秘密 Ⅴ
「……真琴」
深い眠りに就いていた真琴の肩を掴んで、古庄が目覚めさせた。うっすらと目を開いた真琴の髪を撫でながら、優しく語りかける。
「もう、そろそろ起きた方がいい。俺はもう学校に行くよ?」
真琴が起き上がって時計を見ると、6時半を過ぎたところだった。状況を把握して、真琴は焦ってベッドから飛び出す。
「和彦さん、すぐに朝御飯作りますから、食べて行ってください」
「…いや、朝やっとかないといけない仕事があるし、もう出るよ。朝飯は、途中でコンビニにでも寄るから」
「そうですか…。起きられなくて、ごめんなさい」
そんな真琴の消沈した表情を見て、古庄は微笑む。
「俺は大丈夫だから。君はきちんと食べておいで……と言うより。また俺に襲われたくなかったら、先に服を着た方がいい」
古庄に指摘されて、真琴は辛うじて下着だけ身に着けている自分の姿に気がついた。
「あわわわ…」
真琴は真っ赤になって、脱ぎ捨てられていた服を拾って、はだけた胸元を隠す。
そんないつもの調子の真琴を微笑ましく感じて、古庄は軽く息を抜いた。
「…そ、そう言えば、私も今日の授業の準備が終わってないんです。早く行かなきゃ!」
真琴はバタバタと走り回り、すぐに着替えを済ませると、洗面台へと向かった。
「…それじゃ、俺は先に出るよ」
そう声をかけられても、顔を洗っている真琴は返事もできない。
古庄は自分の荷物を携え、玄関のドアから外に出ようとしたその時、
「…そういえば、昨日教室で…」
と、心に引っかかっていたことが口を衝いて出た。
「…え?和彦さん?まだいたんですか?」
顔を拭きながら、真琴がひょっこりと顔を出して見せる。
その一点の曇りもない顔を見て、古庄は口まで出かかっていたことを引っ込めた。
「ああ、うん。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい…って。また職員室で、すぐに会いますよね」
真琴はそう言いながら笑ったが、古庄はほのかに口角を上げて応えただけで、とても同じように無邪気な笑みを返せなかった。
真琴のアパートを後にして、自転車に乗りながら古庄は考え込む。
真琴には事実を、ありのままに伝えておくべきだろうか…。
昨日の教室でのキスを、佳音に目撃されていたという事実を…。
この事実を知ってしまうと、真琴の心にも重たい悩みを抱えることになる。常に心配事が心に引っかかり、ビクビクと怯えて、毎日を送らねばならなくなる。
けれども、もし……、佳音が目撃したことを心の内に留めて、他言しないでいてくれれば…。真琴は何も思い悩むことなく、何事もなかったように仕事に専念できる。
敢えて真琴に事実を告げることは、下手に彼女を気に病ませることにもなりかねない…。
古庄はそう考えて、真琴にはとりあえず昨日の出来事を伏せておくことにした。それにきっと真琴ならば、もし秘密が露見したと知った時にも、きちんとした対応ができるはずだ…と、古庄は真琴の人間としての度量を信じた。
秘密を守れなくなることは分かっているのに、それでもどうして古庄はあの行為に駆り立てられたのか…。
それはもちろん、真琴への想いを抑えきれなかったからだ。
最愛の真琴から初めて「好き」だと言われ、初めてキスを求められた。あの時の真琴の涙を思い出すと、切なさがこみ上げて体が震える。今だって、すぐに真琴のアパートに引き返して、真琴をこの腕に抱きしめてキスをしたいくらいだ。




