俺のものだ! Ⅱ
そして、待ちに待った金曜日が来た。
朝から気分が浮き立っている古庄は、夕方になるのが待ち遠しく、過ぎていく時間の1分1秒さえも、もどかしく感じられた。
今日は、真琴を思いっきり抱き締められる。
キスを交わし、腕の中で甘い吐息をもらす真琴を思い出すだけで、古庄の肌が粟立った。
――あんな真琴を、知っていていい男は俺だけだ……!
この日も、時折真琴に向けられる高原の視線が、いっそう切なくなっていることを確認しながら、古庄は改めてそう思った。
高原自身は好青年だと古庄も認めるところで、彼の人格が疎ましく、恨みがあるわけではないが、真琴のことになると話は別だ。
真琴の同意などなく、彼は真琴を抱きしめるかもしれない。真琴の意志に反して、彼の想いが高じてキスをするかもしれない…。
それは誰でもない自分が、かつて真琴にそうしてしまったように…。
だから、高原がそんなことをしでかさないためにも、目を光らせなければならないし、これ以上高原の想いが募らないようにするためにも、真琴に指輪という“印”を着けてもらう必要があった。
非の付けどころのないほど完璧なイケメンといわれる古庄でも、心底惚れている真琴のことに関しては、悲しいくらいただの男にすぎなかった。
夕方になり、真琴が帰宅する準備を始める。
いつもよりも少し早く仕事を切り上げているのは、二人のための夕食の準備をするためだと理解して、古庄はむず痒いような気持ちで真琴の行動を見守った。
「それじゃ、お先に失礼します」
いつもと同じ真琴の言葉だけれど、その言葉の奥にある余韻を感じながら、古庄も含みを持たせて言葉を返す。
「お疲れ様」
真琴は古庄へと視線を向けて、恥ずかしそうにニコリと笑った。
その笑顔がたまらなく可愛くて、古庄は思わず顔がだらしなく緩んでしまう。こんな時は、窮屈な秘密も「悪くないな」と思ってしまうのだった。
本当ならば、古庄も間髪入れずに下校して、少しでも長く真琴といる時間を持ちたいところなのだが、この日は生徒会の執行部会があり、古庄はそれに付き合わねばならなかった。
まんじりとした時間を耐えて帰途に就けたのは、いつもと変わらない夜の7時ごろ。それから即行で、真琴のアパートへと自転車を走らせた。
息を上げながらチャイムを鳴らすと、軽快な足音が聞こえてドアが開いた。
「おかえりなさい」
微笑みをたたえながら、真琴から発せられるその言葉が「いらっしゃい」ではないことに、今更ながらにキュンとときめいてしまう。
「ただいま…」
と古庄がつぶやいた今この瞬間から、二人きりの週末が始まる。期待に胸を高鳴らせながら、古庄は愛しい人の存在を改めて確かめた。
真琴は夕食を作っていた最中だったらしく、すぐに作業に戻った。仕事をしていた時の服装のまま、エプロンを着けて台所に立つ姿は、古庄の心を甘くくすぐる。
「帰りにスーパーに寄ったら、豚のヒレ肉が安かったんです。だから、今日はヒレカツにしました。古庄先生、っと……和彦さん。好きですか?」
キャベツの千切りをしながら、そんな風に真琴が声をかけてくる。
「うん、もちろん好きだよ」
「…ですよね。そう言うと思っていました」
手を休めずに、真琴がそう言いながら笑う。その横顔を、古庄はしみじみと見つめる。
その眼差しに気が付いて、真琴が振り向いた。
「どうしたんですか?すぐ出来ますから、あっちで待っててください」
居間の方を視線で指し示してから、古庄へと視線を合わせて、微笑みを投げかけてくれる。
「うん……」
「今日も遅くまでお疲れ様でした。生徒会の新しい執行部って、どんな感じ……ですか…?」
古庄は我慢が出来なくなって、持ち帰っていた荷物を放り出し、衝動的に背後から真琴を抱きすくめた。
真琴は目を丸くして言葉を途切れさせ、包丁を持ったまま固まってしまう。