プロジェクト Ⅰ
それは修学旅行が終わって間もない頃、真琴のクラスの加藤有紀が、古庄のクラスの溝口と他愛のないおしゃべりをしている中で、ポツリと言ったことから始まった。
文化祭を機にカップルになったこの二人。
有紀の健気で可愛らしい願望を聞いて、彼女を想う溝口は、何としてもそれを叶えてあげたくなった。
それから二人の画策が始まる。
事が事だけに、二人だけで成し遂げることは不可能だったので、クラス中をはじめ、生徒会の役員や教員までも巻き込んで奮闘中だった。
自分の苦しみから幾分解き放たれて、周りが見えてきた佳音は、クラスに漂う〝何かが起こっている〟空気を、ようやく感じ取れるようになる。
けれども、クラスから浮いた状態からは、そう簡単に抜け出せるものでもなく、クラスメートたちも、佳音の様子を遠巻きに窺っているだけだ。
…というより、その〝プロジェクト〟のことでもちきりで、佳音のことにまで気が回っていない。
それでも、自分から壁を作ることをやめた佳音は、決して自分が邪険にされているわけではないことを覚る。それに気が付いただけでも、心にほんのり明るい光が灯った。
「佳音ちゃん。…助けてほしいことがあるの!」
ある日の放課後、そう佳音に声をかけてきたのは、クラスメートではなく、真琴のクラスの有紀だった。有紀とは同じ中学出身で、取り立てて仲がいいわけでもなかったが、お互いよく見知った間柄だ。
佳音は黙って立ち止まり、戸惑ったように有紀を見つめ返す。
「いい?手伝ってくれる?」
有紀は佳音の顔を正面から見つめて、有無を言わさない勢いで尋ねてくる。
「……うん」
その勢いに押されて佳音が頷くと、有紀はすかさず佳音の手を取って駆けだした。もちろん有紀のその行動に佳音は驚いてはいたが、心を少し逸らせながら、何も言わず付いていった。
連れて行かれたのは、被服室。
数人の女子生徒と家庭科教師の平沢が、一つの作業台に頭を寄せ合って何かをしている。
「佳音ちゃん、連れて来た!」
有紀の一声に、皆の視線が佳音へと集まる。その中には、この前の非常階段で、佳音を懸命に説得したクラスメートの顔もあった。佳音の戸惑いはますます深くなり、その表情に困惑の色が浮かぶ。
恐る恐る作業台の側に寄り、覗き込んでみると、その上には裁断されかけた光沢のある白色の布地が広げられていた。
「中学の時に家庭科で作ったスカート。佳音ちゃん、ポケットのところとか、まつり縫いとか、本当に上手に出来てたの。他に刺繍なんかも、丁寧で綺麗で完璧だった。だからきっと、力になってくれると思う」
そう言う有紀の言葉を聞きながら、佳音はますます困惑を深め、ようやく口を開いた。
「……何を、してるの?」
佳音の問いかけに、クラスメートの一人が少し含みを持たせながら答える。
「……賀川先生のウェディングドレス…、みんなで手作りしようと思ってるの……」
「ウェディングドレス……?」
思いがけないことに佳音は息を呑んで、その輝くような純白の生地を見下ろした。
「賀川先生と古庄先生…。結婚していること内緒にしてるから、まだ結婚式も挙げてないと思うの。…その内するつもりなのかもしれないけど、赤ちゃんが産まれちゃうとなかなかそうもいかないだろうから…」
「だから、賀川先生がお休みに入る前に、みんなで結婚式をプレゼントしようと思ってるの」
「みんなで…?」
佳音は、一同の顔を見回しながら、事の次第を確かめる。
その佳音の顔を真剣に見つめ返しながら、このプロジェクトの発起人である有紀が答えた。
「そう、私たちだけじゃなくて、同じクラスの男子や生徒会の人たちや、ここで手伝ってくれてる平沢先生や他の先生たち…校長先生にも協力してもらうつもりなの」
…何ということだ。
〝結婚〟のことが秘密になっていると思っているのは、当の本人たちだけで、その事実はもうすでに全校に知れ渡ってしまっているらしい。
「…それで、賀川先生と古庄先生には、このことは内緒にしてて、サプライズでプレゼントするわけね」
特段驚くわけでもなく、佳音は納得して頷いた。
すると、有紀の顔が嬉しそうに輝く。
「さすが、佳音ちゃん。呑み込み早い!…それでね」
と、それから有紀は現状を説明し始めた。
式を予定している離任式まで、あと1カ月もないのに、限られた人数で“ウェディングドレス”と言う大作に挑まなければならないこと。
それに、それを着る真琴が妊婦だということ。
「コレね?いろいろ調べてみたら、手作りのキットなんかもあったから、賀川先生に似合いそうなデザインのものを取り寄せてみたんだけど……」
「…この型紙の通りに作ってしまうと、お腹の大きい賀川先生には到底着れないわね」
そこで、平沢が現実を指摘した。




