プロジェクト Ⅱ
でも、一旦生地に鋏を入れてしまう前に、平沢がアドバイスしてくれたのは極めて適切だった。
「とにかく、賀川先生の体型に合わせてパターンを引き直さないとね」
古庄と真琴の結婚式なんて、当然面白くないのだろう。平沢は肩をすくめて突き放すような言い方をする。
「ええっ!?引き直すって、どうやってやればいいの?!先生、やってくれる?」
余計な仕事が回って来そうな雲行きに、しっかりとメイクを施した平沢のキレイな顔は怪訝そうに歪んだが、その場にいる女子生徒たちの気迫に押し切られて、しぶしぶ了承した。
「……わかったわ。じゃ、早く賀川先生の採寸をしてきて」
「了解ですっ!!」
有紀はそう言うや否や、メジャーを一つ掴むと、もう一人の女子と一緒に、あっという間に被服室を出て行った。
残された佳音は、そこに広げられている真っ白な布地を見下ろし、真琴へと思いを馳せた。
真琴の優しく高潔で、澄み切った心を映したような純白――。
その布地で作ったドレスに身を包んだ真琴は、いっそう輝いて、きっととても綺麗だろうと佳音は想像する。
「このドレスの完成図っていうか、写真とかあるの…?」
佳音がクラスメートの女の子に尋ねると、女の子は頷いて、キットが入れられた袋の中から数枚の紙を取り出した。
完成するはずのドレスを着た花嫁さんの可愛らしい写真を見て、佳音は心に誓った。
このドレスをこの写真以上に、何としても完成させると――!
それは、こんな自分に優しくしてくれた真琴のため…。そして、まだほのかな想いが残る古庄のため…。
真琴を溺愛する古庄は、きっとこのドレスを着た可憐な真琴を見て、心の底から感動し喜ぶに違いない。
その古庄の喜ぶ顔が見たくて…、古庄と真琴が幸せに包まれて微笑む姿が見たくて…。
別にお礼を言ってほしいわけではなく、ただ喜んでくれると思っただけで、佳音自身も嬉しさで浮き立ってくる。
これが、古庄の言っていた“誰かのために…”ということなのかもしれない。
このドレスにとどまらず、佳音は古庄と真琴のためになら、何だってするつもりだった。
ウェディングドレス作りは、予想した通り、多難を極めた。
もともと針や糸を日常的には扱っていない女子生徒たちは、縫い目一つ一つに平沢からダメだしされ、ミシンを扱えば、その糸の掛け方さえもよく分かっていなかった。
一方的に頼られてしまった平沢は、初めは不本意だったのかもしれないが、毎日遅くまで残って、女子生徒たちに付き合った。
「古庄先生の式で着る服はどうなってるの?」
ドレスを飾り付ける小さなリボンを作りながら、佳音が確認をする。
「ああ、それはね。2年生にいるでしょ。川沿いのリゾートホテルの息子が。そこの結婚式場にある貸衣装を貸してもらうことにしたみたい。古庄先生の方は、古庄先生のクラスの女子や溝口くん達が動いてくれてるから」
有紀も手を動かしながら、佳音に答える。
「指輪は…えっと、誰先生だったっけ?」
平沢とレース生地を裁断しながら、他の女子も進捗状況を確認し合う。
「指輪はね。3年部の谷口先生に頼んである。先生たちにご祝儀のカンパをしてもらって、結婚式までには間に合うように出来上がるらしいよ」
「お花は?ブーケやブートニアはどうなってるの?」
平沢も、気になっていることを横から口を出した。
「ブートニアって何?」
離れた所でミシンがけをしていた一人が、首をかしげる。
「ブートニアって、花婿さんが胸ポケットにさす花のことよ。花嫁さんのブーケとおそろいで作ってもらうの」
平沢が答えるのと同時に、有紀も平沢に報告する。
「お花の類は、音楽の大石先生がフラワーアレンジメントが趣味らしくて、これまでもお友達のブーケなんかも作ってあげたりしてるらしいから頼んでます。…でも、ドレスを見てみないと、どんな風にするかは決められないって言われました」
大石先生にそんな趣味があるなんて知らなかった平沢は、生徒たちのリサーチ力に感服して肩をすくめた。
「賀川先生の髪やお化粧はどうするの?」
話しをしていると、佳音の頭の中には、気になることが次から次へと湧いて出てくる。
「そう、それ。ちょっと困ってるの。こんなドレスを着るのに、さすがに素人が適当に…というわけにもいかないだろうし…。この学校に美容師さんの子どもいないかなぁ?」
有紀が眉を寄せながら、針仕事をする手元から目を上げて、佳音と視線を合わせる。
すると、その時ミシンをかけている女の子が再び声を上げた。
「あ!うちのお姉ちゃん。美容師だよ。頼んでみよっか?」
「わ~~っ!!助かる~!でも、もちろんタダでよ?その辺、お願いね?」
こんな風に、真琴と古庄の〝秘密〟の結婚式の計画は、着々と進められた。




