秘密 Ⅶ
朝礼を待つ古庄のクラスのホームルームは、雑然としていながらも穏やかな雰囲気に満たされている。
静かにその日の予習をする者、必死に課題をやっている者、音楽を聞いてリラックスしている者、遅刻ギリギリに駆け込んでくる者など、実に様々だ。
修学旅行も終え、あとこのクラスで過ごすのも1カ月とあって、クラスメートたちは気心も知れ、古庄のクラス作りも上手くいって、和気あいあいと楽しいクラスになっていた。
……ただ一人、佳音を除いて……。
もともと自分から作った壁だったが、誰もそれを外側から壊してくれようとはしない。周りが打ち解けて楽しそうにすればするほど、佳音は浮いた存在になっていた。
いてもいなくても、どうでもいいような存在…。佳音は自分のことをそんな風に感じていた。
佳音は、古庄もろともこのクラスも、延いては学校中を巻き込んで、めちゃくちゃにしてやろうと目論んでいた。
その佳音がおもむろに自分の席を立ち、教壇へと向かう。誰もその佳音の動きに気を留めようとはしなかったが、教卓の前に立って、
「ねえ!」
と声を上げた時には、クラス中の視線が一斉に佳音へと集まった。
佳音は息を吸い込んで、自分が確信した真実を、思い切って口にする。
「みんなにいいこと教えてあげる。隣のクラスの賀川先生が結婚した相手、秘密にしてるみたいだけど、実は古庄先生だったのよ」
シ―――ン……と、水を打ったみたいに教室中が静まりかえった。
そのまましばらく、クラス中の全員が、佳音を見つめたまま何も言葉を発しなかった。
皆、この衝撃的な事実を知ったら驚いて、特に女子は大騒ぎになると想像していた佳音にとって、皆のこの反応は想定外だった。
思いがけないことに佳音の方が戸惑って、クラスメートたちに視線を泳がせながらその場に立ちすくんだ。
クラスメートたちも突然のことに、確かに驚いていた。
しかし、この佳音の暴露にどう反応していいのか分からなかった。視線を佳音からお互いへと移し、お互いの出方を窺っている。
「…森園、お前、バカか?!そんなこと、みんなもうとっくに知ってることだろ?」
沈黙を破って最初に口を開いたのは、ラグビー部の堀江だった。彼は以前、倒れた真琴を保健室まで運んでくれた人物だ。
「だいたい、今まで気がつかないなんて、おかしいんじゃないか?あの、古庄先生の賀川先生を見る目つき、普通じゃねーだろ!」
と言ったのは、溝口という男子。彼は、真琴のクラスの加藤有紀の彼氏で、最初にこの事実に気がついた一人だ。
溝口の言葉に同意するように、クラスのどこからともなく笑いが漏れる。
「確かに、賀川先生のこと、すごくいたわってあげてるもんね。あれで、旦那様じゃない方が不自然でしょ?」
溝口に口添えするように、女の子からも声が上がった。
そんな風に口々に言われて、佳音に戸惑いの色がもっと濃くなってくる。ここで、こんなふうに責められるのは、大事な真実を隠匿していた古庄で、自分ではないはずだ。
佳音は唇を噛んで意を決し、もう一つ、自分だけが目撃した事実を暴露する。
「それに、私見ちゃったんだから!古庄先生が、ここで賀川先生とキスしているところ…!」
これには、クラス中が息を呑んで驚いた顔をした。
「………古庄ちゃん、案外大胆なことするんだな……」
一人の男子生徒が、ポツリとつぶやいた。
その次の瞬間、佳音の意図とは裏腹に、クラスメートたちは少し呆れたように和やかな息をもらした。
「そりゃ、子どもも作ってるんだから、キスくらいしても当たり前じゃね?」
「あ!あたしも放課後、隣の教室であの二人が寄り添って話をしてるの、見かけたことあるよ」
そんな声が、教室のどこそこから聞こえてくる。
まるで相手にしてもらえない佳音は釈然とせず、収まりきれない面持ちでクラスメートたちを見渡した。




