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帰ってきて…! Ⅰ

 


 ホテルの窓から望める雪山が、先ほどまで青い空に映えて綺麗に見えていたのに、徐々に白い雲に覆われて見えなくなった。

 幸いにも研修期間は良かった天気だが、この様子では今晩は雪になりそうだった。


 このまま無事に大きな怪我もなくスキー研修が終わってくれそうだと、真琴も他の教員たちも思っていたのだが、事件はその日の午後、スキー研修の最後の一枠で起こった。



 研修後の人数確認をする際、佳音の姿が見えないことに、インストラクターが気が付いた。

 血相を変えて若い男のインストラクターが報告に来ると、担任である古庄をはじめ、教員一同の表情も凍りついた。



「どういうことですか?説明してください!」



 インストラクターを責めるつもりはないが、古庄の語気がおのずと強まる。

 まだ経験の浅いアルバイトのインストラクターは、古庄の様子にすっかり威圧されながら、息を呑んでうなずいた。



「…いや、あの。最後の一枠は、みんなも随分滑れるようになっていたので、集合する時間と場所を決めて、個人個人自由に滑る時間にあてたんです。初級者コースは普通に滑っていれば、コースを外れることなんてありえないし…。…それで、集合してみたら一人だけいないし、集合時間からもう30分は経とうとしてるし……」


 

 シドロモドロと状況を説明するインストラクターの話を聞きながら、古庄は唇を噛んだ。



 ――……俺のせいだ……!



 原因は自分にあると覚った瞬間、古庄は目を絞って頭を抱えた。


 渋る佳音を、無理にこの修学旅行に連れて来たのは、誰でもない古庄自身だ。「一緒に思い出を作ろう」と言っておきながら、敢えて古庄は佳音と関わろうとはしなかった。



 もしかして佳音は自暴自棄になって、自分からこの雪山の奥深く分け入って姿を消したのかもしれない……。


 そう思うと、古庄は居ても立ってもいられなくなった。冷たく動かなくなった佳音と対面することだけは、何としても避けたかった。



「…森園を探しに行ってきます!他の生徒たちのこと、お願いします!」



 古庄は今外したばかりのスキーを再び装着し、リフトの方へと向かった。残された教員の中でも、4、5人が古庄と同じように、佳音を探しにその場を離れる。


 本来ならば、スキー研修の閉講式のようなものが、これから行われるはずだったが、生徒たちはそのままホテルへと戻ることになった。



「……古庄くんのクラスの森園さんがいなくなったのよ。今、古庄くんや他の若い先生たちが探しに行ってる」



 ホテルのロビーで皆を待っていた真琴にそう耳打ちしたのは、石井だった。


 真琴は声もあげられず、ただ息を呑む。そして不安が、見る見るうちにその表情を覆った。


 この旅行中、古庄と佳音が一緒にいるところを目にすることもなく、真琴は却って心がざわめかずに済んでいた。


 しかし、その事実が、こんなかたちの結果を生むなんて。古庄に構ってもらえず、寂しさを抱えていた佳音は、古庄の気を引くために、最後の手段に出たのだ。

 佳音自身それを計算しているわけではないのかもしれないが、佳音の古庄を恋慕う心がそんな行動に駆り立ててしまったのだと、真琴は思った。



 不安と共に窓の外に目をやると、雪が降りはじめ、夕暮れも迫りつつある。

 真琴は両手で顔を覆い、ロビーのいすに座り込んだ。


 きっと古庄は佳音に対して責任を感じて、必死で探しまわっているに違いない…。

 今すぐにでも傍に飛んで行って、古庄の手助けがしたいと思うけれど、今の真琴にはそれが出来なかった。

 それに、残された者には残された者として、しなければならない任務もある。



 ――…大丈夫。森園さんはきっと無事に見つかる…。和彦さん…、早く帰ってきて……!



 不安に押しつぶされそうになりながら、真琴は両手をきつく握って唇に当てて、無理やりに自分を奮い立たせた。



 佳音がいなくなっても、ホテルにはその他の生徒300人以上を抱えており、引率教員全員で探し回るわけにはいかない。


 とりあえず生徒たちを各自の部屋に入れてから、この修学旅行の団長である校長のもと職員招集がかかり、今後の対応策が練られた。


 いなくなった場所が普通の場所ではなく雪山なので、教員たちの危機感も半端ではない。

 捜索は、スキー研修のインストラクターたちも行ってくれているらしく、あと1時間探して見つからなければ、警察へ連絡して山岳警備隊へ救助要請も検討するということになった。


 佳音がいなくなったことは他の生徒たちも気づいているので、不安が広がらないように配慮することも申し合わされた。






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