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俺のものだ! Ⅲ

 

 古庄は抱きしめる腕に力を込めて、真琴の髪に顔をうずめた。



 ――…この人は、俺の嫁さんだ……!



 心の中でそう叫びながら、真琴のうなじや耳に唇を擦り付ける。



「…あの、和彦さん…?」



 真琴の顎を掴んで振り向かせて、戸惑いの言葉を発するその唇を、自分の唇で塞いだ。そして、真琴の体を翻させて抱きしめ直すと、もう自分が抑えられなくなり、押し倒す場所を求めて、真琴の体を半分持ち上げるように移動を始める。



「…ちょ、ちょっと、待ってください」



 キスの合間に、真琴がそう絞り出す。



「いや、待てない」


「あの、そうじゃなくて。…ほ、包丁。包丁置かないと、危ないでしょう?」



 確かに今のまま真琴に抱きしめ返されると、背中をぶすりと刺されてしまう。古庄は真琴を抱きしめたまま2,3歩戻り、強引な腕の力を少し緩めた。

 真琴がまな板の上に包丁をそっと置いたのを確かめると、すぐさま真琴を居間に連れて行き、そこに敷いてあるカーペットの上に押し倒した。


 仰向けになって古庄を見上げる真琴の顔を、古庄も髪を撫でながら切なく見つめ、



「……君は、俺のものだ」



 そうつぶやくと、古庄は溢れ出る激しい想いのまま、真琴を愛し始めた。



 真琴も5日ぶりに触れる愛しい人の感覚の前に我を忘れ、狂おしいキスに応えた。古庄の頭を胸元に抱え、背筋の波を指でたどり、古庄の愛撫を自分から受け入れた。



「…っあ!…痛っ!」



 あまりの刺激の鋭さに、反射的に真琴が声を上げる。

 没頭していた行為の不意を突かれ、古庄も頭をもたげた。



「…すまない。痛かった?」



 息を荒げたまま、古庄が真琴の顔を見下ろすと、真琴はかすかに首を横に振る。



「大丈夫です…」



 と答えながら、古庄の思いつめたような表情を見て取った。真琴は右手を上げて古庄の頬を撫で、その表情の意味を考える。

 こんな早急な愛撫も、いつもとは違う。



「……何かあったんですか?」



 そんな風に問われても、古庄は心の中にある不安を口にはできない。



 ――…何かあったのは、君の方だろう…?



 そう思いながらも、真琴の方から打ち明けてくれないのに高原のことは持ち出せず、ただ緩く首を横に振って答えた。


 そして、優しく唇を重ね、唇は頬を滑り、真琴の耳元で古庄は再び囁いた。



「君は…、俺のものだ…」



 それから一つになり、想いを込めた行為が終わるまで、古庄は何度もこの言葉を、うわ言のように繰り返した。



 久しぶりに触れ合った余韻を楽しみたい古庄だったが、真琴は作りかけの夕食が気になっていたのだろう。すぐに古庄の抱擁から抜け出すと、手早く普段着を身に着け、台所へと向かった。


 …でも、そんなところも真琴らしいところだ。何でも一生懸命で、手を抜くことを知らない。

 そう時間を置かずに古庄の目の前に出された夕食は、紛れもなく真琴が古庄のために心を込めて作ったものだ。



 豪快に食べる古庄の様子を、嬉しそうに見つめている真琴の眼差しに曇りはない。

 出逢ったころや真琴の想いが揺れていた時には、いつも直視してくれず、すぐに目を逸らされていた。今、こんな風に真っ直ぐ見つめてくれているのは、真琴の想いに揺らぎがない証拠なのだろう。



 そう考えると、高原のことは真琴の中で、取るに足らないことなのかもしれない。


 当の古庄自身も、真琴と“結婚”してから、2度ほど生徒から告白をされていた。けれども、そんなことで真琴の気を煩わせたくなかったから、結局言っていない。


 古庄と高原は学年部も同じ職員同士だから、職場の雰囲気がギクシャクするのを、真琴は懸念しているのかもしれない。

 いずれにしても、思慮深い真琴のことだから、高原のことを打ち明けないのは、それなりの考えがあってのことなのだろう。



 古庄は真琴を信じ、気を取り直して、二人でいられる貴重な時間を楽しむことにした。

 一緒に食事の後片付けをし、一緒にくつろぎ、一緒にお風呂に入ろうとしたのだが……、それは真琴に「狭いから無理です」と拒否され、先に入らされた。



 そして、古庄に続いて入浴した真琴が居間に姿を見せると、それを待ち構えていた古庄から、再び襲われそうになった。



「…えっ!?また、するんですか…?」


「うん。…嫌かい?」


「……嫌じゃ、ありませんけど…。和彦さん、疲れてないんですか?」



 実際、真琴は通常通り1日の仕事を終え、普段ならばそれだけで疲れ果てているのに、今日はそれから買い物に行き食事を作り、…深く結ばれ…、もうクタクタで今すぐにでも眠りに就けそうだった。



「疲れてないよ。君の作ったヒレカツで元気になったし」



 古庄はそう言いながら、整った容貌により作られる完璧な微笑みを、真琴に向けてくれる。この笑顔を見せられたら、どんな女性だって喜んで自分を捧げるだろう。ましてや、自分を愛おしんでくれるこんな眼差しで見つめられたら…、真琴だって体の芯から融けてしまいそうだった。



「……分かりました」



 真琴がかすかに頷くと、古庄は微笑みに安堵を加えた。

 懐に真琴を抱き込み、その頬を手のひらで包んで上を向かせ、再び見つめ合う。高まる感情とは裏腹に優しく唇を重ねながら、古庄は腕を伸ばして照明の紐を引き、部屋を暗くした。




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