秘密 Ⅶ
そんな佳音を見るに見かねて、数人の女の子たちが駆け寄ってくる。
「…ね、佳音ちゃん。みんな、こうして知ってることだけど。先生たちは内緒にしているみたいだから、誰もが口に出さないようにしているだけなの」
「そうよ。全校に広まっちゃうと、大騒ぎで大変なことになって、先生たち、困ってしまうでしょ?」
「だから、こんな風に言い触らしたりしたりしないで。賀川先生は3月いっぱいで休みに入るらしいから、それまでは今まで通り、古庄先生と仕事させてあげようよ?」
口々にそう言って事情を説明されて、佳音の目にはジワリと涙がにじみ出てきた。
これでは、自分一人が、駄々をこねている物分かりの悪い子どもみたいだ。
自分のやってしまったことが、とても無意味で、とても愚かなことのように思えてくる…。
泣き始めた佳音をどうするべきか、女の子たちはお互いの顔を見合わせて、意志を通わせた。
遠くの教室で、生徒たちが席を立って挨拶をし、朝礼が始まる音が響いてくる。もう間もなくこの教室にも、古庄がやって来るだろう。
「…佳音ちゃん、ちょっとこっち来て……」
一人がそっと佳音の背中を押して、促した。後の二人も佳音の両腕を抱えるように、ゆっくり教壇から降りて、教室の外へと向かう。
他のクラスメートたちは、ただ黙ってその様子を見守った。
職員朝礼が済んで、担任たちが出席簿を抱えて各々のホームルームへと向かう列の中。古庄は真琴の後姿を見つけた。
お腹が大きくなって重いだけではなく、心なしかいつもより足取りも重い感じを見受けながら、小走りで真琴に追いつく。
「今日は元気がないみたいだけど、大丈夫かい?」
後ろから覗きこまれて、少しボーっとしていた真琴はハッと驚いた顔をする。
「…だっ、大丈夫です。ちょっと今日は少し眠いだけです」
真琴はその体の中に残る疲労を隠すように、少し早足になりながら古庄に答えた。
「眠い?昨日夜更かしでもしたのかい?」
職場での普通の会話として、そのように問われて、真琴はグッと言葉を呑み込んで古庄を見上げた。
その〝夜更かし〟の相手をしていたのは、誰でもない古庄だ。何をしていたのかは、古庄が一番知っているはずだ。
真琴が真っ赤になって何も言葉が返せないのを見て、古庄はフッと笑いをもらす。
「君は妊婦なのに、夜遅くまで頑張りすぎなんだよ。お腹の赤ちゃんもびっくりしてるんじゃないのか?」
その意味深な言葉に、思わず真琴は体をすくめて跳び上がる。
「……朝からそんな話、やめてください……!!」
ますます真っ赤な顔になって、真琴はやっとのことでそれだけ絞り出し、古庄を睨みつけた。
そんな顔をされても、昨日の真琴の想いを知った古庄には、何も怖いものはなかった。
声を立てて笑う、古庄の朗らかな声が廊下に響いて、向こうから歩いて来ている女子生徒たちが、古庄と真琴の方へと視線を向けた。
古庄も何の気なしにそちらを見て、その女子の中の一人に目が留まると……、瞬時に笑いが消え去っていく。
「おはよう。……どうした?」
歩み寄る古庄に、女の子たちが応えて言う。
「おはようございます。佳音ちゃんがちょっと…気分が悪いそうなので、保健室に行ってきます…」
「…そうか、解った…」
古庄が頷くと、女の子たちは側にいた真琴にも会釈をし、通り過ぎていく。
佳音は泣いているように見えた……。
その涙の意味を考えると、真琴の胸も複雑さを通り越えて、痛みを伴ってくる。
あれだけ激しい想いを抱えながら、その想いが叶わなかった時…、佳音のその絶望感は計り知れない。
「……森園は昨日の今日で、登校して来てないかと思ってたけど…、とりあえず来てくれたから、安心したよ……」
佳音を守るようにして廊下の角を曲がった女の子たちの背中を見送りながら、古庄はつぶやいた。
口ではそう言っても、解決しきれない問題を抱えて、古庄の表情は張りつめている。
「…森園さんには…、安心できる居場所と…、信頼して、甘えられる人間が必要なんですよね……」
佳音のことに関しては、ずっと見守るだけだった真琴が、ようやく古庄に助言してくれた。
真琴の言う通りだと、古庄は思う。
佳音は自分に居場所になり、甘えさせてくれる人間になってほしかったのだと思う。
そのために佳音は執拗に自分に対して絆を求め……、それを自分は拒絶した……。
いずれにせよ、このままにしておくと、佳音はいずれ見せかけだけの甘い言葉の誘いに乗り、いかがわしい場所に行き、悪い人間たちにすがってしまうだろう。
気を取り直すように、古庄は息を抜いた。
「さあ、朝礼に行かないと。1時間目も解体の授業が入ってるだろ?ぐずぐずしてられない」
ポンと真琴の背中を叩くと、小走りでホームルームに入って行く。真琴も深呼吸をして気持ちを切り替え、足早に隣の教室へと向かった。




