帰ってきて…! Ⅳ
「もりぞの――――っ……」
もう何度、こうやって叫んだろう。
何度叫んでも佳音の返事はなく、古庄の声は降り続く雪とともに、空しく風に流されていくばかりだ。
おびただしい雪の粒は、古庄の周りを取り巻いて、前後左右も分からなくなる。真っ白な世界は徐々に闇を帯び、視界が狭くなったと気づいた時には、もうとっくに日が暮れてしまっていた。
かろうじて目が効く手元の、スノーウェアと手袋をめくって腕時計を確認すると、既に6時を過ぎている。一旦、探索は中断して戻らなければならないと思ったが、雪と夕闇で方向感覚を失い、どちらが帰り道か分からなくなってしまった。
「……まいったな……」
古庄は途方にくれて、絶え間なく雪が落ちてくる暗くなった空を見上げた。
佳音は寂しさのあまり、自分から命を投げ出そうとしている…。
そう思い込んだ古庄は、佳音を探し出すことに躍起になっていた。あれからリフトで山に登ると、佳音がいたであろう初級者コースを降りながら、時にはコースを離れ山に分け入り、丹念に佳音を探して回った。
2度ほど初級者コース沿いを探しても見つからなかったので、中級者コースに行ったかもしれない…と思い、そちらの方へと上がって来ていた。
思えば、その頃すでに暗くなりつつあり、荒天になりそうだったので、他のスキー客の姿はほとんどいなかった。
――コースからはそんなに外れてないはずだ…。下手に動き回ったら、もっと迷ってしまうぞ。
古庄の思考は、佳音を探し出すことよりも自分の身を守ることにシフトした。今は何よりも、この雪と風から体温を奪われるのを防がないといけない。
どこかに身を隠す場所はないかと、目を凝らして辺りを見回す。すると、ぼんやりと大きな木の幹のようなものが見えたので、古庄は雪の中に埋もれつつあったスキー板を掘り出して、そっちの方へと向かった。
古庄はその木の後ろに回り込み、スキー板を外すとそれで雪を掘り始めた。
――雪洞ビバークするには、もうちょっと硬い雪じゃないとダメなんだが…
と思ってみたが、今はそんな硬い雪の場所を探す余裕もないし、硬い雪を見つけられてもそれを掘る道具もない。
それでも、木の幹を背に、側面を降り積もった雪で少しでも囲めたら、この風は防げる…。
そう思って古庄は懸命に雪を掘り、叩いて固めて、何とか自分一人がいられる場所を作った。
天井のある雪洞を掘ることは叶わなかったので、スキー板を渡して天井代わりとし、スキー帽の上からウェアのフードをすっぽりと被って、自分で作った自分の居場所に、小さくなってうずくまる。
激しく動いて温まっていた体も、すぐに冷え切ってしまった。特に手足の先は、すでに感覚がなくなっている。
「……真琴……」
古庄は絞り出すように、その名を呼んだ。何もするべきことがなくなると、古庄の頭の中を占拠したのは、真琴のことだけだった。
無性に、真琴に会いたくてたまらない。
見つめ合って、抱きしめて、キスをして…。真琴のその温もりが恋しくて、たまらなくなってくる。
しかし、その当の真琴は、きっと今頃心配しているだろう……。
真琴とお腹の赤ちゃんは『俺が守る』と断言していたのに、こともあろうにこのザマだ。守るどころか、とてつもなく余計な心労をかけてしまっている。
古庄はその情けなさに唇を噛んだが、今は何としてもこの窮地を脱しないと、もう二度と真琴を抱きしめることもできないし、守ることだってできなくなる。
「…絶対に、生きて帰るから…。真琴、心配するな……って、…無理だな」
古庄はそうつぶやいて、薄く笑う。
真琴は不安に押しつぶされそうになって、泣いているかもしれない…。
真琴の涙を思い浮かべると、一刻も早く真琴を安心させてあげたかった。古庄は居ても立ってもいられなくなり、動き出したくなってくる。
でも今は動いてはいけない――。
一刻も早く…よりも、無事に帰還することの方が大事だ。古庄は必死に衝動を抑え込んで、雪の降り続く暗闇を見つめ続けた。




