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誰かのために… Ⅱ

 


「……わっ!また!!…蹴ったの、分かった?」



 そう言いながら、真琴はお腹の我が子に向けるのと同じ優しい眼差しを、佳音に向けてくれる。

 新しい命の懸命さに佳音は素直に感動し、真琴の慈悲深い眼差しにその心が洗われる。


 夜の街で知らない男たちの車に乗ろうとしていた時、この真琴は佳音を守るために大男に掴みかかって行った。そこから家に帰る時も、何も咎めたり叱ったりすることなく、静かに佳音の手を握っていてくれた。


 そんなことを思い出すと、佳音の目の奥に涙が込み上げてくる。



「――森園。お前もこうやって、お母さんのお腹の中で、大事に守られて育てられたんだ。そうして、望まれて生まれてきたんだよ」



 そして、古庄のこの言葉が佳音の心に深く刻まれて、涙と感情の堰が一気に崩壊した。


 突然はらはらと涙を流し始めた佳音を、古庄も真琴も何も言わず、しばらくそっと見守った。



「……でも…、お母さんは…、お母さんだけじゃないお父さんも…、今は私の存在なんて望んでない…。いなければいいって思ってる…」



 絞り出された佳音のこの言葉に、真琴は悲しそうに顔を曇らせた。



「…森園さん。森園さんの寂しくて辛い気持ちは、よく解る…。世の中には、自分で産んでおきながら子どもを疎んでしまう親も確かにいるけど、森園さんのお父さんもお母さんも、そんな人じゃないと思うの。…だって、今ここにいる森園さんは、こんなに素直で賢い子だもの。きちんと育ててくれた証拠よ?」



「……でも、今は……」



 佳音は、真琴の言葉を聞いても、首を横に振って受け容れようとはしなかった。真琴の言うことを補足するように、古庄は佳音に言葉をかける。



「……今は、お前の両親も、心が悲しみで病んでいるんだと思う。この真琴のお腹の中の子と同じように、お前もお前の弟もこうやって愛しんで大事にされていたはずだよ。その何ものにも代えがたい大切な子どもを亡くしたんだから……、お前の両親の悲しみはお前が感じているものよりも、ずっと深いはずだ」



 その内容は真実を衝いているのかもしれないが、佳音にはなかなか呑み込めない。うつむいてポタポタとただ涙をこぼし、制服のスカートを濡らした。



「…それじゃ、弟の代わりに私が死ねばよかった…。そうすれば、こんな悲しくて寂しい思いを味わわずに済んだから…」



 あまりのやるせなさに、真琴は顔を悲しそうに歪ませて、目を閉じた。



 何事も諦めて、自分の前途にも希望を見いだせない佳音…。

 こうしてしまったのは、愛情をかけなかった彼女の両親かもしれない。恋い慕う想いを受け容れなかった古庄自身にも、原因があるかもしれない。クラスメートも、彼女の心に踏み込もうとはしなかった。


 けれども、一番肝心なのは、そこではない。

 古庄はそれを告げるために、真琴への抱擁を解き佳音へ向き直って、思い切って口を開いた。



「森園……。寂しさや辛さって、誰かに癒してもらうものじゃない。周りの人間がどんなに慰めてくれたり寄り添ってくれても、自分本位な感覚でいる限り、自分の心はずっと寂しいままだぞ」



「自分本位って……」



 佳音は戸惑ったように、古庄の言葉を反復した。



「それに、幸せだって、誰かに与えてもらうものじゃない。自分の心を鍛えて強くして、自分から努力してなれるものだ」



 そう言い切った古庄の力強い言葉に、佳音は思わず顔を上げて古庄を見つめ返す。

 その涙で濡れた顔を見て、真琴は近くにあったチェストの中からハンカチを取り出した。



「……でも、強い心を育てるためには、愛情が必要です」



 佳音の頬をそっと拭ってあげながら真琴は、両親からの愛情を享けられない佳音の苦境を思いやって、古庄へと応える。





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