悲しい出来事 Ⅱ
「……疲れたよ……」
古庄は居間に座り込んで、大きなため息を吐く。
「大変でしたね。……すぐにご飯にしますね」
今は詳しいことは聞かずに、古庄に休んでもらいたいと、真琴は思った。
「いや、飯なら食ったんだ。森園と一緒に、うどんを一杯…」
「それだけじゃ、足りないでしょう?何か、軽く食べられるものを作りますね。私も少し前に帰ってきたばかりですから、何も準備してなくて、簡単なものになりますけど」
と言いながら、真琴は台所の冷蔵庫の中からいくつか食材を取り出している。そんな真琴に、古庄は居間で座ったまま声をかけた。
「学校で俺を待ってたんだろう?連絡しようにも、携帯忘れてて…。どうやって帰った?」
「タクシーで帰りました。和彦さんの携帯は、私のバッグの中に入ってます」
古庄は、自分のできた嫁に感じ入った。計算高いわけではないのに、真琴の行動はいつもきっちり収支が合っていて、漏れがない。
「お弁当用に冷凍していたハンバーグを使って、ロコモコ丼にしてみました」
20分もしない内に、古庄の目の前には色鮮やかな丼が出てきた。食欲がそそられて、本当は腹が減っていることに気付く。
あっという間にそれを平らげて、少し気分が落ち着いた古庄は、森園のことを話し始めた。
「…森園の弟は、まだ小学4年生だった。横断歩道を渡っていた時、信号無視したダンプカーに撥ねられたらしい」
真琴も神妙な顔つきでお茶を一口すすり、うなずいた。
「ご両親の悲痛さは、もう尋常じゃなくて、とても森園のことまで気にかけてあげられる状態じゃなかったから、そのまま放って帰るわけにもいかなくて…遅くなったんだ」
「……子どもを亡くす親の気持ちって、それはとても辛いものなんでしょうね。森園さんも同じご両親の子どもだから、同じように目を向けてほしいとは思いますけど、今はまだショックが大きすぎて無理なんでしょう」
古庄はその哀しみの場に居合わせて、ずっと負のエネルギーを受け続けていたわけだ。その重圧を推し量って、真琴は自分のことのように胸が痛んだ。
「森園さんには、心のケアとか出来る限りのことをしてあげなければならないけど、今は何よりも、和彦さんの心の疲れを取ってくださいね」
真琴の優しい言葉に、古庄の胸がキュンと震える。
「……君の作ってくれた夕食で、そんな疲れなんて吹っ飛ぶよ」
そう言いながら真琴の腕を引いて、真琴を自分の腕の中に抱き寄せた。懐深く抱え込んで、真琴の髪に唇を付ける。
真琴は抗うことなく何も言わずその行為に応えて、古庄の背中に腕を回し、そっと撫でさすってくれた。
こんな時、こんな風に支えてくれて、心を癒してくれる存在を、本当にかけがえのないものだと思う。
今まではこんな感情は、自分の中で処理するものだと思っていた。他人の力に頼ることは、自分を弱くすると思っていた。
でも、真琴は他人じゃない。妻であり、どんなことも分かち合ってくれる存在だ。
こうやって抱きしめていると弱くなるどころか、古庄はもっと強くなれそうな気さえした。