「結婚」しました。 Ⅰ
年が明けて最初の授業が始まる日、真琴は緊張した面持ちで、職員室の真ん中に立っていた。
隣には、校長・教頭・事務長と管理職の面々。そして総勢80名を超える職員の注目を一身に浴びていた。
職員朝礼を進める教頭が、マイクを持って紹介する。
「このたび、2年部の賀川先生がご結婚をなさいました」
おおぉ――――――――っ!!
ええ―――――――っ?!
職員室の至る所から、驚きと感嘆の声が上がり、真琴はいっそうの視線の的となった。
式も挙げずに、いきなり結婚の報告をするのだから、職員たちが驚くのも無理もない。
「それで、職員の互助会より、金一封をお渡ししたいと思います。…校長先生」
と、声をかけられた校長は、そのまま熨斗袋を渡してくれるのかと思いきや、教頭の手にあったマイクを奪い取るように持ち上げる。
「賀川先生のお相手は、僕の教え子でやはり教員をしています。これからいいこともあれば、苦労することも多いかと思いますが、賀川先生!ひとつ、幸せな家庭を築いて、そして主婦としての経験を教育にも活かしていってほしいと思います。おめでとう!!」
校長はマイクを熨斗袋に持ち替えると、真琴へと差し出してくれた。
「…あ、ありがとうございます」
真琴が頭を下げながら受け取ると、どこからともなく拍手が起こり、職員室は喜びに包まれた。
真琴の隣に並ぶ校長や教頭、事務長の管理職達に、〝妊娠〟の報告をして、再び話し合いが持たれたのは冬休み中のことだった。
「…どうして、年度末まで待たなかったんですか?」
いっそう面倒な状況になることに、教頭からはうんざりした表情で、結婚した時と同じような小言をこぼされた。
「待てるわけありません。教頭先生は、夫婦なのに何もせずに我慢しろとおっしゃるんですか?」
古庄は責められているにもかかわらず、窮するどころか心のままを語る。
相手が管理職というのも憚からない古庄の本音を聞いて、真琴は言葉もなく顔を赤らめた。
「いや…、そういう意味じゃない。子どもができないようにすることも可能なんだから…」
素直すぎる古庄の言い分に、教頭がたじろいで言葉を詰まらせると、
「まあ、結婚してるんだから、子どもを授かるのは自然なことだ。少子化のこのご時世、子どもは一人でも多く産んでくれた方がありがたいんだから!」
と、相変わらず細かいことは気にしない豪快な校長は、そう言って取り成してくれた。
校長がこう言えば、教頭も事務長も何も言えなくなる。それに今は、事実についてあれこれ小言を言うよりも、この現実に対処しなければならなかった。
「古庄先生が年度末に異動して、賀川先生が残っても、賀川先生もすぐに産休に入ることになりますね」
事務長がその事実を指摘する。
「来年度は3年に上がる学年なのに、同じ地歴科の教員が同じ学年部から二人も抜けるのは、…どうでしょう…?」
教頭も、更に導き出される事実を指摘して、難色を示した。一同は頭を付き合わせて、考え込む。
すると、しばらくして真琴が口を開いた。
「古庄先生は異動をせずに、あと1年この学校で勤務をして、私が4月から産休に入るというのは無理なんですか?」
「産休は出産予定日の8週前からですから、そうすると産休に入るのは4月の終わりくらいで…4月の1ヶ月間は勤務してもらわないと…」
真琴の案も、事務長によりあっけなく打ち砕かれたが、真琴は別の方法も導き出す。
「それでは、4月は休暇を取るという形ではいかがですか?年次休暇の繰り越しもずいぶんあるはずですし」
「年次休暇じゃ、代替の講師を入れられない。4月の賀川先生の授業は、まるまる全部穴が空くことになる」
「病気じゃないから、休職扱いにもできないし…」
事務長と教頭は、口々に問題点を指摘し、さすがに真琴も口を閉ざしてしまった。




