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帰ってきて…! Ⅴ

 




 石井のおかげで少し落ち着くことのできた真琴は、どうしても拭いきれない大きな不安を抱えたまま、自分たちの部屋へと向かった。石井はそんな真琴を詮索することなく、ずっと傍についていてくれた。



 部屋に戻り、襖を開けると、佳音と平沢が座卓に着いて座っていた。

 案外、平沢は気が利く女性らしい。座卓の前に小さくなっている佳音は、すでに着替えが終わっており、その前には温かいお茶も供されている。



「わっ!どうしたんですか?二人とも!!」



 平沢が真琴と石井の姿を見て、目を丸くする。

 風雪にさらされた二人は、誰が見ても分かるほど、その髪と服を濡らしていた。



「うん、ちょっと雪の様子を見に外へ出てみたの」


「ああ…、雪、気になりますね。激しくなってます?」


「そうね。風も強くなってるし」


「スキー研修は終わりましたけど、明日移動できるでしょうか?」



 タオルで髪を拭きながら、石井と平沢のそんな会話を聞いて、真琴にはまた涙が込み上げてくる。

 明日の朝までに、古庄が戻ってきていなかったら…と考えて…。



「お茶を淹れました。こちらへどうぞ」



 平沢からそう声をかけられて、真琴は石井と共に座卓へと着き、佳音とも向かい合った。


 佳音はうつむいて、教員たちの会話をただ黙って聞いている。

 けれども、佳音にはきちんと話してもらわなければならなかった。どうしてこんなことになってしまったのかを。



「森園さん…。少しは落ち着いた?」



 石井の静かで優しい声が、そう佳音へと投げかけられる。すると佳音はうつむいたまま、小さく一つ頷いた。



「……スキーをするのは、面白かった?つまらなかった?」



 いきなり核心を問いたださずに、石井は世間話のように佳音の話を引き出そうとする。


 しかし、佳音はしばらく沈黙する。

 それを、彼女と対峙する教員三人は粘り強く見守った。



「…全然、面白くない…。修学旅行になんか、来なければ良かった…」



 ようやく佳音が口を開くと、それから話が回り始める。



「森園さんは、参加届けの提出が遅れていたみたいだけど、初めは修学旅行へ来る気がなかったの?」


「…ホントは来たくなんかなかった…。でも、古庄先生が……」


「…古庄先生が…?」


「古庄先生が、『一緒に思い出を作ろう』って言ってくれたから……」


「それで、森園さんは古庄先生と思い出を作りたいと思ったのよね?」



 いっそう優しく語りかけられる石井の声に、佳音は微かに頷く。



「だけど……、古庄先生。全然かまってくれないし……他の女子たちとは楽しそうに話もしてるのに……」



 これが、こんなことをしでかした佳音の動機だった。


「古庄先生」という言葉を聞いて、平沢の表情が険しさを帯びる。でも、平沢も場の空気を読んで、横から口出しはしなかった。

 真琴も予想していた通りの佳音の言葉だったが、依然黙って成り行きを見守った。



「思い出を作ることには成功したかもしれないね。森園さんがいなくなったって聞いて、古庄先生は血相変えて真っ先に探しに行ったから」



 声色は優しかったけれども、石井の言葉は厳しいものだった。

 その事実を聞いて、佳音はいっそう神妙になって顔をこわばらせた。



「雪山でいなくなるってことは、少し間違うと死んでしまうってことなのよ。古庄先生だけじゃない。他の先生たちも校長先生だってものすごく心配したの。こんな雪も降る中、いったいどこで何をしていたの?」


「…私は、雪の降る外にはいなかったから…、そんなに心配されてるとは知らなくて……」


「外にいなかったって、…どこにいたの?」


「…初めはロッジにいたんです。…それから…」


「うん、それから?」


「それから、ドライブに行きました…」



「…ドライブ…って!!?誰と行ったの!?」


「ロッジで声をかけてきた男の人と……」



「………!!」



 佳音の口から飛び出してきた信じられないような真実に、石井は絶句する。さすがの平沢も、呆れて天を仰いだ。



「何をしているの!!修学旅行中にしていいことと悪いことくらい、もう高校生なんだから解ってるでしょう?!そんなことすると、どんな騒ぎになるかってことくらい、想像つくでしょう?!」



 古庄がこの出来事に絡んでいることもあって、平沢は容赦なく自分の怒りを佳音にぶつけた。


 そんな風に声を荒げられても、佳音は返す言葉もなく、ただ小さくなるしかない。



「そんな…、声をかけてくるような人に付いて行って、車に乗るなんて…!体を触られたり…そんなことされなかった?」



 石井は心配と憤りが入り混じった感情に表情を曇らせて、佳音に尋ねた。



「…べ…、別に何もされませんでした」



 佳音はうつむいたまま小さな声で答え、首を横に振る。石井も不幸中の幸いとばかりに、息を抜いた。





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