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二人の時間 Ⅲ

 


 言葉と一緒にゴクリと唾を飲み込み、古庄の素直な熱情に対して、どう応えたらいいのか分からなくなる。



「私がいないと、お腹がすいて死にそうになるんですよね。この手を解いてくれたら、すぐにご飯にしますけど?」



 真琴のムードのない受け答えに、甘い雰囲気が一瞬にして散っていき、古庄は言われるがままに真琴を解放した。



「…そういう意味じゃないよ。君は俺の全てなんだ…」



 古庄は真琴の背中に向かってつぶやいたが、食事の準備をする真琴の耳に、それは届かなかった。




 食事が終わり、片付けをし、いつも通りの週末が過ぎていく。

 仕事をして、帰って来てから夕食を作る真琴に代わって、片付けは古庄の方がよく動いてくれる。古庄は、よい主夫にもなれそうだった。



「和彦さんは、うちの父とは違って、台所に立つのも抵抗がないんですね?」



 台所で洗い物をしてくれている古庄に、居間で休ませられている真琴が声をかける。



「…俺の実家に行った時、俺が姉貴から馬車馬のようにこき使われてたの知ってるだろ?それに比べたら、大したことないよ」



 古庄とその姉の晶とのやり取りを思い出して、真琴が可笑しそうに笑った。



「俺にとっちゃ、笑い事じゃないけどな」



「…すみません」



 肩をすくませて謝る真琴に、古庄は優しい視線を向けて笑いかける。



「でも、姉貴のおかげで、俺は大概のことは出来るようになったぜ。君は、いい男と結婚したな!」



 自画自賛する古庄を面白く感じて、真琴は声を立てて、また笑った。



 そもそも、そこにいるだけで“いい男”ということは、誰もが認めるほどの古庄なのに、まるで自分をそんな風に自覚していないところが、すごくおかしい。



「あっ!笑うってことは、そう思ってないな?」



 拗ねたようにそう言ってはいるが、古庄はもっと優しい目で真琴に笑いかけた。


 そんな目をされると、真琴の胸はまたキュンと切なく絞られる――。



「…いいえ、あなたは私には、もったいないくらい素晴らしい旦那様です」



 …とてつもなくかっこ良くて、とても高潔で優しく献身的で、仕事もできて賢くて、スポーツも家事も何でもできて…



 本当に古庄は、その圧倒的な容姿にふさわしい人間性を持ち合わせていて、自分にはとんでもないくらい過ぎた相手だと、真琴はしみじみと思った。



 真琴が真面目に答えてくれたので、古庄の胸もキュンと痺れて、ふと食器を洗う手が止まる。



 改めて真琴の顔を見つめると、真琴ははにかんで古庄を見つめ返し、可憐な花のようないつもの笑顔を見せた。


 今すぐに駆け寄って抱きしめたくなるが、スポンジを握る泡だらけの手ではそうすることもできずに、今は我慢することにした。

 焦らなくても、夜はまだ長い。



「もう、お湯張りも終わったはずだから、先にお風呂に入っておいで。『素晴らしい旦那様』が、ここ、全部片づけとくから」



 そんな冗談めかした古庄の受け答えに、真琴の表情がいっそう緩んだ。



「はい。分かりました、旦那様」



 真琴が立ち上がり、そう言ってお風呂に向かうと、古庄も楽しそうに息を抜いた。



 こんな風に、二人でいる時はとても楽しく、そして時折胸が切なくときめいて、時間さえも、その他二人を煩わせるもの全てを忘れてしまう。


 部屋を暗くし、お互いを確認し合うようにキスを重ねる時間も、二人にとっては短すぎて…、二人だけの週末はあっという間に過ぎていく。



 土曜日の夜、ベッドへ入ろうかという時に、真琴がお腹を押さえて首をかしげた。



「どうした?痛いのか?」



 即座に、古庄が心配して真琴に声をかける。



「…いえ、そうじゃなくて。……?」



 真琴はもう一度首をかしげて、自分のお腹の様子を窺った。古庄も真琴の傍で、一緒になってお腹を覗き込む。



「……これは、胎動…?」



 自信なさそうに、真琴がそうつぶやくと、古庄の顔つきが歓喜の色を帯びた。



「ホントか…!?」


「…よく判らないんですけど、泡がはじけるような、お腹の内側からくすぐられてるような感じがするんです」


「……それが、胎動なのか?」



 と、古庄は真琴のパジャマをめくり上げて、見た目にも大きくなった真琴のお腹へと、直に手のひらを当てた。



「うん…。よく判らないな…」


「だから、よく判らないんです…。気のせいだったのかも……あっ、また!?」


「……!!?」


「やっぱり…、これ、胎動だと思います。まだ、ほんの微かですけど…」



 それを聞いて、古庄は満足そうに微笑み、愛おしそうに何度も真琴のお腹を撫でさする。



「順調に成長している証拠だな。おーい、父さんだぞ!!早く会いたいよ!早く出てこい!」



 そして、真琴のお腹に向かって、そう叫んだ。



「…まだ、出てきてもらっちゃ困ります!今産まれても、まだ未熟児です」



 真琴が焦ってそう言うと、古庄は目を丸くした後、可笑しそうに噴き出した。


 

「それもそうか。まだ産まれてきちゃいけないんだな。…それに、俺もまだ君と二人きりの時間を楽しみたい」



 と、意味深な目で古庄から見つめられて、真琴の胸がドキッと反応する。




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