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私のものです… Ⅰ

 


 佳音の走り去っていく後ろ姿を見守って、古庄は大きな息を吐いた。


 佳音の心は解らないでもない。

 恋心と言うものは一度自覚してしまうと、まるで呪いでもかけられたように、そこから逃れられなくなる。望みがなく、ダメだと解っているのに、諦めきれず募ってしまうのが恋心というものだ。


 当の古庄も、それは真琴と想いが通じ合う過程で、嫌と言うほど経験した。

 どんなに切なく苦しい思いをしても、真琴を恋い慕う想いだけは消すことは不可能だった。あの時の自分だって、今の佳音と同じように、真琴へ想いの丈の全てをぶつけていたのだと思う。



 このまま…、佳音の想いが自然に冷めるまで、待つことしか手段はないのだろうか…。


 けれどもそれは、佳音にとって、煮え湯を飲まされるように辛く苦しいことだろう。

 佳音の想いに応えられないことは分りきっているからこそ、いっそのことキッパリと諦めてくれた方が、佳音自身のためだとは思うのだが…。


 今のままでは、佳音自身も自分の想いをどうすることもできないようだ。



 廊下の方から人の気配を感じて、古庄は佳音が戻ってきたのかと思い、視線を移す。


 視線を向けたそこには――、佳音ではなく真琴が佇んでいた。

 きっと教室の見回りに来たところだったのだろう。その手には不要になったプリント類が携えられている。


 真琴を一目見た瞬間に、古庄は自分の心を再確認する。


 自分が何度も恋に落ち、愛している女性はこの人なのだと――。



 佳音に激しい想いをぶつけられた直後だと、なおさら真琴への想いは古庄の心に沁みた。ささくれだった心は瞬時に癒され、心を悩ます佳音の存在さえも忘れさせてくれる。


 ホッと表情を緩めて、古庄は真琴に微笑みかけた。



 しかし、古庄に優しい表情を向けられても、いつもそれに応える時に見せるはにかんだ笑顔を、真琴は見せなかった。険しい感情を映した面持ちで、じっと古庄を見つめている。


 その顔を見て、古庄は覚った。先ほどの佳音とのやり取りを、真琴に聞かれていたことを。


 今まで敢えて真琴には伏せていたその現実を知って、佳音の激しい想いを知って、真琴はどう思ったのだろう…。


 古庄の表情から笑みが消え、神妙な顔で真琴を見つめ返す。何と言って真琴を安心させるべきか考えていたが、思考が硬直して、何も真琴に語りかけられなかった。



 真琴は古庄の視線から目を逸らし足元を見つめ、もっと苦しそうに眉間に皺を寄せると、一歩踏み出した。

 手にあったプリントも足元に落としながら、一歩一歩古庄のもとに近づいてくる。


 そして、古庄の側まで来て目の前に立つと、真琴は思い切ってその胸に飛び込み、背中に回した腕にギュッと力を込めた。



「真琴…?」



 古庄が戸惑って、そう言葉をかけると、真琴は古庄の胸に顔をうずめたまま、その一言を絞り出した。




「……あなたが、好きです……」




 真琴がつぶやいたその短い一言は、一瞬で古庄の心を貫いた。

 ついたった今、佳音からも聞かされたその言葉は、全く違う意味と響きで古庄の全てを包み込んだ。


 この言いようのない切なさと、途方もない愛しさを伴った感覚は、今までに経験したことがない――。


 それを自覚して古庄は、真琴からその言葉を初めて告げられたことに気が付いた。



 真琴が顔を上げて、涙を湛えた目で古庄の目を捉える。



「あなたのことが、好きです……」



 もう一度その言葉を発すると同時に、涙が零れ落ちた。


 本当ならこの言葉は、二人でいることの幸せを感じながら、古庄に告げたかった。

 こんな風に嫉妬に駆られて伝えるべきことではないと、真琴も十分に解っている。


 だけど、佳音のあのほとばしるような想いを知ってしまって、真琴は我を忘れた。今この瞬間に、古庄には知っておいてもらいたかった。


 あの佳音の激しい想いよりも…、世界中の誰よりも、一番に古庄を愛し恋い慕っているのは、自分なのだと――。



 そして、古庄が愛しているのは佳音ではなく、世界中でたった一人、自分だけなのだと確かめたかった。


 抱きしめてくれている古庄の腕に、いっそうの力が込められているのは分っていたが、それだけでは足りなかった。



「……キスしてください……」



 黙ったままでいる古庄の、戸惑いと切なさを宿している目を見上げて、真琴は密やかにそれを求めた。




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