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秘密 Ⅲ

 


黙り込んで二人を見つめる皆の脳裏には、これまでの様々な出来事が思い出される。


いくら妊婦とはいえ、古庄の真琴に対する心配の仕方は、常軌を逸していた。

会議の場でも、二人は感情を隠すことなく、まるで犬も食わないような口論をした。

真琴は、古庄が帰って来ていないことに最初に気が付いて、一番心配し、憔悴するほど悲嘆にくれていた。



皆の中に存在していた、それらに対する違和感は、真琴と古庄が〝夫婦〟だったならば全て説明がつく。


二人は〝仲のいい同僚〟などではなく、心から愛し合っている夫婦だったのだと、普段の二人の様子を思い出し、全てのつじつまを合わせながら納得した。



けれども当の古庄は、そんな周りの思惑など知る由もなく、真琴を抱きしめてしまいたい衝動を、渾身の力を集めてぐっと我慢した。


これ以上真琴と接触すると、真琴の〝結婚相手〟が自分だということが露見してしまうと思ったからだ。



真琴の両腕を、元気づけるようにギュッと力を込めて握ってから、傍にいて静かに微笑んで見守ってくれている石井と、安心と驚きが入り混じった表情の平沢に目配せする。


そして、座るように促された椅子へと戻って、重いスキーブーツを脱いでスリッパに履き替えると、事の顛末を説明し始めた。



山の天気は変わりやすい…。

そんな言葉があるように、急に降り出した雪は逆に、古庄が気づくとピタリと止んでいた。


雲がめまぐるしく動き、星空が見えてくる。すると、古庄の頭上にはぽっかりと丸く明るい月が顔をだし、辺りを明るく照らし始めた。


半ば、雪に埋もれてしまいそうになっていた体を、雪の中から立ち上がらせると、古庄は辺りを見回した。先ほどとは一変し、輝く月と一面の銀世界に反射する光とで、辺りはまるで昼間のようだった。



――月の出ている今がチャンスだ…!



そう思った古庄は、雪の中からスキーを掘り起し、柔らかい雪の上に放り投げて、それを即座に装着した。

ぐずぐずしていると、また月が姿を隠して、何も見えなくなってしまう。


雪と闇に邪魔されなくなったら、自分の来た方向が手に取るように分かった。

10分足らずで、古庄は中級者コースへと戻ることができ、そしてそのまま月明かりを頼りにコースを滑り降りて、帰って来られたというわけだ。



――神様はいてくれた…!



真琴はそう思わずにはいられなかった。古庄を守ってくれた全てのものに、感謝してもしきれないほどだった。



 この数時間、自分を苛んでいた激しい緊張から解放されて、真琴は力が抜けるように座り込んだ。



「賀川さん、もう部屋に戻って休んだ方がいいと思うわ」



 石井が心配して声をかける。

 しかし、誰よりも心配そうな表情をしていたのは古庄で、石井に同意するように、真琴へ視線を投げかけた。


 校長もそれを聞いて、



「そうだな。そうした方がいい。…それに古庄くんも、少し落ち着いたようだから、もう大丈夫だろう。風呂にでも入って、温まりなさい。あとの者は、ここに残って」



 と、指示する。


 校長からも、そう言ってもらえたので、真琴はうなずいてその場を後にした。古庄もゆっくりと立ち上がって、真琴の後に続く。



 前後して部屋に戻る二人の背中を見送り、見えなくなると、校長は残された教員たちの方へ向き直り、もっと近くに寄るように手招きした。


 衝撃的な秘密を感じ取ってしまった皆の顔は、驚きと神妙さが入り混じっている。


 その顔を見て、もう真実を隠しておけず、憶測で下手な噂がたってもいけないと思った校長は、思い切ってそれを告げる決断をした。



「さっきの二人を見て、皆も勘付いてしまったと思うが…、あの二人は結婚している……」

 その場にいた教員たちそれぞれ、周りと確認し合ってはいないが、自分の中に一つの事実を導き出していた。その事実が正しかったことを、校長の言葉を聞いて確信する。



「…ということは、賀川先生のお腹の子の父親は、古庄先生なんですね」


「どうりで…。そう言うことか…」



 同じ担任団は、引っかかっていたものが腑に落ちたように、ホッとしたような表情を見せる。



「…前から、古庄くんは賀川先生に気があるな…とは思っていたんだけど、賀川先生が結婚したって聞いて、てっきり古庄くんは失恋したのかと…。でも、そうじゃなくて、古庄くんが相手だったのかぁ…」



 戸部はふくよかな頬を紅潮させて、少し興奮気味にそう言った。


 いつも助け合いながら真摯に仕事に臨む二人に、同僚たちは好意を持ち、その二人の結婚を心から祝福する雰囲気が辺りに満ちた。





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