表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

I Am ?

作者: 神在月

「聞こえますか」

 教授が心配そうに問いかけるのが聞こえる。

「うむ、ちゃんと聞こえている」

 何か自分で喋っているのに、録音した音声を聞いているようだ。

「声の聞こえ方が、おかしいぞ」

「聴覚の構造が生身の頃とは全く違いますから」

 教授は何かの端末を操作しながら、答えた。

「脳の情報伝達は正常に行われています、視覚の方はいかがでしょうか」

「問題ない」

「気分はいかがですか」

「なんとも言えない。何か自分が自分で無いようだ」

 自分が誰なのか、これは疑いようがない。何が起きたのかは事前に打ち合わせをしてし、十分承知してるつもりだ。

 今わしは、コンピーターで思考していと思うと、やはり不思議な気分だ。


 わしは、50年間がむしゃらに働いて、財を築いた。

 しかし、寄る年波はいくら財をなしても、止めようがない。

 70歳を超えて、老化をはっきり意識し、来るべき死の足音を感じるようになって。なんとか回避する方法を考えた。

 だが、酷使して来た体は、既に取り返しがきかない状態にまで弱っていた。

 そんな時目にしたのが、教授の書いた論文だった。

 人間の意識、脳の活動を全て電子データ化しコンピューターに移植する事は理論的に可能、と言う内容だった。

 わしはすぐに教授のスポンサーになり、研究を進めさせた。それまでの数十倍の予算を得た教授の研究は一気に進み、5年ほどで実用化の目処がついた。

 わし用に建造していたスーパーコンピューターも、同じ時期に完成した。

 本当なら、人体実験を何度かしてからにしたかったが。わしの体は既に癌に冒されて、余命があまりなかった。

 それに、人間の記憶を電子情報に置き換えると、途方も無い容量になるので。納める媒体が何人分も用意できない。当然思考を司るコンピューターも用意できない。


 結局予備実験なしで今日、わしは人格をスーパーコンピューターに移した。

 体の方はまだ完全には出来上がっていないし、そもそも既存の世界最高水準だったスーパーコンピューターも、脳のエミュレートをするには計算速度が遅く、こちらにも大金をかけて桁違いの能力のものを作ったので、小型化はまだまだ先。体は超高速通信で遠隔操作している、そのせいか生身の頃とは少しずつ感覚が違う。

 それでも記憶の移植は完璧だ。忘れかけていたことも、鮮明に思い出せるようになった。若い頃の感覚とはこんな物だったのかとも思う。

 これからは、体の方の制作に力を入れなければ。


「成功したと思われますか」

 教授が問いかけて来た。

「大成功だ、何もかもクリアに感じる」

「安心しました、古い体はいかがいたしましょうか」

「処分は任せる……いや、それでもわしの体だ、余命を全うさせてやってくれ」

 昔の体はチューブやコードが繋がって、台の上に横たわっている。

「承りました、それでは新しい身体の機能検査に移ります」

 クルマ椅子に腰掛けたわしの新しい体を、助手が押して次の部屋へ移動した。


 自分の声が聞こえる、それも離れた場所から。教授と話しているようだが、わしは何も喋っていない。わしは身体中コードやチューブが繋がって台の上で動けない。

 呼吸補助装置のせいで、声も出せないし、バイオカプラが脳につながっているので、指一本動かすこともできない。

 失敗だ、わしの意識は移っていないぞ。何も全く変わっていない。

 一人取り残され、生命維持装置の音しか聞こえない。

 最終確認が終わるまでは、生命維持装置は切られないだろう。

 余命を全うさせてやってくれと聞こえたので、治療も続けられるのかもしれないが、このまま死を待つのか。

 大成功と聞こえた、確かに記憶や思考は移植できたのかもしれない。それらの移植が上手くいけば、当然意識も移動すると思っていた。

 だが、実際は意識はそのまま残っている。今教授と去って行ったのは、結局のところわしの精巧なコピーに過ぎない。

 あのコピーにも意識はあるのだろうか、意識があるとしたらそれは一体誰だ。

 わしは、死ぬまでわしだ。

 移植できなかった以上、この体が死んだら消滅してしまうだろう。それでもわしのコピーは生き続けるのか。生き続けると言えるのか……

 今の今まで、信じてはいなかったが、魂というものが本当にあるのかもしれない。

 今こうやって考えているわしは、魂を移植する事ができなかったので、古い体に留まっているのではないのか。

 科学が万能だなどとは思っていなかった、実際にまだまだ我々にはわからない事が山のようにある。それでも、このプランは完璧だと信じていた。

 わしは無限に生まれ変われると信じたのだが……

 脳につながっているバイオカプラを取り外さないと、体の自由はきかない。

 この移植が成功か失敗かを判断するのは教授だが、彼はどう考えているのだろうか。打ち合わせでは、古い体、今のわしの確認もする事になっている。その時教授に失敗だったと伝える事ができるのか。

 だが、考えようによっては、今考えているわしの方こそ、古い体に残った残滓なのかもしれない。

 あの、コピーだと思っている方にもわしの意識があるのなら、当然そう思うだろう。本当はやはり大成功なのだろうか。


 何れにしても、わしに残されている時間はさほど多くない。

 今日までだと思って耐えてきた、がんの治療にも疲れた。

 教授が成功だと思っているのなら、もうそれでもいいかもしれない。

 わしの記憶や思考は残るのだから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 5億年ボタン的な話ですね。 最後、コピーされた側の悲痛の叫びは生きたような言葉だと思いました。ほんとうに、『わし』が喋っているかと思うくらい魂がこもっていました [気になる点] 14行目『…
[一言]  余計なお世話かもしれませんが、気になった点を書かせていただきます。  ナカグロ五つ(・・・・・)ではなく、三点リーダー(…)を偶数個使うのが正式です。  また、一行ごとに改行する必要はない…
[良い点] とても面白かったです。 私は「意識や自我はどこに存在するのか?」という問題に興味がありますので、この小説の着眼点にとても興味を持ちました。 サイバーパンク的な設定も好きです。 [気になる点…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ