「結婚」しました。 Ⅱ
自分たちの行いが、これだけ周りの人に迷惑をかけてしまうことを痛感して、本当に申し訳なかった。
「しょうがない。やはり今までの案どおり、今年度末で古庄先生には異動してもらって…」
と、教頭が言いかけた時、古庄が顔を上げる。
「…あの、賀川先生には4月から年次休暇を取ってもらって下さい。4月の賀川先生の授業は、僕が代講しますから」
古庄のこの提案に、一同は虚を衝かれたように押し黙った。
「代講するって…!賀川先生の授業は、世界史だぞ?!お前に出来るのか?」
校長が目を丸くして、声を裏返した。
「同じ地歴科の免許ですから、地理専門の僕でも世界史は教えられます」
と、古庄はうなずく。
「いや、免許の話じゃなくて、ちゃんとした授業ができるのか…って話だ」
「大丈夫です。夜、自宅に帰ってから、真琴……賀川先生に教えてもらって、一緒に準備をすればなんとかなります」
古庄はそう言いながら、真琴の意思を確認するように目を合わせ、優しくニコリと微笑んだ。
しかし真琴は、心配そうに眉を寄せる。
「…でも、それだと、古庄先生は自分の授業と私の授業と、とんでもない授業数になります」
「大丈夫。4月だけなんだろう?生徒のためだし、君の代わりに授業ができるなんて嬉しいよ」
古庄はいっそう優しげに微笑んで、真琴の不安をねじ伏せた。その他にこれと言って良い案が浮かばず、真琴はしぶしぶ頷くしかない。
「その代り、今のように同じ枠で分割授業はできなくなりますから、賀川先生を他学年の副担任に配置してもらっておかないといけません」
と、付け足す古庄の提案に、管理職たちもそれぞれに頷いた。
「……そうだね」
「そうするのが、ベストですかね…」
そんな風にして、4月からの人事も、当初に申し合わせしていた内容から変化した。古庄の方が引き続きこの桜野丘高校で勤務することになり、真琴は実質3月まで勤務した後、休暇に入ることとなった。
「それじゃ、賀川先生。一言お願いします」
校長からの熨斗袋の後は、教頭からマイクを手渡されて、とうとうその時が来てしまったと、真琴は生唾を飲んだ。
「…あの、お祝いのお言葉やお品を頂き、本当にありがとうございます。予告もなく突然の報告に、驚かれた先生方も多いと思います。婚約していたことは一部の先生方にはお知らせしていたのですが、昨年末に急きょ入籍だけいたしました。それと言うのも…、…実は妊娠をしていまして……」
おおぉ――――――――っ…!!
〝妊娠〟と言う言葉が飛び出してきた瞬間、再び職員室はどよめきに包まれる。それが収まるのを待って、再び真琴は口を開いた。
「住むところも、今のところは別々で、実質的な新しい生活は来年度になるまで待ちたいと思います。なるべく皆さんのご迷惑にならないようにしたいと思いますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします」
真琴らしい真面目で堅いあいさつが終わると、一斉に拍手が起こり、真琴は深々と頭を下げた。
「ご本人も言っているように、年度途中で混乱しますので、賀川先生は3月までは今まで通り『賀川先生』とお呼びすることにします」
真琴からマイクを返してもらうと、教頭はそう言って付け足した。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
口々にお祝いの言葉をかけられながら真琴が自分の席に戻ると、職員朝礼も終わり、いつもの日常が戻ってくる。




