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プロジェクト Ⅳ

 


「…来月から、本当にいなくなってしまうんだな…」



 そんな古庄の寂しげな声を聞いて、真琴も寂しそうに薄く笑った。



 2年前にこの学校に真琴が赴任してきた時から、二人は陰になり日なたになり協力してきていた。

 けれども、育休が明けて真琴が現場に戻ってきたとしても、古庄は異動して転勤しており、二人はもうこれっきり席を隣にすることもなければ、同じ職場に勤めることもなくなる。


 その現実を思うと、どうしようもない寂しさが古庄を襲ってくる。傍らに真琴がいない自分なんて、教師としても何か欠け落ちてしまった存在のように感じられた。



 真琴が不要になった参考書や資料類を紐で束ねて、それを抱えようとする。すると、すかさず古庄が立ち上がって、代りに重い紙類の束を抱えた。



「君は重いものは持たない方がいい。どこへ持って行く?」


「これは、資源ごみ置き場に…」



 と、真琴も古庄の好意に素直に応じて、一緒に職員室を出た。



 階段を降り、廊下を歩き、ごみ置き場へと渡り廊下を伝う。周りに誰もいなくなったところで、真琴が口を開いた。



「4月から私はこの学校からいなくなって、もうあなたと働くことはなくなりますけど、その代り、あなたとは一生一緒に生きていけます」



 古庄の心情を察したのだろうか。真琴がそう言ってくれたので、古庄も寂しさで陰った心に一筋の光が射しはじめる。



「そうだな。子どもも産まれるし、住む所も君のアパートじゃさすがに狭すぎるから、新しい所を探さないとな。引っ越しも、君が動けるうちに済ませたいし、急がなきゃ…」



 二人のためにやるべきことを見出して、古庄の顔が輝き始めたので、真琴もニッコリと微笑んで頷いた。



 今のままでいられない…そんな感慨が生まれるのも、今だって小さな喜びで満たされて、十分に幸せだからだ。

 けれども、目の前には二人で生きていける未来が開けている。



 ブロックで作られた小さな小屋のような資源ごみの保管庫に着いた。



「ありがとうございます」



 扉を開けて、中へと立ち入って紙類の束を置いてくれた古庄に、戸口から真琴がお礼を言う。



「…あ!何だ?これ?」



 積み上げられた紙の束を見ながら、古庄がそんな声を上げたので、真琴も何事かとごみ置き場に足を踏み入れて、彼の背後から覗き込んだ。



 するとその瞬間、古庄はその体を翻させて、真琴の腕を掴んでその胸に抱き寄せる。驚いて古庄を見上げた真琴が、言葉を発する前に、唇は重ねられていた。


 キスに応えたいけれども、状況が状況だけにキスに集中できない真琴。だけど、古庄に抵抗するでもなく、体を硬くし息を殺すように、その行為が終わってくれるのを待っている。


 そんな真琴に、出逢ったばかりの頃を思い出して、古庄は息を抜きながら小さく笑い、唇を離した。



「一緒に働けなくなると、こんな風に隠れてキスすることもできなくなるな」



 これから一緒に住むことになると、キスどころかそれ以上のことだって、何の気兼ねもなくいくらでも出来るのだが、〝隠れてする〟という小さな罪悪感と独特の緊張感、そして秘密の共有は、二人のお互いを恋する心をもっと甘く刺激した。



「学校のごみ置き場でキスしたなんて…、こんなシチュエーション、一生忘れられないと思います」



 真琴が自嘲気味にそう言って苦く笑うと、古庄はその端正な顔を、もっと朗らかな笑いで輝かせた。



「それとも、一緒に働かなくなれば、結婚してることを秘密にしなくて済むから、隠れてキスする必要もなくなるか!」


「そういう問題じゃありません!!」



 ほんの冗談のつもりなのに、真面目な顔で言い返してくる真琴に、古庄は笑いが止まらなくなる。真っ赤になって焦っている真琴が、可愛くてたまらない。



 古庄が思わずそっとその頬を撫でると、真琴も焦りをなだめてホッと息を吐き、古庄の優しい表情を見上げた。



「……離任式が終わって、その日にある送別会…。その時に、お披露目しようか」



 もちろん、これまで秘密にせざるを得なかった〝結婚〟のことだ。


 真琴は、何も言わずに頷いた。いよいよ〝その時〟が近づいてきて、真琴の表情に緊張が加わると、古庄はそれを軽く笑い飛ばす。



「きっと、皆。ものすごく驚くぞ」




 それから、古庄が真琴の背を押し、二人で寄り添ってごみ保管庫を出ている時、目の前をラグビー部の堀江が通りかかった。


 たった今の二人の甘い場面を見られていたのではないかと、真琴の心臓が跳び上がる。それに引き替え古庄は冷静なもので、こんなゴミ置場に二人でいる不自然さをごまかすでもなく、堀江に声をかけた。



「…堀江、お前!さっき終礼で、早く部活に行きたいって言ってたのに、何やってるんだ!」



 確かに、部活生は皆、それぞれの部で活動をしている時間帯だ。それなのに堀江は制服姿のままで、その肩には巻いて筒状になった赤い絨毯のようなものを担いでいる…。



「……えっ!?いや、あの!…ちょっと、コレ運ぶように頼まれて…。いや、コレは…、何でもないです!!……その、終わったら、すぐに部活行きますっ!!」



 堀江が運んでいたものは、まさしく二人の“結婚式”で使うはずの、レッドカーペットだ。それを二人に目撃されたのだから、焦っていたのは真琴よりも堀江の方だった。


 シドロモドロして、言葉を濁しながら逃げ去っていく堀江を見送って、古庄が首をかしげる。



「…あいつ、何、訳の解らないこと言ってるんだ…」



 真琴も可笑しそうに息を抜いて、堀江の姿を目で追った。その堀江を愛おしむような眼差しに、古庄の中の訝しさも消え去り、心がホッと絆される。


 思わず古庄がそっと真琴の手を取ると、真琴はピクリと身体を硬くした。そして、辺りをキョロキョロと見回して誰の視線もないことを確認すると、ようやく同じようにそっと握り返す。



「やっぱり、早く。人目を気にせず、イチャイチャしたいな」



 開き直るように古庄がそう言うと、真琴も呆れたように笑いながら、それを否定しなかった。





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