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帰ってきて…! Ⅲ

 


「…さて、スキー教室のインストラクターにも連絡を入れて、校長にも報告を……」



 と、学年主任が携帯電話を取り出したところで、真琴の悲痛な声が一同の安堵を切り裂いた。



「……待ってください!!古庄先生が、まだ戻って来てません!!」



 一同はその事実に気が付いて、顔を見合わせた。

 もしかして、佳音を探しに行った古庄の方が遭難してしまったのではないかという懸念が、教員たちの間に広がる。



「古庄先生はリフトに乗って上がって行ったから、コース沿いを探してるのかな?」


「彼は、携帯を持って出てないから、森園が見つかったことも知らせようがないし…」


 


「だけど、彼は子どもじゃない。状況を見て、危ないと思ったら捜索をやめて帰ってくるよ」



 同僚の担任たちは一様にそう楽観視しているらしく、その表情に緊迫感はない。



「とにかく…、もう夕食の時間だ。大広間で生徒たちも待ってるだろうから、行かないと。もし夕食が終わっても古庄くんが戻ってなければ、それから対処しよう」



 佳音が見つかったことで、すでに肩の荷が下りてしまったのだろう。学年主任がそう言うと、皆はそろって大広間へと足を向けた。



「…君たちは、森園を着替えさせて、先に話を聞いてくれ。今は他の生徒と一緒に行動させない方がいいだろうから、食事の時間を少しずらそう」



 真琴と石井を振り返って、学年主任がそう指示する。しかし、



「……分かりました」



 と頷いたのは、石井だけだった。



 立ちすくむ真琴は、今もまだ戻って来ていない古庄のことが心配で、それだけで頭がいっぱいになっていた。


 もうすでに夕闇も濃くなって、明るいロビーからは外の様子がよく確認できないけれども、先ほどよりも雪が一段と激しく降っているようだ。



「賀川さん。それじゃ、私たちは一旦部屋に戻って…」



 石井からそう言葉をかけられていたにもかかわらず、真琴は部屋とは反対方向へと足を向けた。ホテルの正面玄関へと駆け寄ると、自動ドアから外へと飛び出した。



 一歩ホテルの外に出た瞬間、真琴の顔に冷たい雪の粒が叩き付けてきた。絶え間なく降り続く恐ろしいほどの雪が、夕闇と共に真琴を取り巻いて、前も後ろも分からなくなる。無数の雪を縦横無尽に舞い上がらせている強風は、容赦なく真琴を打ち付け、その体温を奪った。



 ――……和彦さん……!!



 こんな中に古庄が身を置いていると思っただけで、真琴の心は苦しく締め上げられた。


 古庄が帰って来ていないかと、暗がりと雪とが合い混ざる空間に目を凝らしてみるが、その視界は自分の涙で見通しが利かなくなる。



「賀川さん!!何してるの?!」



 真琴を追いかけてホテルから出てきた石井が、声をかける。



「…古庄先生が、まだ外に!!」



 真琴は石井の方には振り向かず、暗く雪の吹きすさぶ中に足を踏み出そうとする。



「古庄くんのことが心配なのは解るけど、コートも着ずにこんな所に出たら風邪ひくわ!早く中に入って!!」



 石井は片手を顔の前にかざして雪を防ぎながら、さらに真琴を追いかけてその腕を掴んだ。


 しかし、真琴はその石井の腕を振り払って、言うことを聞こうとしない。



「…早く!早く探さないと!!一晩中こんなところにいたら、和彦さん…死んでしまう!!」



 自分の中にある不安を言葉にして口にすると、真琴はもう我慢が出来ずに感情を爆発させた。

 涙が一気に流れ始めて、濡れた頬はあっという間に冷たい風によって冷やされる。



 こんな取り乱し方は、冷静で思慮深い普段の真琴からは想像もつかない。泣きじゃくる真琴を見て、石井は息を呑んで一瞬固まった。


 そして、すぐに我に返り、先ほどよりも強い力で再び真琴の腕を掴み直す。



「それで今あなたが出て行ったら、あなたの身まで危なくなるわ。…お腹に赤ちゃんがいるんでしょう?……古庄くんはあなたに助けに来てもらいたいなんて思ってない。あなたと赤ちゃんには、安全なところで待っていてほしいって思ってるはずよ」



 石井の説得を聞いて、真琴も抵抗するのをやめた。



「大丈夫。古庄くんは、きっとあなたのもとに帰ってくる」



 石井はそう断言した。涙を湛えた震える瞳で、真琴も石井を見つめ返す。


 石井がそう言い切れた言葉の裏には、ある確証があったからだ。



 ――……だって、古庄くんはお腹の赤ちゃんの父親なんでしょう?



 古庄は、最愛の人とそのお腹の子どものために、何が何でも無事に帰ってこようとしているはずだ――。


 だが、その確証を石井は言葉にはしなかった。

 ただ守るように真琴の肩を包み込んで、ホテルの方へと足を向けさせる。


 真琴もかすかに頷くと、肩を抱かれたまま雪の中をゆっくりと歩んで、ホテルのロビーへと戻った。




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