抱いてほしい… Ⅲ
「…誰か…なんかじゃない!私は、先生に側にいて欲しかったの!それなのに、先生はあの夜に来てくれなかった。そんなこと言って、先生は私のことなんて、どうでもいいんでしょ!?」
佳音の逆上するような叫びを聞いて、また話がそちらの方に行ってしまい、肝心なことが話せなくなったと、古庄は内心で落胆する。
「どうでもいいんなら、今日だってここには来ていない」
「…じゃあ?私のこと、大事に思ってくれてるの?」
「もちろん、森園のことは大事だ」
「…先生はいつもそう言ってくれるけど、私はそんな風に感じない!ホントにそう思ってるんなら、証明して!!」
「証明って…」
古庄は絶句した。
誠意という目に見えないものを、今ここで佳音が理解できる形で示すなんて不可能だ。
こんなことを求めること自体、佳音にとって自分も信じるに値しない存在なのだろうと、古庄は額に手を当て、頭を抱えた。
その時、決意するように、佳音が大きな息を呑む。
「…先生…?私を…抱いてほしいの……」
潤ませた大きな目で古庄を見つめながら、佳音がそうつぶやいた。
古庄は表情を変えることなく、ただ黙って佳音を見つめ返した。
佳音のその要求を聞いても、胸はざわめくどころか、奈落の底へと突き落とされたような気分になる。
「先生に抱いてもらえたら、 他のもの全てが信じられなくても、生きていけるから…」
自分の想いを遂げるために、佳音はさらに言葉を尽くして、古庄を説得しようとする。しかし、古庄は佳音から目を逸らして、息を吐いた。
「森園のことが大事だからこそ、そんなことはできないよ」
古庄の返事を聞いて、佳音は顔を悲痛に歪めて唇を震わせた。
「…どうして?私が望んでるのに?!」
「俺が望んでないからだ。愛し合っていない相手とは、そんなこと、しちゃいけない」
明確に断言する古庄に、佳音は何とか取りすがろうと必死になる。
「…でも、男の人は好きじゃない相手とだってできるじゃない!」
「確かに、以前、お前を車に乗せようとしていた男たちはそうかもしれないな。でも、お前はそんな体だけが目的のヤツに抱かれて幸せか?」
「先生の場合は違う!少なくとも、私は先生のことが好きだから!!」
「…でも、俺は今まで、お前のことを一度だってそんな風に思ったことはないし、これからも思うことはない」
とうとう突きつけられた自分を拒絶する古庄の本当の気持ちを知って、佳音は衝撃を隠せなかった。
古庄の言葉は、佳音の心の中にあったほのかな望みさえも、粉々に打ち崩した。
でも、もう、佳音も後には引けない。ここで自分の心のありったけを、古庄に吐露するしかできなかった。
「……それは…、分かってる!先生のこと、困らせてることだって分かってる!だけど、先生のことが好きで好きで…!…苦しいの。苦しいから、助けてほしい。一度でいい…抱いてくれたら、この苦しさから解放されると思うの……」
体中を圧迫する絶望に震えながら、涙をほとばしらせて、佳音は古庄に懇願する。
「そんなことしても、楽にはならない。逆に、後から、もっと辛くなるだけだ」
淡々とした古庄の受け答えを聞いても、佳音は感情を落ち着かせるどころか、その要求を押し通すために必死だった。
「辛くなってもいい…。先生と繋がりたいの…お願い、先生…」
佳音はおもむろに立ち上がると、ニットのパーカーのジッパーを下し、その下に着ているシャツのボタンもはずすと、それらを一緒に脱いで、上半身が下着姿になった。
古庄は目を剥いてギョッとする。
そして、醜悪なものでも見てしまったかのように、渋く顔を曇らせた。
「…やめなさい」
古庄がそう言ってみても、佳音の決意は固く、ジーパンに手をかけるとそれもするりと足元に落としてしまった。
「…俺は、お前の知っている男達とは違う。仮に、今ここでお前が全部脱いだとしても、俺はお前には絶対に触れないよ」
古庄の言葉に、下着も脱いでしまおうとしていた佳音の手が止まる。
目を逸らさずに佳音の行動を注視していた古庄の目を見て、佳音はショックのあまり思わず唇を噛んだ。
古庄の目には、失望こそ映っていたけれども、少しも欲望の火は灯っていなかった。
「…私が生徒だから?…それとも、私に魅力がないから…?」
魅力がないことはない…。
白い肌に映える大きな目、整った鼻に可憐な口元。体だって、女子高生とは思えないほどに成熟している。大概の男だったら、ここまで誘惑されてしまうと、きっとむしゃぶりついてしまうだろう。
しかし、古庄にはそんな手管は通用しない。これまで生きてきた中で、もっと際どい誘惑をされたことも経験済みだった。
「…お前が生徒だからとか、そういうこと以前に。俺は、愛しいと思えない女は抱かない」
古庄の言葉を聞いて、少し止まっていた佳音の涙が、再びポロポロとこぼれ始める。
先ほどとは違って、切ない心を映す涙だった。




