プロジェクト Ⅲ
佳音はもともと手芸が得意だったこともあり、ドレス作りに没頭し、有紀よりも率先してそれに取り組んだ。授業の間も早くドレスを作りたくて心が逸り、昼休みと放課後は一目散に被服室に行くのが、佳音の日課になった。
真琴のドレスが少しずつ形になっていく中で、佳音も周りの女の子たちと徐々に打ち解けて、教室の中でも楽しく過ごせるようになってくる。
もう、すがるような目つきで、古庄を見つめてくることもない…。
そんな佳音の様子に気が付いた古庄も、ホッと肩の力を抜きながら、安心して見守ることができた。
…と同時に、クラスの生徒たちが醸し出す、ただならぬ雰囲気も、古庄は敏感に感じ取っていた。
それが何なのか、生徒たちから訊き出そうにも、いつもは鬱陶しいくらいにまとわりついてくる女子生徒たちも、こんな時に限って姿を現さない。
授業の後などに雑談がてら、数人の生徒にカマをかけてみても、それを明かしてくれる気配もなかった。
「森園。お前この頃、個別指導はやってもらってるのか?」
終礼の前、古庄は佳音に声をかけてみた。
終礼が終わると、佳音に限らず生徒たちは、古庄に話しかけられるのを避けているのか、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまうからだ。
佳音の細い肩がギクリとこわばり、神妙な顔をして振り向いた。
「はい。…ぼちぼちやっています…」
と、答えてはいるが、本当は真琴のドレス作りを始めてから、個別指導はなおざりになってしまっていた。
「…ぼちぼち、だって…?」
古庄は、お説教をする教師の顔になって、怪訝そうな声をあげる。
「ぼちぼちやってたんじゃ、3年になるまでに追いつけないぞ。…放課後は何をやってるんだ?」
古庄は、〝放課後〟を話題にすることで、生徒たちが自分に隠していることを探る突破口を開こうと思っていた。
そんな風に問われて、佳音は窮してしまう。何と言って答えようか迷いながら、棒立ちになって周りのクラスメートたちに視線を走らせる。
クラスメートたちも内心は焦っていた。本当のことを打ち明けられたら、あの〝計画〟をこれまで必死で内緒にしていた苦労が、台無しになる。
すると、機転を利かせたラグビー部の堀江が、横から口を出した。
「先生!俺、早く部活に行きたいんです!!早く終礼、してください!!」
「そうそう!私も今日塾があるから早く帰りたいの。先生、早く終礼始めてよ!」
側にいた他の女子からも、そう言われて、古庄の佳音への問いかけはうやむやになった。
結局、“放課後”についての話も、うまくお茶を濁され、古庄は釈然としないまま終礼を終えた。
「なんだか変だ…。生徒たちが俺に何か隠し事をしている」
終礼から職員室へ戻ってきた古庄が、とうとうその胸の内を真琴に打ち明けた。
同じく終礼から一足先に戻って来ていた真琴が、自分の席に座ったまま古庄を見上げた。
「……訊き出そうにもスルーされるし…。俺、生徒たちにシカトされて、いじめられてんのかな…?」
「まさか…!」
いつになく弱気な古庄の物言いに、真琴も思わず笑いをもらす。
「でも…、そういえば私のクラスの生徒たちも、何かしているみたいです。クラス中がゴソゴソ落ち着かないのに、変な結束力みたいなものがあって…。本人たちは隠そうとしているみたいですけど…」
この辺、普段から生徒の自主性に任せている真琴は、悪いことじゃない限り、あまり気にしないし深入りしない。
「君のクラスの場合は、君が休職していなくなるから、何か計画があるのかもしれないな…。でも、俺のクラスは…?」
「……さあ?何してるんでしょうね?」
そんな二人の雑談に、例によって向かいに座る戸部が聞き耳を立てている。
いや、戸部だけではない。学年部の教員たちは、何気なくこの二人の会話を盗み聞きして、ほくそ笑んだ。
この二人が、〝あの計画〟について、何も勘付いていないことに…。
「ま、気にしていても仕方がありません。その内分かりますよ。多分、古庄先生に内緒にしてて、後で驚かそうとしているんです。可愛いですよね」
何事も適切な真琴からそう言ってもらえると、古庄も納得して安心する。
古庄がホッと息を吐いて自分の席に落ち着くと、真琴のしていることが気に留まった。机上のブックスタンドの問題集や参考書の類を、取り出して整理し直しているようだ。
「何してるんだい…?」
声をかけられて、真琴は手元にある問題集から、再び古庄へと視線を移した。
「今月いっぱいでここを引き払わなきゃいけませんから、少しずつ持ち物の整理をしてるんです。この体ですから、一気に動けませんからね」
真琴の言葉を聞いて、古庄もなるほど…という風に頷いた。
産休と育休で1年以上もいないとなると、私物を残しておくわけにはいかない。真琴はこの学校に籍を置いてはいるが、その姿はこの学校から跡形もなくなるのだ。




