前編
[貴方にもう1度逢いたかった]
見知らぬ少女に、そんなことをいきなり言われたらあなたはどう思う?楽観的にマンガ的アニメ的展開を期待するか。ストーカーだと思うか。それとも全身全霊で無視するか。この男の場合はどうだったのだろうか?
「昨日さ…今日さ…昨日でありそしてまた今日でもある時にさ……?」
「ハァ?何言ってるの?」
「夢の中でさ…」
「あ、夢の話ね?それなら『今日』が正しいんじゃないかしら?夢は起きる寸前に脳が作り上げるって聞いたわよ?」
「ま、とりあえず…今朝の夢にさ、メッチャ可愛い女の子が出てきたんだよね。髪は白くて顎より下くらいまでのショートで、目は上品な紫色。服は黒の生地に、白いリボンがあちこちに配置されたワンピース。少し童顔なんだけど160センチないくらいの身長で、多分俺らと同い年くらいなんだけど…」
「何?彼女である私にそう行ってのはつまり、私にそのコスプレでもしろと?もしくはロリコンに目覚めたのかしら?」
「いやいや、言いたいのはそうじゃなくて…メチャクチャ不思議なんだよね。この夢さ。…背景はどんよりと濁った暗い色してて、そん中にその女の子がポツンと立ってこっちを見てるんだよ。でね、一言だけ哀しげにいうんだよ。『貴方にもう1度逢いたかった』ってね。そのあとは、その子が[濁り]に飲まれて消えて行って段々明るくなって眼が覚めるんだ。」
「あらまぁ随分鮮明に覚えてるのね?恋でもしたのかしら?」
「そう!それ!」
「ハァ⁉︎あんた何…クフフ…夢に出てきた美少女に浮気してるの?ウフフフッアーーハッハッハッ…ダメ、お腹痛い!腹が、腹筋が裂けるぅ…」
フミカは、ファミレスという公共の場であるにも拘らず大笑いしだした。クルト(本当はライト。クルトは通称)は慌てて訂正する。
「いや違くて、『鮮明に』の方な?鮮明すぎるんだよね。その女の子を描けと言われたら、写真レベルで描けるくらい鮮明すぎるんだよね。おかしくない?もうお昼なのに夢の中がこんな鮮明だなんてさ。」
「あそういうことね。びっくりした…高校生にもなって阿保の極みだと思ったわよ、全く。」
フミカは安堵のため息をついた。安堵とは知らず呆れられたと勘違いしたクルトは、話題を変えた。
それから幾日かの時を過ごし、夏休みが始まった。この日は、かねてよりの約束でフミカと遊園地にデートである。
午前六時半にバスに乗り7時に入園した。クルトは入園した時から、妙な違和感を感じていた。
「この感じ何処かで…どこだろう?なあフミカ?変な感じしない?」
「何?照れてんの?こんのぉ!憎たらしいクルトにも可愛いとこあんじゃんかよぉ?」
「いや違うから!照れてねーし?」
高校生になり、人生で初めてできた彼女と、初めての遊園地デートだ。照れてないはずはない。現に、頰から耳たぶまで真っ赤になっている。そして何よりフミカと腕を組んで歩いているのだ。やんわりと胸の感触があり歩いていると一定間隔で押し付けられる。肘でつついてみる。
「コラ!ったく…夢と希望に満ち溢れた遊園地で、セクハラとは情けないわね!全く。」
少し恥ずかしそうな表情に、クルトは堪え難いものを感じていた。
そうしてジェットコースターに乗った。最初の大きな坂山に差し掛かる。そこで一度停止する。そこからは遊園地全体が見渡せる。右の方には、この遊園地の目玉のアトラクション観覧車が見えた。
ズキンとクルトの頭に痛みが走った。
[帰って!また、『輪廻の呪い』に入ってしまう。]
「輪廻の…呪い?なんドアァァァァァァ‼︎‼︎」
ジェットコースターが急降下した。ここから先は、上へ下へ右へ左へと、格ゲーばりのコンボに圧倒された。
無事乗り終えると、今度はお化け屋敷に入った。
「きゃあっ!ビックリした。ねぇクルトぉ?早く行こ、早くでよ?」
このお化け屋敷は少し大きめで、仕掛けも凝っている。と、また頭痛に襲われる。
[帰って‼︎]
白いリボンが見えた。クルトは思わず追いかける。
「フミカ!一先ず先に出ててくれ!少し気になることがある。」
クルトはそういうと駆け出した。そして迷った。
「あの子は…どこに行ったんだ?あのリボンは絶対にあの子のだ。こんなに鮮明に覚えているんだから、間違えない!クソ!どこだ。」
周りは暗くどんよりと濁っている。その濁りの中には、何かが蠢いている。肩にぶつかった。人の手のような感触だ。よく知っている手にも思えるが思い出せない。何かノイズのようなものが聞こえる。そのノイズはクルトを後ろに引っ張っる。それも無視してクルトは進んで行った。と、濁りが晴れる。まだぼんやりとモヤのかかったような感じではあるが、一先ず遊園地の風景だ。気付けばすっかり暗くなっている。前には観覧車があった。先程から常に頭痛がしている。観覧車に近付けば近付く程酷くなる。
[来ないで!来ないで!来ないで!]
ずっとそんな声が聞こえる。より一層強まった声の中で、観覧車まで辿り着く。その頃には頭痛により、涙さえ出ていた。ふと気付いたが、手先がとても冷たい。何故なのか寒い気がする。列を無視して乗ろうとしているのに、誰も止めなかった。クルトはそれを不思議に思いながらも、降りてきたゴンドラに片足を乗せる。
突然、手に温かい感触を感じた。強い締め付けも感じた。頰に温かい雫が落ちてくる。そして鳴り止まなかったノイズが、段々鮮明になってくる。
「行かないで!ダメよ!絶対に許さないんだからね⁉︎どこにも行かないでよ!」
フミカの声だった。
意識が戻る。眼が覚めるとベッドの上だった。目の前にはボロボロと泣き崩れたフミカの顔が、クルトを覗き込んでいる。
「俺は、一体?身体が妙にダルい。」
「ウェッ、エグッ、うぇえ〜ん。よかったよぉ〜。クルトが生き返ったよぉ〜!」
「え?俺死んでたの?」
「君はね、今危なかったんだよ。どんどんと血色が悪くなり、心拍も弱まっていた。」
「ここは?そしてあなたは?」
「ここは大型病院の救急搬送室だ。私は君を担当した医者だ。すぐ近くの遊園地で君は倒れたんだよ。お化け屋敷の中でいきなりね。外傷もないし、体のどこにも異常はない。なんで倒れたのか不思議だよ。」
「誰かに呼ばれたような、来るなと言われたような気がします。」