表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/92

誰かのために… Ⅲ

 

 古庄は佳音から真琴へと視線を移して、その眼差しを優しく和ませた。



「その愛情だって、自分からそれを吐き出せない人間は、享けることだってできないよ。人間は一人じゃ生きていけないから、幸せも一人きりではなれない。自分と関わる人間を幸せにしたいと思う心がなければ、自分だって幸せにはなれない」



 古庄の信念とも言える言葉に、真琴はもう何も言えなかった。


 真琴自身も、本当にその通りだと思う。

 古庄といて幸せに包まれる時、自分も同じものを古庄に返したいと思う…。古庄がこう言うのは、真琴と同じ感覚を共有してくれているからに他ならなかった。



「…っていう俺も、真琴に出逢うまではそんなことを思いもしなかった。でも、この人を心の底から愛して、この人からも外見だけじゃない俺の全てを愛してもらって……」



 古庄は佳音に語りかけながら、真琴と穏やかな視線を交わす。



「この人と子どもを成して、この人とその子どもの幸せのために、取り巻く全てを良くしていきたいと思うようになったよ。上手く言えないけど、強くなるって…そんな風に生きていくことじゃないかな?」



 古庄の誠意の込められた真心からの言葉が、胸に沁みわたって、佳音は頷くように目を閉じた。また一筋、佳音の頬を涙が伝う。




「森園さん、強くいようと思ってても、泣きたくなる時もあるし、弱さをさらけ出していい時だってあるのよ?そんな時にはいつでも助けになるし、受け止めてあげるから。…だけどやっぱり最後は、自分の力で笑顔になってね」



 涙を拭いてくれながら、真琴がそう言って、佳音を励ます言葉をくれる。そんな間近にいる真琴を、佳音は初めて直視した。


 恋してやまなかった古庄が妻にした人は、清らかな心が透けて見えるような、本当に綺麗な人だと思った。



「……賀川先生みたいな人が……、お母さんだったら良かったのに……。」



 そう言ってくれた佳音に対して、真琴は戸惑ったような嬉しそうな笑顔を見せた。



「森園さんのお母さんは、こんなに心が真っ直ぐな娘を育てた人なんだから、きっと素敵な人なんだと思う。今は、古庄先生が言うように悲しみで心が曇ってるだけで…。一番近くにいる森園さんが、その曇りを拭ってあげなきゃね。押し付けないで、急がないで、優しく何度も何度も…ね」



 佳音が古庄に恋焦がれて、その全てを自分のものにしたいと思っていたことは、この真琴ならば気付かなかったはずがない。


 それなのに、こんな風に受け入れてくれて、優しい言葉をかけてくれる…。



「……どうして、こんな私に賀川先生は優しくしてくれるの?…古庄先生とのこと、知ってるでしょう…?」



 そんな佳音の問いかけに、真琴は視線を佳音から外して、少し困惑しながら古庄と顔を見合わせた。

 佳音の対する真琴の感情の全てが、決して慈愛に満ち溢れているだけではないことを、古庄は知っている…。



「…それは、お前が大切な生徒だからだ…。俺にとってだけじゃない、真琴にとっても大切な生徒なんだよ」



 古庄がそう言って、真琴の思考を代弁する。


 真琴はいつだって、どんなに辛く複雑な思いを抱えている時でも、佳音のもとに向かう古庄に『行かないで』とは言わなかった。それは、何よりも佳音のことを大切だと思っていたからに他ならない。



「…それに、森園さんこそ、私の想いを鍛えてくれて確かなものにしてくれた。そして、この人に大事なことを伝えられる勇気をくれた……。だから、感謝してるのよ?」



 古庄と視線を交わした後、真琴は再び佳音へと穏やかで柔らかい眼差しを向ける。

 そんな風に優しく見つめられて、佳音の目には今まで経験したことのない涙が溢れてくる。


 求めるばかりで…望むものを与えてもらえない自分を憐れんで、哀しみに染まっていた佳音の涙。けれども今、佳音の頬を伝うのは、古庄と真琴の大きな愛情に包まれて心が安らぎ、苦しみから解き放たれた涙…。


 その涙はとても心地が良く、いつまでも涙を流す佳音を、古庄と真琴はずっと見守り続けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ