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私のものです… Ⅱ

 

 真琴に求められなくても、古庄は真琴にそうするつもりだった。

 体中から溢れ出してくる真琴へのこの想いは、抱きしめるだけでは足りない。何か行為として放出しないと荒れ狂い持て余して、今にも叫びだしてしまいそうだった。


 その時、古庄の目には情熱の炎が映り、ここが教室だということも忘れてしまう。



 真琴の髪をかき上げながら、真琴の頭を引き寄せて、唇を重ねようとしたその時、古庄の視界の端に人影を捉えた。



 真琴の背後、教室の後方に立ちすくむ、佳音の姿。


 真琴を抱きしめる古庄を見て、その表情は凍りついている。



 しかし、古庄は自分を止められなかった。佳音を一瞥しただけで、その視線を振り切るように腕の中の真琴を見つめ直し、キスをやめる選択をしなかった。


「キスして」「抱きしめて」…。

 先ほど佳音からあれほど懇願された行為を、古庄は何の躊躇もなく、自分から真琴へと求めた。



 唇が触れ合った瞬間には、古庄の意識から佳音の存在さえもいなくなってしまう。

「好きです」というその言葉が表す通り、真琴も夢中になって唇を重ねた。古庄の背中に回された手が拳となり、ギュッと力を込めてスーツのジャケットを掴む。



 誰かに見られてしまう。秘密がバレてしまう。今まで気にしていたそんなことも、もうどうでもよくなった。教室でこんなことをして、不謹慎だということも十分理解している。


 けれども、今目の前にいるお互いの存在だけが全てで、愛しいと想う気持ちだけが全てだった。



 何度も方向を変えて唇が重ねられる度に、熱い吐息が漏れ、更にキスが深められていくにつれて、それだけで終われなくなった。

 真琴の顔中にキスをし、その耳や首筋をたどろうとした時、辛うじて古庄は思い止まる。



「……今日は、約束の週末じゃないけど、君の部屋に行く。…今すぐにだ!」



 真琴の熱に浮かされたような顔を抱えて、古庄は力強くそう囁く。真琴もそれに応えて、はっきりと頷いた。



 抱擁を解き、気が付いたら、すでに佳音の姿は教室から消えていた。一心にキスを交わしていた二人の耳には、佳音が去っていく足音さえも入っていなかった。



 真琴が落としたプリント類を、古庄が手早く拾って真琴へと渡す。真琴がそれを受け取り、古庄が教室を消灯すると、二人は足早に職員室へと向かった。



 職員室へ戻ると、相変わらず古庄の机の周りには、女子生徒たちが数人待ち構えている。しかし、古庄は彼女たちをほとんど無視するように、財布や自転車の鍵を携行すると、すぐに職員室を後にした。


 真琴も手早く机の上を片付けると、荷物を抱え古庄の後に続いた。明日の授業で準備がまた不十分なところもあったけれども、今は古庄の側にいることの方が大事だった。



 ――…あれだけじゃ、まだ足りない…!



『好きです』と言う一言だけでは、真琴の中にある想いの全ては表現しきれない。

 もっと深くもっと切実で、計り知れないほどもっと大きなものだと、古庄に伝えたかった。


 一度堰を切られた想いの言葉たちは、一気に押し寄せてきて、容赦なく真琴を急き立てた。



 逸る心をなだめながら、努めて冷静に車の運転をし、真琴は自分のアパートへとたどり着いた。

 大きくなりつつあるお腹も物ともせず、階段を駆け上がり自分の部屋のドアノブに手をかけると、すでに鍵が開いている。

 窓から入ってくる街灯の光に照らされた室内には、古庄が大きく肩で息をしながら、居間のまん中で仁王立ちしていた。


 自転車なのに自動車よりも早く到着するなんて、いったいどれだけ懸命にペダルを踏んだのだろう…。


 そんなことを思うと、真琴の中の想いはさらに高まって、手にあった荷物を投げ捨てながら古庄に走り寄り、その胸の中に飛び込んだ。



「あなたが好きです。…あなたが好きです!」



 もっとほかの言葉でこの想いを伝えたかったが、感情が高揚してそれしか言葉にならなかった。



「あなたが、好き…」



 繰り返される真琴の言葉を遮るように、古庄が唇を重ねて自分からの想いを表現した。


 それに続く、もっと深い愛の行為…。

 先ほど、教室では思い止まったその行為を、この二人だけの部屋で、やっと想いのままに真琴にぶつけられる。


 真琴のコートとカーディガンを、一緒に真琴の肩から落とす。その下に着ているアンサンブルのセーターを裾から持ち上げると、真琴も両腕を上げてそれに応える。古庄も自らのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めるとスルリとそれを抜き取った。



 ベッドに体を横たえ、再び深く長いキスをして、古庄が囁く。



「…俺も、君が好きだ」



 真琴は頷くだけで精いっぱいで、もう何も言葉にならなかった。




「だけど、今日もまた、君との恋に落ちたよ…」



 古庄の言葉が胸に響いて、その痛みに耐えるように真琴は瞳を閉じる。滲みだしてきた涙が真琴の耳へと伝うと同時に、切ない動悸で高鳴る胸に古庄が口づけた。



 真琴がつわりで苦しんで以来、古庄は真琴の体調を気遣って、こんな風に触れ合ってはいなかった。

解き放たれた欲求は、今にも暴れ出しそうになったけれども、子どもを宿す真琴に対して、古庄は努めて自制した。


 膨らんできた真琴のお腹を、古庄の唇が優しくたどると、真琴は嬉しそうに微笑む。


 その満たされた微笑みに魅せられて、古庄はまた真琴にキスをする。


 古庄の頬をそっと撫でて、



「…あなたを、愛しています…」



 真琴は自分の中の真理を、やっと古庄に告げた。



「……俺も、愛してるよ…」



 それからは言葉もなく…温かく幸せな混沌の海の中を、二人で手を携えて彷徨った。





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