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秘密 Ⅰ

 


 真琴と石井と平沢、そして佳音を含めた4人は、大勢の生徒たちと入れ替わりに夕食を食べる大広間へと向かった。


 冷めてしまった食事は、当然美味しくはなかったが、それ以前に真琴は何も喉を通らなかった。逆に、自分の中にある不安の塊を吐き出して、皆の前なのに泣き出してしまいそうだった。



 夕食が終わっても、古庄は戻って来ていなかった。

 その現実を確認すると、校長をはじめ、職員の間にも焦りの色が広がり始める。



「古庄は、どの辺りで森園さんを探してたんだ?」



 校長が対処に当たるため、詳しい事実を確認する。



「初級者コースで一度出会いましたが、彼はコースを逸れて木立の中なども探しているようでした」



 と答えたのは、共に捜索にあたっていた戸部だった。



「……森園さんは…」



 古庄の思考を代弁するように口を開いたのは、真琴だ。


 いくら堪えても滲みだしてくる涙で、目の周りを真っ赤にさせ、憔悴しきっている真琴の様子を、一同は見過ごすことはできなかった。

 いくら同僚が行方不明で心配だとはいえ、この様子は尋常ではない……。



「森園さんは家庭にも問題を抱えていて、年明けからもずっと欠席が続いて、とても不安定な様子でした。古庄先生はきっと彼女が『自殺』してしまうのではないかと、危惧していたと思います」



 その話を聞いて、皆は一様に押し黙った。クラスに不登校の生徒を抱える大変さは、どの教員も身に沁みて解っている。


 けれども当の佳音は、どこの誰とも分からない男とドライブに行っていた…。

 これだけの教員が佳音一人に振り回されて、古庄は佳音がいるはずのない山を探し回り、この雪と夜のせいで戻れないでいる…。


 誰もが険しい顔をして、佳音への憤りを隠せなかった。



 時計を見たら、もう8時を過ぎている。古庄が佳音を探しに行ってから、4時間が経とうとしていた。



「お願いです。山岳警備隊でも何でもいいですから、古庄先生の捜索を頼んでください。何も装備もないのにこんな吹雪の中にいたら、本当に死んでしまいます」



 真琴は校長に歩み寄って嘆願した。

 涙で潤む真琴の瞳に射抜かれて、校長は言葉をなくす。このように真琴が古庄を心配し、ひどく憔悴している理由を、校長だけは知っている。


 真琴の言葉に出せない思いをくみ取るように見つめ返すと、一つしっかりと頷いた。



「…分かった。それじゃ、警察に捜索願を出そう。他にも、いろんなところに頼んで、古庄を探してもらう」



 そう言いながら励ますように真琴の肩に手を置くと、ホテルのフロントへと足を向けた。


 これで古庄が見つかる確証はないが、これが今できる真琴の最善だった。



 けれども、しばらくして校長は、暗く悲痛な面持ちをして戻ってきた。



「警察は話にならん。夜間の山の捜索はできないらしい。雪も降って、2次被害の恐れもあるとかなんとか…」



 その話を聞き、真琴は校長よりも、悲しみで顔を歪ませた。



「…でも、これからここに、事情聴取には来てくれるらしい。捜索は、明日夜が明けてからになるそうだ」



 慰めるようにそう付け足しながら、校長は再び真琴の肩に手を置いた。


 でも、事情を説明するだけでは、古庄を助けられない。こうしている間にも、刻一刻と風雪は彼の体温を奪い続けるだろう。



 眉間に皺をよせ、歯を食いしばったけれど、あまりにも絶望が大きすぎて、真琴は自分の中から湧き出してくる涙をもう抑えられなかった。


 涙が堰を切って溢れ出してくる前に、真琴は皆の側を離れた。ロビーの奥の廊下まで来て、ハンカチで目を押さえ、堪えきれず嗚咽をもらした。



「…賀川さん?大丈夫?」



 肩を震わせて泣き続けていた真琴に、声がかけられる。声の主は、夕食後、平沢と共に入浴監督に行っていた石井だった。


 真琴は顔を上げただけで、返事をすることも首を振ることもできない。



「……古庄先生、まだ戻って来ていないんですね?」



 石井の背後にいた平沢が、真琴に尋ねる。真琴はその問いにも答えられなかったけれども、悲嘆の表情は無言の肯定だった。平沢の目にも、ジワリと涙が浮かぶ。



「大丈夫よ。古庄くんは賢い人だから、きっと自分の身を守る術も知ってるはずよ」



 そんな二人に対して、あくまでもポジティブ思考の石井は、そう言って古庄を想う二人を励ました。


 真琴だって、自分がここで泣いたり取り乱したりしても、何の役にも立たないことは分かっている。

 でも、これほど大きな不安は真琴も経験したこともなく、その不安がこれほどの苦痛を伴うものだとは、これまで知らなかった。



 一人の人を愛していればこそ、感じなければならない痛みなのかもしれない。古庄に出会う前のように、誰も愛することもなくただ一人で生きていれば、こんな思いもしなくて済んだかもしれない。




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