抱いてほしい… Ⅳ
「…私は、こんなに先生のことが好きなのに…。どうして先生は、優しくしてくれるばかりで…私のことを好きになってくれないの?今は先生を困らせてばかりだけど、好きになってくれたら、私……」
声を震わせて、うつむいて涙を拭いながら、佳音は言葉を絞り出した。
古庄は、ソファーに座ったまま佳音を見上げて、息を抜く。
「……森園…。俺には、もういるんだよ。一生を共にしたい、心から愛しいと思う大切な女性が……。その人を抱く時は、もう死んでもいいと思うくらい、ものすごく幸せなんだ。その幸せを思ったら、誰だろうと他の人に触れるなんてできないよ」
今まで知ることのなかった古庄の事情を知って、佳音は息を呑んだ。うつむいていた顔を上げ、古庄を見つめ返す。
「…その人がいなかったら…。先生がその人と出会う前に出会えてたら、好きになってくれてたの…?」
「……そういう前とか後とかの問題じゃない。…俺にとってその人は、俺の人生の中でたった一人の人なんだ」
愛しい真琴を想いながら語る古庄の表情は、とても穏やかで幸福と喜びに満ち溢れていた。
そんな古庄の顔を見て、佳音は現実を悟った。
「…真剣に強く…想い続けていれば…、いつか先生と想いが通じ合えるって信じて…それが私の夢だったのに…。もう、諦めなきゃいけないの?……私は、これからどうやって…何を支えに生きていけばいいの?」
佳音のこんな気持ちを聞いても、もう古庄は「好きでいてもいい」とは言わなかった。
「俺がいなくても、お前はちゃんと生きていけるよ。苗木だって、自転車に乗るときだって、最初は支えてもらっても、そのうち自分の力で立つことができるだろ?お前が一人でちゃんと立てるようになるまで支えるのが、俺の役目だ。絶対に、途中で放り出したりはしないから…」
――……役目……。
古庄の言葉は、とても深い思いやりが込められていたけれども、それは教師としてのもので、一人の男としてのものではなかった。
力をなくすように佳音がソファーへと座り込むと、古庄は脱ぎ捨てられた佳音の洋服を手に取って、そっとその肩にかけた。
「…寒いから、服を着なさい。風邪をひいたら、明日も学校に来れないだろ?」
こんな風に優しくされれば、佳音の心はまたときめいて、また想いが募ってしまう。
「放課後だけでもいい。学校でお前の顔が見たい。来たら、勉強だって見てやるから」
古庄が言葉をかけても、佳音はうつむいたまま何も反応を示さない。佳音の前向きな返事を聞いて、安心して帰りたかったが、古庄は諦めてソファーを立った。
「それじゃ…また明日」
うつむく佳音の横顔にそう言って、古庄は佳音の家を後にした。




