婚約指輪 Ⅱ
「サイズはお分かりですか?」
そう尋ねられて、古庄は頷く。スーツの胸のポケットから、一筋のタコ糸を取り出して、トレーの横に置いた。
週末の夜、真琴が寝ているのを見はからって、苦心して計測したものだ。
「この、2つの印の間が、薬指の第2関節周りの長さです」
タコ糸の上を指し示しながら、古庄が胸を張って説明すると、
「かしこまりました。サイズを確認してみます」
と、店員は作り笑いをしてタコ糸の2点の間を計測する。
そして、サイズの対応表と見比べて、真琴のリングサイズは9号だと判明した。
「リングに刻印はなさいますか?」
「刻印?」
こういう経験が皆無の古庄は、意味が分からず首をかしげる。
「リングの内側に、お名前や日付、メッセージなどを刻むのですが…」
店員はそう言いながら、見本品の刻印とその文例を見せてくれた。
Forever in love(いつまでも愛しています)
Crazy for you.(あなたに夢中)
You're everything.(あなたがすべて)
All my love(私の全ての愛)
などなど…
――……うわ~……。
普段は自分も同じような言葉を平気で真琴に語っているけれども、こうやって改めて読んでみると、あまりの甘さに、古庄はゴクリと唾を飲み赤面してしまう。
悩んだ末に、そこにはないメッセージを入れてもらうことにした。
「それでは、指輪は受注生産になりますので、お受け渡しは1か月から1か月半の後ということになります」
「……えっ!!?」
一連の手続きの後、店員の説明を聞いて、古庄の顔色が一瞬で塗り替えられた。
「1か月半?!…それは困ります。1日でも早く受け取りたいんです」
血相を変えた古庄の表情に、店員も顔を曇らせた。
「1日でも早くとおっしゃられますと、どのくらい…」
「できれば、今日にでも持って帰りたいくらいです!」
「……それでしたら……。こちらのお持ち帰りできる展示品で、刻印なしでしたら可能なんですが……」
と、困ったような表情を見せる店員だったが、困っているのは古庄の方だ。
店員に示された指輪の9号サイズとなれば、数も限られて選べるデザインも少ない。それに、やはり先ほど「これだ!」と思ったもの以外は、どれもイマイチに思われてしょうがない。刻印もないというのも、納得がいかなかった。
「…いや、この指輪に刻印を入れて、何とか1週間以内に受け取りたいんです!」
「1週間以内ですか…!?」
「はい!何とかなりませんか?お願いします!!」
古庄は必死な表情で懇願し、頭を下げ、店員の顔をじっ…と見つめる。
たいていの女性は古庄がこうすると、大概言うことを聞いてくれる…。
姑息な手段だとは解っているが、背に腹は代えられない。古庄は自分の魅力でも何でも、最大限駆使するつもりだった。
細部まで完璧な古庄の容貌からじっと見つめられて、店員はたじろいだ。そして、顔を赤らめさせて、ぎこちなく頷く。
「……しばらくお待ちください」
と、笑顔を作ってそう言うと、店の奥の方へと姿を消した。
それから古庄は、しばらくどころか、かなり待たされた。でも、ずいぶん無理を言っているようなので、今はただ我慢するしかない。
他の客や店員たちのチラチラと向けられる視線を気にしながら、古庄が大きな溜息を吐いた時、応対してくれていた店員が安堵の表情と共に現れた。
「系列店に、これと同じデザインの9号のリングがございました。それにこのメッセージを刻印いたしまして、今週の木曜日にお渡しできます」
「木曜日ですか!?」
思いの外早く受け取れるので、古庄も驚いて訊きなおす。
「はい。頑張らせて頂きました」
年配の店員は、年甲斐もなくはにかんで微笑んだ。
「ありがとうございます!!」
感激のあまり、古庄が店員の手を取って握手をすると、店員は顔を真っ赤にさせて言葉も返せなかった。
何はともあれ、1か月も待たされるのは回避できたみたいだ。古庄はホッと胸をなで下ろす。
――これで、指輪は手に入れられた。あとは、これを真琴にどうやって渡すかだ…
やっとのことで苦心して買えた指輪だ。どうせ渡すなら、ロマンチックな状況で渡したい…そんなガラでもない欲が古庄の中に湧き上がってきた。
木曜日に受け取ってからすぐにでも真琴に渡して、着けてもらいたい気持ちも強かったが、その欲求は少し抑えて、ゆっくり時間の取れる金曜日を待つことにした。