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秘密 Ⅷ

 

 古庄のクラスの女の子たちが、佳音を連れて向かったのは、保健室ではなく、人目につかない非常階段の踊り場だった。


 そこで、一人の女の子が佳音と向かい合って口を開く。



「佳音ちゃんも……古庄先生のことが、好きなんだよね?」



 そう問いかけられても、心を開いていない相手に、佳音は素直にその事実を認められなかった。



「……あなたたちだって、古庄先生の取り巻きしてたじゃない……」



 佳音は視線は合さず、そう言い放つと唇を噛んだ。

 彼女たちは、いつも古庄の周りにいる女の子グループの一つで、古庄に近づきたい佳音の欲求を阻む存在だった。



「うん……私たちも、古庄先生のこと…憧れてたし……すごく大好きだった……」


「私たちだけじゃなくて、この学校の女の子は、想いの度合いや想い方は違ってても……みんな一度は古庄先生に恋をするんだと思う……」



 佳音の両腕を支えてくれている女の子が、口々に佳音に語りかける。



「だけどね、ずっと古庄先生と一緒にいたら、分ってしまったのよ。……古庄先生は、賀川先生のことが好きなんだって」


「それも、とても純粋に、一途に想っているってことは……古庄先生のあの目を見たら分かる……」


「古庄先生って、裏表がないから隠せないんだよね」


 

 女の子たちの話はそこでいったん途絶え、佳音の様子を窺った。



 佳音は依然として、唇を噛んだまま視線を落として黙っている。けれども、その頭の中では、いろんなことが渦巻いていた。


 クラスメートたちは気づくことができたのに、どうして自分にはできなかったのだろう…。

 あれだけ古庄を独り占めするように一緒にいたのに、佳音は古庄の視線の向く先や、そこに込められている想いなんて考えもしなかった。


 自分だけを見てほしい…。

 自分だけを想ってほしい…。


 佳音は古庄にそれを願うばかりで、自分からの想いの全てを受け止めてもらいたいばかりで、自分から古庄のことを本当に理解しようとは思っていなかったのだと、佳音はやっと気が付いた。



 古庄の周りでキャーキャー言って騒いでばかりいるこの子たちを、「子どもっぽい」と心の中で嘲笑っていた自分。その自分の方が、もっと幼い感覚でしか古庄を想っていなかったのだ。



「二人が結婚してることに気付いたのは、修学旅行の頃からよ。お腹に赤ちゃんのいる賀川先生を、古庄先生は常に気にかけて、いたわってあげてたから…」


「ホント、生徒のことよりも、古庄先生の視線が真っ先に向くのは、賀川先生なのよ。さっきも誰か言ってたけど…、あれで夫婦じゃない方が不自然だと、私たちも思ったの…」


「…私はね、世界史を選択してるから、賀川先生の授業を受けてるんだけど、明るくて楽しくて、いつも生徒のことを真っ先に考えてくれる本当にいい先生なの。だから、下手に騒いで、古庄先生だけじゃなく賀川先生も困らせたくないから…」


「先生たち…ちゃんと真剣に愛し合って、結婚したんだと思う。……だから、佳音ちゃん。古庄先生のこと好きで、辛い気持ちは解るけど……、先生たちをこのまま黙って見守ってあげて……」



 そうやって必死に説得を続ける女の子たちの目からも、いつしか涙がこぼれていた。

 それほど古庄のことが好きで、だからこそ古庄には幸せになってほしい…。本気でそう思っているからこそ、流れてくる涙だった。



 あの二人が、心の底から愛し合っていることは、佳音が一番知っている。


 目の前で見たあのキスは、ただ『キスをしていた』と言えるものではなく、言葉では語りつくせない意味が込められていた。思い出す度、思わず体が震えてしまうほど、真剣な想いに満ちていた。


 佳音は目を閉じ、両手をギュッと胸のところで握った。何かに耐えるように、自分の中に渦巻く感情や複雑ないろんなものを、ぐっと力づくで抑え込んだ。



 その時、授業が始まる予鈴が鳴り響く。

 佳音を取り巻く女の子たちも、顔を見合わせ、我に返るようにそれぞれに涙を拭った。



「…さあ、佳音ちゃん。1時間目の『地理』が始まっちゃう…」



 まだ肌寒い非常階段から、重いドアを開け校舎へと入る。そして、佳音の背中を押しながら、誰もが黙ったまま教室へと戻った。








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