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秘密 Ⅱ

 


 愛しい人に抱かれて、愛される喜びは、言葉にできないほどに素晴らしいけれど、その代償がこんなにも辛すぎるなんて…。



 だけど、古庄に愛されて、そして彼を心から愛することで、真琴はかけがえのない大切なものをたくさん与えてもらった。


 何よりも、真琴のお腹にいる小さな命は、何ものにも代えがたい宝物だ――。



『…君のことは俺が守るよ。何があっても…どんな時でも…』



 耳に残る古庄の言葉…。

 古庄はそう言ってくれたのに、真琴は今窮地に立たされている彼を、守ってあげることができない。



 ――…和彦さん…!助けてあげられなくて、ごめんなさい…!



 心の中でそう叫ぶと、真琴の目にはまた涙が溢れてきた。



 ――でも、必ず無事に帰ってきて…!そして、約束したように、私とこの子の側にいてください…!



 真琴にはもう、祈ることしかできなかった。見えないものの力を信じて、何度も何度も祈り続けた。



 それから、不安という暗くて重い空気をはらんだまま、1時間ほどが過ぎた。ホテルのロビーから離れられない教員たちの脳裏にも、最悪の状況がちらつき始める。


 ロビーの隅では、事情を聴きに来た警察に、校長と学年主任が対応している。



 真琴は石井と平沢と共に、部屋へ帰ることもできず、同じロビーの反対側の隅で、古庄が帰ってくるのをひたすら待っていた。



 真琴の涙も枯れ果てたように止まったかと思うと、押し寄せてくる最悪の状況に脅かされて、再びこぼれ落ちたりを繰り返した。テーブルを挟んで向かいに座る平沢も、涙が滲んでくるのを止められないようだ。


 各部屋の見回りをしてきた戸部ともう一人が、状況を確認して、何も変化がないことを聞いて肩を落としていた。



 その戸部が不意にホテルの正面玄関へと目をやった時………、


 その向こうからスノーウェアを着た長身の男が、自動ドアを開けて入ってきた。



「――ああ!古庄先生っ!!」



 戸部の一言を聞いて、教員たちの視線がそちらへ向いた。

 その次の瞬間には、皆は椅子から立ち上がって古庄へと駆け寄る。



「良かった…!とにかく良かった!」


「体は大丈夫か?怪我とかは…?」


「心配したぞ。いったい何があったんだ?」



 口々に男性教員たちから声をかけられて、古庄は申し訳なさそうに肩をすくめた。



「ご心配をおかけしました。暗くなってしまったのと、雪が降ってきたので立ち往生してしまって…。本当に申し訳ありませんでした」



 帰ってきたばかりで、体力も随分消耗しているに違いないのに、古庄は礼儀正しく一同に向かって深々と頭を下げた。


 その様子を少し離れたところから見守って、石井が真琴に微笑みかける。



「…ね?古庄くん、ちゃんと帰って来てくれたでしょ?」



 その言葉を聞いて、真琴も今目の前で見ている光景が幻ではないと、やっと確信できた。


 他の教員と同じように、古庄の側に駆け寄って行きたかったけれども、真琴の安堵はあまりにも深くて体さえ動かせなかった。



「…あの、森園は見つかりましたか?」



 結局佳音を見つけられずに戻ってきてしまった古庄は、謝罪の次に先ずそのことを尋ねた。



「ああ、森園はとっくに見つかってる。後で事情は話すから。今はとりあえず、お前の方だ。そこに座って、体を温めろ。何か温かい飲み物でも、持って来てやって」



 校長がそう言って、ロビーの中央に置かれているストーブの側の椅子を指し示す。



「雪も降って暗い中なのに、よく戻って来れたなぁ?!どうやって山を下りたんだ?」



 そう質問しながら、学年主任はとりあえず古庄をその椅子へと古庄を迎えようとした。



「…それは…、雪が止んだんです。今は月が出てますよ…」



 と、古庄はその質問に答えることよりも気持ちが他へと向いているようで、促された椅子に座ることなくロビー全体に目を走らせている。


 その不自然な行動を、周りの教員たちも不審そうに見守っていると、古庄はロビーの隅へと目を止めた。


 その視線の先、立ちすくむ真琴のもとへとまっすぐに歩み寄り、真琴の泣き腫らした顔を見下ろして、真っ赤になっている目をじっと見つめた。



「……心配をかけた。……すまなかった」



 本当に帰ってきて、本当に目の前にいる古庄から発せられた声を聞いて、真琴は胸がいっぱいになった。

 何も古庄へ言葉を返せず、再び堰を切ったように涙が溢れ出てくる。



 真琴がうつむいて両手で顔を覆うと、古庄はさらに一歩歩み寄って真琴を愛おしそうに見つめ、その両肩に優しく手を置いた。



 ――………あっ………!!



 その瞬間、この光景を見守っていたその場にいた全員が、琴線が弾かれたように一つの事実に気が付いた。


 誰も口に出して指摘できないほど、その事実はあまりにも衝撃的で、息を呑んで平静を保つのが精一杯だった。




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