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二人の時間 Ⅳ

 


「…楽しむって…?」



 ドギマギしながら真琴が古庄の目を見つめ返すと、その目は真琴のすぐ近くまで迫って来ていた。



「楽しむって、こういうことだよ」



 と、囁かれると同時に真琴の視界は遮られ、古庄は真琴の唇を自分のそれで覆い、息も吐かせないキスをする。

 お互いの唇を離した時の、トロンと夢を見ているような真琴の目に、古庄はますます触発されて、真琴の耳から首筋へと唇を這わせる。



 その時を見計らったかのように、古庄の携帯電話の着信音が鳴った。



「………」


「……携帯が、鳴ってます…」



 古庄としては何とか無視したかったが、真琴にはそれが出来ない。古庄は歯ぎしりして、真琴の肌から唇を離した。



「…くそう!所構わず無遠慮に鳴る携帯電話って、…やっぱり嫌いだ!」



 忌々しそうに、自分のスーツのポケットを漁って、携帯電話を取り出している古庄を見ながら、



 ――やっぱり、携帯が嫌いだから、持ち歩かないのね……。



 と、真琴もため息をついた。



 携帯に登録されていない番号からの着信を不審に思いながら、古庄は通話ボタンを押した。



「はい、もしもし」



 古庄が明快な応答をしても、電話の向こう側からは何も聞こえてこない。いたずら電話かと思って、耳を離しかけた時、



「………先生……?」



 か細い女の子の声が聞こえた。

 その声はあまりにも小さ過ぎて、誰かも判別出来るものではなかったが、古庄は直感した。



「………森園か…?」



 古庄の口からその名前を聞いた途端、真琴の鳩尾が何かにキュッと掴まれる。



「…どうした?」



 真琴は自分に向けられた古庄の背中を見つめながら、古庄が佳音に優しく語りかけるのに、じっと耳をすませた。



「………うん。………うん。……それで?今は一人か?………何、言ってるんだ。バカことを言い出すんじゃない。……わかった……。今は家にいるんだな?……」



 低く落ち着いた声で、古庄は慎重に受け答えをする。そして、そこでとりあえず通話を終え、真琴へと向き直った。


 真琴も今までの甘い感覚は忘れて、努めて学校にいる時と同じ表情で、古庄の顔を見つめた。



「……森園が、死んでしまいたい…って、泣きながら電話をしてきた…」



 佳音の本当の気持ちは、もちろん彼女に訊いてみなければ判らない。しかし、おそらく『死にたい』というのは、古庄の気を引くための狂言だろうと真琴は思った。


 佳音の本心は、恋い慕う古庄に、ただ側にいて欲しいだけなのだ。


 それを古庄も解っているらしく、彼女の気持ちに応えられない故に、どう対処をするべきか迷っているようだ。



「森園さんのお母さんは、こんな夜遅いのに家にいないんですか?」



 真琴も冷静に対処するために、状況を確認する。



「……森園の母親は、『彼氏』と旅行に行ってるらしい……」



 それを聞いて、真琴は、あまりのやるせなさに目を閉じた。


 実の娘が心から血を流して苦しがってるのに、母親の目は全く違う方を向いている……。

 母親の方も、自分の辛さを誰かに慰めてもらいたいのかもしれないが、もう少し佳音を気にかけてくれていたら、佳音だってこんなに古庄に依存することもなかったのだと思う。



「……今すぐに、森園さんのところへ行ってあげた方がいいです。私の車を使ってください」



 心の中には、複雑な感情が渦巻いていたけれども、真琴はキッパリと極めて明快にそう助言した。





『死にたい』が狂言だとしても、佳音の精神が不安定な状態なのは紛れもない事実だ。今ここで、唯一の心の拠り所である古庄が駆けつけないと、彼女は衝動的に自分を傷つけかねない。



 古庄もそうせざるを得ないことは分っていたらしく、一つ頷くと、もう一度真琴と視線を合わせた。



「君も一緒に行くか?」



 こんな夜遅くに佳音の家で、彼女と二人きりになってしまうことに、古庄には抵抗と戸惑いがあった。


 …それに何よりも、真琴をここに一人で残して行くことが、心配だった…。



 しかし、真琴は首を横に振る。



「いいえ。今日も一緒に現れてしまうと、私たちが結婚していることを森園さんに感付かれてしまいます」



 真琴の的確な判断に、古庄も真琴を見つめて頷いた。


 真琴が立ち上がり、古庄の着替えを用意すると、古庄も手早くそれに着替えて出かける準備をする。



「…これも、持って行っててください」



 古庄が2月の寒い夜の中に出て行く前に、真琴が玄関口で携帯電話を渡す。

 古庄はそれをコートのポケットの中に入れ、真琴へと向き直った。



「森園の様子が落ち着いたらすぐに帰ってくるから、戸締りして、先に寝んでて…」



 こくんと無言で頷いた真琴に、古庄は微笑みかけ、玄関のドアを開ける。



「あの…!」



 その時、半ば無意識に、真琴が古庄の背中に声をかけた。古庄はドアから出て行く動きを止め、振り返る。真琴と目が合うと、真琴は唇を噛んでから、その言葉を絞り出した。



「…気を付けて……、行って来てください…」



 何気ない一言に込められている深い意味は、古庄の胸にズキンと響いた。引き留められているわけではないのに、真琴の傍を離れたくなくなってくる。



 けれども、助けを求めている今の佳音は、放っておけない。古庄は真琴の目を捉え、もう一度頷くと、思い切ってしんしんと冷えたドアの外へと飛び出していった。












 ・*:.。. .。.:*・゜゜・*・*:.。. .。.:*・゜゜・*・*:.


【お知らせ】


 ただいま、この作品と同時進行で、


「毎日、休日。」という短編の新作を、更新しています。


 この作品にも登場する石井先生を主人公にしている物語で、今のところエブリスタさんのみで公開しています。


 2月7日までに完結する予定ですので、どうぞこちらから、


http://estar.jp/_novel_view?w=24514953


読んでいただければと思います。


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