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二人の時間 Ⅱ

 


 古庄自身、生徒に携帯電話の番号を教えるのは抵抗があったが、致し方なかった。佳音のことに関して、もう母親は当てにはならないと、古庄は諦めたからだ。


 修学旅行での顛末を佳音の母親に話しても、母親は嘆きもしなければ怒りもしない…。自分の娘に対して、まるで無関心だった。佳音の弟を亡くして、母親にとってはこの世でたった一人、血のつながった存在なのに、どうしてこんなに無関心でいられるのだろう。


 逆に、たった一人の頼るべき存在にこんな風に見放されている佳音が、とても憐れでならなかった。

 これで、自分まで佳音を放っておいたら、本当に佳音の心は壊れてしまう…。



 そう思った古庄は、佳音が抱える自分に対する恋愛感情はとても重いものだけれども、それを含めて誠意をもって対応していこうと覚悟を決めていた。




「ただいま…」



 週末ごとに訪れる真琴のアパートの部屋も、古庄にとって居心地のいい自分の居場所となりつつあった。


 殺風景な自分の部屋の照明を点ける時よりも、ホッとして〝帰ってきた〟という気持ちになる。



「おかえりなさい。遅かったですね」



 真琴が古庄を迎え入れながら、少し心配そうな顔をする。


 あの修学旅行で古庄が行方不明になった一件以来、真琴はほんの些細なことでも不安がった。それほどあの出来事は、真琴の心に大きなダメージを与えているらしい。


 携帯は持っていたから、遅くなることを前もって連絡しておけばよかったのだが…。



「学校を出てから、森園の家に寄って来たから…」



 古庄がそう説明するのを聞いて、真琴はいっそう複雑な表情を見せた。



「そうですか……」



 気を取り直すような声を出してはいるが、佳音の話題が出ると、いつも真琴はこんな顔をした。



 真琴は、佳音の気持ちを知っている――。

 古庄に恋愛感情を抱く生徒は佳音だけではないが、佳音のそれは、他の生徒とは違う次元のものだということも…。


 佳音の精神状態が健常ではないことも知っているので、平沢に対するように、相手にせずに無視するわけにもいかないことも解っている。

 教師として真琴にも、佳音が健全に成長することを願う気持ちもあり、古庄が担任として佳音を放っておけないことも十分に解っている…。


 だからこそ真琴は、佳音のことに関して、古庄に何も口出ししなかった。


 修学旅行で佳音がしでかした事の一部始終も、真琴は何も語ることなく、古庄は石井から全てを聞いた。

 真琴の中には佳音に対して様々な思いがあり、決して良質でない感情だからこそ、佳音の話題には触れたくないようだ。自分の中にある負の感情を、必死で打消し、古庄には隠そうとしていた。



 そして古庄の方も、そんな真琴の様子を敢えて指摘することはなく、ただ見守り、安心させることに努めた。



「やっぱり、俺のアパートに帰るより君の家に来た方が落ち着くな…。やっぱり夫婦は一緒にいるべきなんだな」



 古庄は敢えて明るい声でそう言って、話題を変えた。台所に立って、作っておいた夕食を温め直す真琴も息を抜く。



「もう少し…3月の終わりまで、あと一か月ちょっと、我慢してください」



 四六時中一緒にいたがる古庄に対して、いつも真琴はくすぐったそうに答える。



「そういう意味じゃないよ。君が傍にいるとホッとして、自分が本来の自分に戻れる気がするんだ」



 そう言いながら古庄も立ち上がり、真琴の傍まで来るとそっと背後から抱きしめた。



「出会ったばかりの頃は、君が隣にいるだけでドキドキして、自分が自分じゃないみたいに感じてたけど…」



 自分と同じ感覚をかつての古庄も感じていたんだと知って、真琴の胸がキュンと鳴いて、思わずご飯を装う手が止まる。



「…私の場合はドキドキというより、あなたが傍に来るとゾワゾワしてました」


「……ゾワゾワ……?」



 真琴の背後から、古庄が訝しそうに覗き込む。



「そう、ゾワゾワ。あなたは圧倒的で、私には強烈過ぎて。隣にいるのが、すごく居心地悪かったです」



 それを聞いて、ますます古庄の眉間に皺が寄った。



「その居心地悪い男と、君は結婚したのか?」



 拗ねたような表情で、古庄は真琴の言葉の真意を確かめようとする。すると、真琴はニコッと笑顔になった。



「そうです。側にいるだけの時は居心地悪いと思ってたけど、こうやって抱きしめられていると居心地いいんです」



 真琴のその笑顔と言葉に、古庄の胸がキュ――ンと痺れた。我を忘れて、真琴を抱きしめる腕に力がこもる。



「…俺は…、君が傍にいないと、もう生きていけない…」



 真琴の耳元で絞り出された声に、真琴の心臓は切なく脈打ち、肌が粟立った。



 ――私も、あなたがいないと生きていけません…



 そう思ったけれども、真琴はそれを言葉として表現できなかった。




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