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運命の出逢い Ⅰ

 


 桜野丘高校の離退任式は、3月の最終日に行われる予定だ。


 真琴も4月になると休みに入ることになるのだが、〝離任〟するわけではないので、離任式の壇上には上がらない。

 真琴が今担任として受け持っている生徒たちが卒業するまでに、現場に復帰はしないので、修了式の日、通知表を渡した後に別れの挨拶をした。



 もうこんな風に教壇に立って会うことはできない生徒たちに対して、少し涙を流してしまった真琴だったが、生徒たちの方は、数日後に待ち構えている大イベントを前にして、真琴に同調するどころか〝やる気〟で目をらんらんと輝かせていた。



 真琴が別れの挨拶をしても、真琴へはなむけの花束なども渡されることもなく、結局普通のロングホームルームのように終わってしまった。



 ―― 一年間、一緒に頑張ったのに、これで終わり…?



 文化祭に体育大会、修学旅行まで一緒に行ったのに、生徒たちの素っ気なさに真琴は肩をすかされる。

 一抹の寂しさを感じなくもなかったが、こればかりは生徒がしてくれることなので、自分から求めても虚しくなるだけだ。


 気を取り直すために職員室の机でも整理しようと思ったが、もう既に片付いていて、何もする必要などない。


 手持ち無沙汰なので、午後からは休みを取って美容院にでも行こうと思い立つ。

 臨月が近づき、お腹がもっと大きくなると自由に動くのもままならなくなるし、赤ちゃんが産まれたら、それこそ美容院どころではないだろう。



「いいね!仕事も、もうすることはないだろうから、行ってくるといいよ。美容院」



 と、古庄が真琴に語りかけるのを、石井が聞きつけて血相を変える。



「…だ、ダメよ!髪なんか切っちゃ…!!」



 藪から棒な石井の言い方に、真琴が疑問を露わにし、目を丸くして振り返る。



「だって、今日は寒いじゃない?風邪を引いたら大変よ?」



 取って付けたような石井の言い訳を聞いて、今度は過保護な古庄が血相を変える。



「…そ、そうだ!寒い間はやめてた方がいい。もっと暖かくなって、行けばいいよ」



 古庄からもそう言われて、真琴も石井の取り越し苦労を笑い飛ばせなくなる。



「そうですね。やめておきます」



 しぶしぶ真琴が頷くのを見て、石井はホッと胸を撫で下ろした。

 ここまで来て真琴が髪を切ってしまったら、生徒たちの計画が台無しになる。つい先日も、花嫁さん用のヘアカタログを見ながら、真琴に似合いそうなものを研究して、スタイルを決めたばかりだ。



 生徒たちが一つ一つ丹精込めて、成功させようとしている〝結婚式〟。

 生徒たちの苦労を無駄にしたくなかったし、石井自身、生徒が作り上げたその絵の中にこの二人をはめ込んで、幸せな様を堪能し、分かち合いたいと思っていた。



「そう言えば、賀川さん。引っ越しするんでしょ?いつ?」


「あ、4月の初めの春休み中に」



 石井が新たな話題を持ち出したので、真琴は美容院のことよりも差し迫った引っ越しのことが気になってくる。よく考えると、引っ越しまでにもうあまり時間がない。



「お腹が大きいと、大変でしょ?何か手伝えることがあったら、何でも言ってね」



 石井はそう言ってくれたが、来年度もこの学校に残る石井には、春休み中も会議やいろんな仕事があるはずだ。



「うん、ありがとう。でも、少しずつゆっくり荷造りしてるし。それに、一人じゃないから」



 真琴から何気なく出てきたこの言葉に、石井はほのかに顔を赤くする。



「そっか、旦那様がいてくれるんだね。どう?役に立つ?」



 石井のこの質問に、側にいた古庄の体がピクリと動いた。かたや石井が、チラリと古庄の反応を確かめた瞬間、バチッと二人の視線が出合った。



「……何で、古庄くんが反応するの?」



 ほんの少し意地悪な思惑を隠して、石井が笑いかけると、古庄は極まり悪そうに目を逸らした。


 この一連のやり取りを、周りの同僚たちも見て見ぬふりをしながら、笑いをかみ殺して窺っている。

 すると、そこで真琴が口を開いた。



「役に立つとか立たないとか、そんなことは関係なくて。一緒にいてくれるだけで心強いから…」



 真琴から醸される幸せのオーラにあてられて、石井だけでなく、周りも息を呑んでシーンと静かになった。

 しかし、のろけようとしているわけではないのは、真琴の素直な表情を見れば判る。


 古庄も、真琴のこの言葉を背中で聞きながら、胸がキューンと苦しくなって鼻息が荒くなった。今すぐに立ち上がって、真琴を抱きしめ、


「この人は俺の嫁さんだ!!」


 ……と、宣言してしまいたい衝動を、拳を握ってグッと我慢した。



「…それじゃ、私。やっぱり今日は帰って、引っ越しの準備でもします」



 真琴は、そう言って席を立った。妊婦とはいえ、何もせずにボーっとはできない性分みたいだ。


 真琴がいなくなって1分もしないうちに、古庄は居ても立ってもいられず、誘われるように真琴の後に続いて職員室を後にした。



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