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クリスマス Ⅴ

 



 ――生徒以上には思えない……。



 そう言っている古庄の言葉の意味を考えて、佳音の今にも壊れそうな表情に影が差し、哀しみの色が加わる。



 古庄は佳音を慰めるために、薄く微笑みかける。

 端正な容姿により作られる完璧で優しい微笑みは、佳音の恋心をいっそう切なく募らせるだけだった。


 佳音の双眸からはもっと涙が溢れだし、唇は細かく震え、もう何も言葉にならなかった。



「ずいぶん暗くなってしまったから、もう帰りなさい」



 古庄は佳音の涙を拭ってあげることもなく、背を向けた。

 泣いている佳音をそのままにするのは心が残ったが、これ以上の優しさをかけるのは却って残酷だ。


 古庄は歩を進め、職員室へたどり着くと、佳音の方へ振り返ることなくそのドアの向こうへと姿を消した。



 古庄が真琴のアパートへ帰ると、真琴も今帰り着いたという感じで、まだコートを着ていた。


 痩せてしまった上に疲れで青白い真琴の顔を見ても、古庄は心配するどころか、自分の心がホッと落ち着くのが分かった。

 それほど、佳音に告白されたことは、古庄にとって思ったよりもショックが大きかったらしい。


 真琴の方も、いつもなら柔らかい笑顔を見せてくれるのに、古庄の顔をジッと見つめて、安心したように瞳を少し潤ませた。


 そんな真琴の表情を読んで、古庄は、真琴が何か勘付いているのではないかと、不安になる。


 いっそのこと、佳音のことを思慮深い真琴に相談してみようかと思ったが、ファミレスの一件のことを思い出して、思い止まった。

 つわりの辛さに耐えながら、通常通りの仕事もこなしてきた真琴に、これ以上心理的な負担をかけたくない。


 たとえ相手が生徒でも、夫が他の女性から告白されたなんて、妻からすれば快くないことだ。

 今日は真琴を幸せの真綿でくるむと、かねてより決めてある…。



 古庄は気を取り直して、努めて明るい笑顔で真琴に向き直った。



「本当なら、二人でレストランへでも行きたいところだけど…。今の君はどんな高級料理も美味しくないだろうし、…いつもの惣菜屋で弁当でも買って来るかい?…クリスマスって雰囲気は出ないけど」



 〝いつもの〟というのは、古庄が真琴に食べさせる弁当を買うために、行きつけている自然食の惣菜屋だ。

 肩をすくめながら、おどけるように言う古庄に、真琴もニッコリと笑いかけた。



「お弁当を買いに行かなくても、ローストビーフを作っておいたんです。今日はそれと、サラダとスープでも作って食べましょう」



「えっ…!?ロースとビーフって…?」



 料理には詳しくない古庄は、それがどんなものなのか、その時即座に想像できなかった。



「クリスマスだから、ちょっとソレっぽいものをと思って。…ローストチキンはさすがに無理でしたけど。…和彦さん、ローストビーフ好きですか?」


「ああ、もちろん好きだよ」



 どんな料理か判らなかったが、古庄は即答する。



「ですよね。そう言うと思ってました」



 いつもと同じように、真琴は嬉しそうにまた笑った。


 今晩一緒に過ごすことは、今朝話をしたばかりなのに、真琴は前もって準備をしてくれていたということだ。同じことを考えていたと知って、古庄の心に明るくて暖かい灯が灯る。



「それじゃ、準備するまでに、まだもうちょっと時間がかかるだろ?俺、ケーキでも買ってくるよ」


「ケーキですか?」


「大丈夫。もし君が食べられなくても、俺が食べ切れる大きさのにするから」


「…いえ、そうじゃなくて!」



 真琴は、脱ぎかけたコートを再び着て玄関から出て行こうとする古庄を、とっさに引き留めた。



「自転車で行っちゃダメですよ。私の車を使ってください」



 と、自分の車のキーを古庄に差し出す。


 確かに真琴の言う通り、自転車だとケーキはぐちゃぐちゃになってしまうだろう。

 古庄は肩をすくめてキーを受け取ると、気を取り直してドアの向こうに姿を消した。



 ちゃんとした洋菓子店のケーキは、やはり予約をしていないと購入するのは無理だった。


 甘いものはあまり好物ではないけれども、この日の古庄はあきらめたりしなかった。足取り軽く、次の行動に移す。

 大型スーパーにまで足を延ばすと、様々な大きさのケーキが山と積まれていて、ホッと胸をなでおろした。



 同じようにケーキを買い求めるカップルや、クリスマスのための買い物をする家族連れに、自然と古庄の目は向いてしまう。

 去年までの自分には興味もなく、そんな光景に目を止めることもなかったのに、今は自分も同じ幸せの中に身を置いている――。


 その現実を噛みしめると、真琴と結婚して本当に良かったと思った。




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