものだ。時間さえ与えてもらえれば防備は固まる。目先の復讐に囚われ犠牲者を増やすくらいならば、それから後、しかるべき時に圧倒的な戦力差によって蹂躙した方がいい。


 とはいえそれはこちらも一緒。時折新参者の指示など受け付けないという理由か。はたまた復讐心が先走ったか。防具を付けた個体が数体、隊列を組んで突撃し、あえなく玉砕していった。

 そいつらが消えたことで守備が消えたところをこちらがカバーしなければならなくなるので、そんな無謀だと明らかにわかる特攻は、犠牲者を増やすだけの愚行だ。それを理解せず、感情的に動く奴らは不愉快だった。今のうちに死んでおいてくれてよかったのかもしれない。


 とはいえそいつらも一定の効果は与えてくれた。見せしめ。戦線を退いた臆病者と侮っていた気持ちが、一つの部隊が(それもソーンたちの間ではそれなりに腕が立つ者たちが所属していたものが)簡単に敗北したということを見せつけられ、彼我の戦力差を思い知り、血気盛んな様子で危うさを醸し出していた連中が途端に指示を素直に受け入れるようになった。


 守備の戦力がない地域を刺すように襲撃してくる。この機体の機動力をもってしてもそれをすべて迎撃することは難しく、多少の犠牲は出るが、一方でこちらも襲ってきた機体を数機迎撃。今回は搭乗席を確実に潰した。


 その後、緊張感だけが増していく拮抗状態がしばらく続いた。

 けれどそれも永遠というわけにはいかない。制約の一つ、燃料の問題のためだろう。指揮官と思われる周囲よりも優れた武装を装備している機体。それが動き出し、それと同時に周囲の機体が一斉に後退していく。どうやら撤退の指示を出したようだった。

 どうやら自分の作戦は功を奏したらしい。ひとまず安堵するが、敵影が視界に映らなくなるまでの間は警戒を続けなければならない。こちらが安心しきって防御を解除した瞬間に最接近されるともわからないし、隠密行動が可能な機体が用意されていて、こちらの行動を監視しているともわからなかった。


 戦後、なぜ追撃を止めたのかと聞かれて、素直に答える。それだけでソーンたちは驚いたような様子だった。

 人間がソーンという特異で恐るべき生命に対抗できていたのは、彼らの知識不足が大きそうだなどと考察。本能的に隊列を組んだ方が生存率が高いなど、そういったことは理解しているが、ではなぜ隊列を組むのかと聞かれるとわからない。そんなちぐはぐさが彼らの行動の精度を下げていた。


 瓦礫の処理を手伝う。彼らはあまりこういう作業が得意ではない。アリのような集団行動の原理を持ち、集団のために奉仕することが本能的な行動規範になっている。そんな生物ではどうやらないらしい。


 それから巣を再生。これで襲撃を受ける前の状態まで戻った。本来はここから外殻を形成していかなければならない。

 ただ、浮遊島は浮遊可能な重量に制限がある。そのため彼らは島の地面を削り、それを建材として使用。出撃用の出入り口がいくつかだけ設けられる。

 そうして要塞と化した浮遊島の中で続々と個体が培養されていく。


 戦闘準備が整う前に数度の襲撃があったが、ソーンたちの間で重要拠点に位置付けられたらしく、自分もそこに配備され、防衛を行う。その結果として、ほとんど犠牲なく追い返すことに成功。

 ただやはり相手も偵察部隊でしかないということだろう。深追いはせず自分に至っては姿を視認されただけで逃げられ、撃墜することは叶わなかった。

 だが、それも終わりだ。


 部隊の編成は済んだ。犠牲を抑えた功績で自らの部隊を与えられ、彼らの訓練も済ませてある。迎撃戦の際に武器の試し斬りも行った。状態は以前より数段よくなっていると言える。


 ソーンたちを引き連れて飛び立つと、なぜだか悪魔を使役しているような気分になる。

 これから行うのは殺戮。いつもの防衛戦とは異なる、過剰防衛などという言い訳では自分をごまかしきれない。そんな殺意だけで行われる攻撃…


 とはいえそれでも戦うしかない。

 自分が快適に生きるために、今までも何かを殺してきた。だというのに昔、自分と同じ種族だったものを対象にしているからといってその行為を特別視するべきではない。感情論を抜きにすれば、おそらくそういうことなのだろう。


 飛行。目標を補足。防衛装置が起動し、それによって十数体が被弾。そのうちの数体が力なく地面に落ちていく。

 仲間を盾にしながらも進み続け、相手を射程圏内に捉える。その瞬間、投擲武器によって数基の主砲を潰す。


 主砲については、綿密な設計を練っていたわけではないようだ。高く積み上げられたそれは、下層部の破壊で脆くも崩れ落ちる。

 対策をしていなかった原因として考えられるのは、そもそも浮遊都市を襲撃されるという事例がそれほど多くないこと。そしてソーンの持つ遠距離攻撃の手段が体液を飛ばすくらいしかなかったために欠陥が露見する事態に遭うことがなかったためだろう。

 彼らは知能を有しているが、そのレベルは残念ながらそれほど高いとは言えない。だから重火器については再現できないものと諦め、遠距離武器の必要性は感じつつもそれを発案することは叶わなかった。

 自分はそれを知識で補わせ、投擲武器を彼らに提案。加えて腐食性のある彼らの体液を塗った小型の刃物を使用することで多少的を外れても液体さえ掛かれば機器を故障・停止させることができる方法を考えた。

 既存の方法では敵を射程に捉えるまでに相当の犠牲を払う必要があり、それに加えて酸を吐き出す際に口を大きく開き、口内という柔らかい部位を敵に晒すこと。そして狙いを定めるために棒立ちになることなど、実行するにはあまりに未熟な作戦であったがゆえに、浮遊都市の襲撃作戦は実行されてこなかった。しかし、今回は違う。


……まだ感慨は湧かない。瓦礫が崩れるだけの光景だからだろうか。だが、想像力が乏しいわけでもない自分にはわかっている。自動照準なんて便利なものはもうほとんど遺っていない。故に目の前に広がる光景は、何人もの人間を巻き込みながら進行している。


 今更あの場所には戻れない。人間だった時ですらそうだったのに、今ではなおさらだ。こんなことを考えるということは、自分はまだあの世界に未練があったのだろうか。


 今きっぱりとそれを捨ててしまおう。それが本当に可能なことかどうかは別問題として、ひとまずの気持ちの整理として。


 死に物狂いになって抵抗してくる。もしかすると、操縦席は乗ったら最後、戦闘終了まで開かない構造になっているのだろうか。あるいは、もう退路が壊れてしまっているのだろうか。思わず考えてしまうが、そんなことを想像したところで意味はない。どうせ壊し、殺すだけだった。


 タスクをこなすように淡々と。すべて壊したかどうかの確認ついでに人が乗っているだろう部品を突き刺す。時々柔らかい感触が返ってくる。抵抗感を感じることはあまりない。

 もしハッチが開いたら一体でも道連れにしようとか、そんな勇敢な奴がいたとして、それをさせるつもりはない。たとえ実害がなくても、攻撃されるだけで不愉快だ。


 占拠はまだだが、防衛装置に関しては制圧が完了した形になる。


……それにしても、エクステリアがでしゃばってこなかったが、また彼らだけで逃走しようとしているのだろうか。だとしたら、本当に、人間って存在が嫌になってくる。


 ソーンたちは、仲間のために肉壁となることも厭わない。それは共有意識のためか、それとも彼らそのものの根底にあるもののためか。それもまたわかりはしない。

 共有意識。それは彼らが個体の集合体であると同時に一つの意識を共有することを示している。彼らには自我や性格がある。けれどその一方で個体は死んだとしてもその巨大な根底にある一つの意識に帰結し、その中に取り込まれ、ある意味では死ぬことがない。

 すべての個体が死ぬまで、彼らは自分たちが生き続けると考えている。さすがに、まだその感覚を共有することはできていない。他の個体に対して自分は共有する部分を最低限にしている。


 自分は、醜い人間のままで、意識を共有してすべてを任せ、集団のために生きる覚悟がまだないのだろう。そしてそれ故に、人間同様に生存欲求に縛られ、他人を犠牲にすることを厭わない。

 自分はきっと、自分だけでも生き残ろうと足掻き、ずるい人間と同列のままだった。


 やはりというべきか、こちらが主砲の相手をしているうちに、特権階級に属する人々は制圧した浮遊都市内から逃げていた。住民の戸惑い、エクステリアが来ないことへの不満・恐怖。そんな感情が渦巻き、町は騒然となっていた。


 ソーンたちに、人間の恐怖心を理解することは叶わない。それは、人間がイルカの表情を理解できないということに近い。それが感情を持つほど高度な思考が可能な生命であることは認めているが、意思疎通は最低限しかできない。


 同胞を殺した憎き存在として、ゆっくりと嬲るようにかみ砕く様子を見て、この状況では一瞬で終わらせてやることだけが、自分にできる唯一の救いのようなものなのだろうと考える。傲慢で、殺すこと自体、救いとはかけ離れた行為だとわかっていたけれど。


 制圧が終わり、休息期間を与えられ、また出撃する。

 ことは膠着していたことが嘘のように、ソーンたちの進行はうまくいっていた。


……いや、どこか違和感があるのはわかっている。


 ソーンたちが都市を拠点化する前に是が非でも潰そうとするべきだ。増殖して、手が付けられなくなるよりも前に、制圧するべきだということを、人間が気づかないわけではないだろう。

 支配者階級の間で意見が割れ、出撃できない状況だろうか? いや、それはあまり考えられない。人間の行動力のなさを知っていても、それでもまだ違和感が残る。


 もし、自分という戦力が思いのほか大きな存在で、この集団において戦力の増強に一役買っていて、この好調がその成果であるというのなら、何の問題はない。

 そうであってほしいと願いつつ、最も最悪の可能性について意識が向く。


 人間の対ソーン用兵器の開発が最終段階に入り、現状、研究施設を有する都市を除くすべての浮遊都市の防衛の優先度が下がっているのではないだろうか。それはつまり、こちらがいくつの都市を占拠しようと、対応可能な力を、相手がもうすぐ手に入れてしまうということ。

 ソーンたちは、そのことに気付くことができているのだろうか? 焦燥感ばかりが募っていく。


 とはいえ、現状は戦線を押し上げることしかできない。そのことに変わりはない。兵器開発が進んでいるとして、それを止めるには敵の本拠地を襲撃するしかなく、そのための兵力を今、用意しているところなのだ。


 襲い、仲間が死に、敵対者を殺し、制圧し、休息を取り、出撃する。


 殺すことが、まるで呼吸をするかの如く繰り返され、その中で胸が痛まない自分という存在がますます嫌になってくる。もう少し、動揺したらどうなんだ。そんな思いに悩まされる。動揺したところで自己満足だろうに、なぜかその思いは消えない。


 そうしているうちに、どうやら十分な戦力が集まったらしい。人間の拠点の中でも最も巨大な浮遊都市への攻撃が決行されることになった。

 いよいよこの戦争が終わるのだろうか。人間が負けるにしろ、ソーンたちが負けるにしろ、どちらにせよ、生き残りは生まれる、はずだ。その結果として、その生き残りたちによって、日々の生活は脅かされ続けるだろう。決着がつくことは、もしかするともう永遠にないかもしれない。


 それでも、こうやって毎日敵影に怯える生活も、毎日邪魔ものを殺すことを考えて生きることもしなくて済むようになるのなら、まあ、今よりはマシになると言えるだろうか…

 わからないことだらけで、結末がどう転ぶのかなんてわからない。けれど、それでも集団の意思に呑み込まれ、別な選択肢を考える余地はなかった。


 そして迎えた襲撃当日。


 さすがに戦力を温存していただけのことはある。探知機もおそらく最も優れたものを使っているのだろう。だから、まだそれほど近いわけでもないのに大量の敵影が都市を守るべく集結している様子が見える。

 黒い点が集まり、防壁の周囲を取り囲んでいる様子は、逆に効率が悪いのではないかと思えるほどだ。


 とはいえ、こちらの軍勢もまた、相手のことを言えないくらい、大量の仲間を引き連れてきている。それこそ、迫りくる雷雲のように、自然災害にも引けを取らない規模の脅威であると自負するだけの戦力だ。


 相手の先制攻撃により、こちらの戦力は接近までの間に急激に削られていく。だが、それでもなお迫りゆく軍勢。


 接敵。雪崩のように押し寄せるソーンに巻き込まれ、戦場は乱戦状態に突入する。


 僕も、殺して、殺して、殺しつくした。


 そしてやっとの思いで生き残る。周囲には、エクステリアの残骸だけ。搭乗者がたとえ生きていたとしても、機体は動かなくなっているものだけだ。


 だが、それで終わってはくれなかった。


 それを初めから使わなかったのはなぜだろうか。用意が間に合わなかったから? エクステリアの犠牲は、ただの時間稼ぎだったとでもいうのだろうか。それとも、環境汚染が進み、勝利しても人間が住めなくなるというリスクがあるために、エクステリアで勝てればそうしたかったから?ありえない話ではないが、味方を犠牲にしてまで、兵器を隠す意味が分からない。

 けれど、とにかくそれはソーンたちが勝利を確信したときに起こった。


 突如として、戦場に霧が立ち込める。その不自然な霧は、特殊な薬剤を含んでいるもので、浮遊都市の方から流れてきていた。

 それに触れた途端、ソーンたちの体がボロボロと崩れていく。薄い翅は割れ、折れ、朽ち果てて、体も壊れ、呼吸器から入り込む異物に内部からも壊れていく。


 大量のソーンたちが、その霧に触れただけで落ちていく。


 霧を避けようと、退避しようとし始めたところで、後方からガスポンプを背負った奇妙なエクステリアが現れ、手に持ったノズルから薬剤の混じった霧を散布し始める。

 それはさながら、害虫駆除とでもいうようなものだった。圧倒的。駆除される側には、何の勝ち目もない。


 そんな状況。混乱する戦場で、さらに困惑を誘う情報が共有される。


 ソーンたちの各拠点の同時襲撃。


……こちらの行動はすべて筒抜けだったとでもいうのだろうか。巣の中に閉じこもり、平和に暮らしていた仲間たちの悲痛な叫び声が脳裏に残響する。けれど、こちらもどうすることもできない。


 僕は何とか飛んでいたが、次第に翅が朽ちていく。そして、最後には落下していった。


 また地上に落ちる。仲間の死体の上で跳ね、転げ、地面に叩きつけられる。


 不思議なことに、自分は生きていた。


 いや、自分が死んでいないのは偶然ではなくて、おそらく当然の結果だった。あの薬剤がエクステリアを機能不全に陥れるような代物ではないと考えれば、純粋なソーンではない自分に対しての影響が最低限に留まっていることには説明がつく。

 実際、ソーンたちの中身、つまり彼らの血肉こそ朽ちているが、防具だけは残り、今も瓦礫のように空から落ち、積み重なっていっている。

 エクステリアの外殻は、ソーンたちの防具を素材としている。それが朽ちない以上、それに覆われた血肉に薬剤が触れることはなく、ゆえにエクステリアも、この機体も活動不能に陥っていない。


 霧については、触れると多少痺れはあるが、行動に大きな問題が起こるほどの害は受けなかった。ただ翅だけは仲間の死体から流用したものだったために朽ちてしまったのだろう。

 地上に落ちた身で上空を見上げると、白い霧がはるか上空に、まるで雲のように見えた。


 一体、どうすればいいのか。


 そんなことを考えているとき、ある情報が共有された。拠点の一つが壊されたというものだ。

 より具体的に言えば、大量の同胞が殺され、それと同時に拠点に存在する最重要施設であるソーンたちの共有意識の軸を司る中枢の思考回路。同胞の記憶が保存されていたそれが壊されたということだった。その結果として、記憶は彷徨い、生き残るために別な思考回路を宿主に見つけようとする。

 一部が流れ込んでくる。自分と他人がまじりあう不快感。思わず拒絶してしまったが、本来、ソーンとしては受け入れなければならないところだったのだと思う。やはり自分は人間を完全にやめることはできていないらしい。自他の境界線が曖昧ならば耐えられるのだろうが、そもそもそういう在り方をしてこなかったからだろう。仲間とか言っておきながら、彼らを生きながらえさせるために自己を犠牲にするという覚悟はなく、結局入り込もうとする意識を退けた。


 その後も、拠点が一つ、また一つと壊されていく様子が伝わってくる。


 そして、とうとう最後の一つまで壊され、残るソーンの個体もいなくなった。これがまだ新型エクステリアの攻撃によるものであったのならば隠れ潜む個体の何体かは生き延びたのだろう。だが、実際には薬剤による毒殺。拡散力と効力は非常に強力で、密閉空間に閉じこもる間もなくソーンたちを呑み込んでいったということらしい。


 思考回路の最後の一つ。それが、全ての記憶を賄って、なんとか保っていた。けれど、とうとうそれが壊れ、残る先は一つしかない。処理能力が耐えうるかという問題ではない。それに取り組むことが当たり前の義務であった。



 流れ込んでくる。気分が悪い。侵されそうになる。自我を保っていたいという欲求に駆られる。受け入れようと努力しても、本能的に、捨てきれていない生存欲求が、理性を押さえつけて顔を出し、それを拒絶し、破壊していく。


 それを何度繰り返しただろう。強い意志、団結した意思。それに自我が殺されそうになりながらも、全ての意識を、追い出し、抹消した。


 残ったのは空虚感。仲間を、この手ですべて殺したという罪悪感。


 けれど、それでも自分は生きていたかったのだと再確認することができた。


 これでよかった。そう思うことにしよう。


 人間には平和が訪れた。自分は、仲間を間接的に殺されて、最終的には自分の手に掛けて、それで……


 涙が伝う頬も失って、こんな体になって……


 それでも生きている。それが望みだったんだろう。


 ……


 ……


 ……


 これが、本当に自分の望んでいたことなのだろうか。


 ふと「復讐」という単語が脳裏をよぎる。


 すべてをめちゃくちゃにしておいて、自分たちだけ生き延びるなんて、都合がよすぎはしないか。


……だからってどうだというのだ。殺したって何にもなりはしない。


『それでも、気分は晴れるだろう?』


「……」


『沈黙は肯定の裏返し。違うか?』


「煩い……」


 瓦礫の中に埋もれて、悩んで、苦しんで、生きているだけのことがどうしようもなく苦しくて、けれど死にたくなくて、でも自分を理解してくれる存在はもうこの世にはいなくて……


 そんなことを考えていて、どれくらい経っただろうか。ふと、自分の上に積み重なった瓦礫の上から声が聞こえてきた。


 楽し気な声だ。


……


 これは、『憎しみ』という感情だろうか。それとも、「寂寞」という感情だろうか。


 白と黒ではっきり区別できないものが感情だとするなら、そのどちらもが入り混じった吐き出したいくらいの気持ちの悪い感情だと、そう形容するべきなのかもしれない。


 自分は、ただ幸せになりたかっただけなのだろうか?


 幸せとは何によって定義されるのだろうか。


 幸せじゃない環境で生きてきた。脳に快楽を感じさせる物質で、無理やり自分が幸せだと錯覚させ続けた。その時点で、自分は「どうして生きたいか」の『どうして』の部分を考えなくなっていた。


 漠然としたものを追い求めても、それに至る手立てを思いつくはずがなく、結果としてこんなところに行きついてしまっていた。


 別に他人の幸福を邪魔したいわけじゃなかった。ただ他人に干渉されずに、自分の幸福観念を最低限満たす、そんな慎ましい幸せを享受したかった。けれど、他人の幸福など見向きもしない連中によって自分は、その甘ったれた考えは否定された。他人を不幸に陥れてでも、自分の精神の安定を求めようとする者。他人の犠牲ありきで自分の幸せを満たそうとする者。そんな存在がはびこる社会で、その考えは甘く、脆く、幼かった。


 だからすべて奪われた。二度も。


 だから恐れた。ソーンたちの純粋さが、自分の感覚を共有することで崩れ、人間のように醜く、自分勝手な存在になり下がってしまうことを。自分が身勝手な存在だという自覚があったからこそ強くそう思っていたのかもしれないと、今では思う。


 空虚だ。

 他人の犠牲の上に成り立つ幸福に身を委ねている存在が鬱陶しい。


 彼らはもう少し、自分たちの行いの結末を知るべきだ。


 他者の、痛みを……


 無知であれば許されるわけじゃない。権力があれば何をしたっていいわけじゃない。


 感情が裏返る


 彼らがその慎ましい幸福を享受しようとしていたのなら、残念だが、その儚さを知ってもらうために苦しんでもらおう。

 他人を食い物にして生きてきたのなら、その報いとして、食い潰されてきた存在の痛みを共有してもらおう。

 苦しんでいたというのならば、崩れていく都市の風景を見て、そこで死んでいく者たちの脆さを知ってもらおう。

 すべては、本来行うべきではなかったことを実行し、行うべきだったことのために動かなかった結末。

 人間が身勝手なら、こちらも多少身勝手にふるまっても、いいだろう?

 もし活動を起こしていたとして、その成果が報われなかっただけだとしても、努力を評価してなんてやらない。世の中結果論だ。


 そうやっていろいろ理屈を並べたけれど、用は自分が単にこの世界の理不尽さに嫌気がさして、感情のままに暴れたくなったというだけの話だ。

 地中に埋もれたこの体を起こし、うずたかく積まれた死体の山を押しのけ、騒音のする地上へと手を伸ばした。


……


 姿を現した怪物は、人がかつて知らぬ間に作ってしまったもの。


 都市は騒音に包まれ、平穏は脆く崩れ去る。


 生贄は、悪神を呼び出し、悪神は生贄を食らい、顕現する。


 地上は災厄に見舞われ、人は自分の罪にも気づかずにただただ理不尽だと嘆く。

 この先、もしかすると「彼」が人間を一人残らず殺すかもしれないし、人間が「彼」を殺すかもしれません。何なら神がでしゃばってきて、人間を救済してくれるかもしれない。しかしどんな結果にせよ時間は流れ続け、この世界は残り続けます。

 ただし、たとえどんな結末であろうと犠牲は出る。その犠牲者が彼なのか人間なのかはわかりませんが。和解だけは、この物語の経過に存在しないのです。なぜならこれは、追い詰められただけの良識人が、選択の果てに狂ってしまっただけの話ですから。


【あとがき】

 ふと思いついた話を、とりあえず行けるところまで書いてみただけです

 この物語は別段、何かを意図して作られたものではありません。政治的な主張や、何かの比喩といったことは、ないとは言い切れませんが、そういうことのために書いたわけではありません

 筆者が思うところとか、そういうことも混じっています。漠然とした形ですが


 何度も書き足して完成させたものなので、矛盾を残したままで雑だったり、繰り返しくどい表現があったりすると思いますが、それでも読み切っていただいた方には、本当に感謝します

 楽しんでいただけましたでしょうか? 満足のいく結末が思いつかずに苦し紛れな終わらせ方をしたことが心残りですが、この物語はこれで終了になります

 読んでいただいて、本当にありがとうございました。何か感想があれば、ぜひ


 3/28:羽→翅 その他一部表現を変更

 6/12:誤字、および表現の訂正

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