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クリスマス Ⅵ

 


 真琴のアパートに帰ると、部屋の中にはキャンドルが灯され、淡い間接照明に照らされた料理たちがテーブルの上に並んでいた。



 ――あっ、ローストビーフってこれか…!



 古庄は真琴にケーキを手渡して、皿の上に並べられた薄切りされた牛肉を確認する。



「本格的な飾りつけはしなくても、こうやってキャンドルを灯してしまえば、クリスマスっぽく見えるでしょう?」



 真琴はそう言いながら、古庄が買ってきたケーキもテーブルの上に並べる。



「そうだな。せっかくだからご馳走と一緒に写真を撮ろう」


「えっ…!写真ですか?」



 古庄の提案に、突然真琴は戸惑ったような声を上げた。



「うん、二人の写真って、撮ったことなかっただろ?いい記念になるし。君のスマホでもいいよ」



 そんな風に古庄は軽く言っているが、真琴は古庄と二人きりの写真を撮ることには抵抗があった。



 女子生徒の多くは、古庄と二人きりの写真を撮りたがる。いつもそれに快く応じている古庄にとって、写真なんて深い意味のないことなのかもしれないが、真琴にとってはそうではなかった。


 古庄と並んだ自分を、客観的に見たくない。

 あまりにも完璧な古庄の横にいると、あまりにも自分の平凡さが際立ってしまう。古庄に似つかわしくない自分を、自覚するのが怖かった。



「嫌なのかい?…でも、俺は真琴と二人の写真がほしい。」


「…嫌じゃ、ありませんけど」



 その真琴の一言を聞いて、古庄はニッコリと笑い、テーブルの上にあった真琴のスマホを手に取りカメラを起動させる。


 腕を伸ばしてスマホを掲げると、もう一方の腕で真琴を抱き寄せた。

 真琴は緊張して、うつむき気味に顔をこわばらせる…。



「さっきまで俺、ローストビーフって、肉のロースと牛肉ってことかと思ってたよ」


「………は?」



 思いがけない言葉に、真琴は反射的に顔を上げた。



「だから、『ロース』と、『ビーフ』、だよ」



「………!?」



 古庄らしい天然ボケに気が付いた真琴が、思わずプッと吹き出す。その瞬間、古庄はシャッターを切った。

 楽しそうに両手で口を押えて笑う真琴を腕の中に抱えながら、古庄は続けざまに撮影ボタンを押した。



 古庄に包まれて、その優しい腕を感じた拍子に、真琴はつい数時間前、学校で自分の身に起こった出来事を思い出した。


 高原に抱きしめられながら、心の中で必死に古庄を呼んだことを…。



「やった!君の可愛い笑い顔、ばっちり撮れたよ」



 古庄も楽しそうに笑いながら、自分の腕の中にいる真琴に語りかけた。


 けれども、真琴は何も答えられず、古庄の硬い胸に自分の顔を押し付けた。古庄の背中に腕を回し、ギュッとそれに力を込める。



「………真琴…?」



 戸惑ったような古庄の声を聞いても、真琴は顔を上げられなかった。


 自分の心の負担を軽くしてもらうために、いっそのこと今日あったことの全てを、古庄に打ち明けてしまおうかと心に過る。


 何よりも、古庄との間には秘密を持ちたくない。


 でも、真琴は思い止まった。

 二人で一緒に過ごせるこの幸せなクリスマスを、余計なことを言ってぶち壊したくない。古庄の気持ちを煩わせたくないし、高原との関係も悪化させたくない。


 これは真琴の心の中だけで処理して、終わらせるべきことなのだ。

 苦しい感覚が通り過ぎていくのを待つ間、真琴は唇を噛んで古庄の胸に顔をうずめた。



 古庄は何も問い質すことなく、真琴の肩を抱いて、その懐へと抱え込んだ。



 ――真琴が佳音とのことを、何か勘付いているのではないか…。



 先ほども感じた不安が、不意に古庄に襲ってくる。けれども、何も言い出せず、ただ真琴を抱きしめることしかできなかった。



 二人きりのクリスマス……。

 その幸せに包まれながら、その幸せでは洗い流せない〝秘密〟という名のしこりが、いつまでも二人の心を苛んだ。



 キャンドルの灯に照らされたほの明るい部屋の中で、二人はお互いの存在を確かめるように、しばらく抱きしめ合っていた。



「……来年のクリスマスは、3人になってるな……」



 背中に回す真琴の腕の力が緩んできたのを確かめて、古庄が口を開いた。するとようやく、真琴が腕の中で顔を上げる。



「今だってお腹にいるんですから、本当は3人なんですよ。でも今年は、こうやって過ごせる最初で最後のクリスマスなんですね…」


「そういうことだ。来年からは君を独り占めできなくなる」



 古庄がそう言うと、真琴は可憐な笑い声をもらした。



「さあ、食べようか。さすがに腹が減ったよ。君の作った『ローストビーフ』、美味しそうだ」



 真琴は表情に可笑しさを加えて、もっと笑顔になった。



「ちょっと待っててください。スープを温め直しますから」



 そう言いながら台所に向かう真琴の後姿を、古庄が見守る。スープに火を入れながら、料理の前に座って待っている古庄を、真琴が確認する。


 そんな何でもないことを、お互いがとてもかけがえのないものだと思った。

 〝秘密〟によって護られているこの狭いアパートの部屋にいる時だけは、何を気にすることもなく、どんな時よりも幸せを感じられた。


 二人は、今まで生きてきた中で、一番幸せなクリスマスを過ごした。





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