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クリスマス Ⅳ

 


 一方の古庄は、真琴が窮地に立たされていたことなど知る由もなく、うすら寒い廊下の片隅に佇んで、相変わらず佳音の相手をさせられていた。


 とっぷりと日が暮れ、クリスマスイブというのも手伝って、薄暗い校内には人影もない。もうとっくに勤務時間も終わっている。



 真琴が一人、アパートの部屋で待っていることを思い描いて、古庄は気が急いた。


 今日は約束の金曜日ではないけれども、「一緒にいよう」と書いたメモ用紙を、朝の職員室で真琴に渡した。

 それを読んだ真琴は何も言わなかったが、優しい眼差しを向けて頷いてくれた…。



 先ほどから何度か、「もう帰ろう」というニュアンスのことを佳音に持ちかけているが、佳音はその意を解さず、とりとめのないことをしゃべり続けている。

 よく聞いていると、昨日もそれ以前も聞いた話題だった。要するに、佳音は話を聞いてほしいわけではなく、古庄を自分に引き留めておきたいだけなのだ。


 いつもの古庄なら、時間の許す限り佳音に付き合ってあげるのだが、今日ばかりは早く帰りたい思いの方が強かった。というより、真琴のことが気になって話など耳に入っていなかった。



「森園…、もう帰った方がいいな」



 佳音の話が少し途切れた時、しびれを切らして古庄が切り出した。古庄に対するときだけは、いつも明るい佳音の表情が途端に曇る。



「まだ、大丈夫。まだ6時になってないし」



 古庄と二人だけの時間を1分でも長引かせたいのだろう、佳音は必死で古庄を引き留める。

 しかし、これ以上佳音の他愛もない話には付き合っていられないと考えた古庄は、佳音の言葉を聞き流して切り上げようとする素振りを見せた。



 すると、佳音は焦り始める。唇を噛むと、思い切って本当に話したかったことを持ち出した。



「先生。今日は…クリスマスイブだね…」


「…そうだな」



 新たな話題が持ち出されても、古庄は生返事をして受け流そうとした。



「こんな日は、独りでいるのって寂しいよね…」


「うん…」



 佳音は〝独り身〟の古庄も、寂しいクリスマスを過ごすものと思い込んでいるのだろうか…。


 どちらにしても、この話も長引かせたくない。古庄は佳音に微笑みかけるとおもむろに背を向け、職員室へと戻ろうとした。


「…だから、今晩は先生と一緒にいたい…!先生の家に行っちゃダメ…?」



 佳音の言葉の意味を考えて、古庄は無言のまま足を止めた。そして、振り返り、佳音を見つめる。



「……なにを言ってるんだ?」



 古庄に真顔で見つめられて、佳音は落ち着かなげに唇を湿らせる。



「今日はクリスマスイブで、特別だから…」


「特別な日なんだから、森園の大切な人といるべきだろう?」


「私の大切な人って、誰?…お母さんは、どうせ今日も帰りは遅いし…」



 この前、一緒にファミレスに行ったこともあってか、要求がエスカレートしている…と、古庄は苦虫を噛んだ。



「…そうか、それは寂しいな…。でも、俺の家に来ても何もないし、つまらないと思うぞ」


「つまらなくなんかない!…私は先生と一緒にいたいだけだから」



 古庄が要求を聞き入れてくれないので、佳音は懇願した。


 でも、今日ばかりは、古庄の方も佳音のペースにはまって流されるわけにはいかないし、これ以上佳音を増長させられない。



「寂しいのは解るけど…俺だけの力じゃお前の寂しさは埋められないよ」



「そんなことない!逆だよ。先生しか、私の心は埋められない。だって私は……、先生のことが好きだから!」



 聞き慣れていることもあって、佳音の告白は、何の驚きも伴うことなく古庄の耳の中に入ってきた。

 その「好き」というのは、生徒が教師を尊敬し慕う時に言う意味ではないと、すぐに解った。


 佳音はずっとその心にあった想いを告白するために、クリスマスイブという特別な日を選んで意を決したのだろう。



 古庄の顔をまっすぐに見上げるその大きく綺麗な目から、感極まって涙が溢れだしてくる。



 しかし、古庄は佳音の望んでいる言葉を、この時ばかりは答えてあげられなかった。

 佳音の心を埋めてあげるということは、その想いに応えて恋人になるということだ。



 かと言って、他の女子生徒から告白された時のように、はっきりと自分の気持ちを宣言することもできなかった。

 いつものように答えてしまったら、以前真琴が「かわいそう」と指摘してくれたように、佳音を深く傷つけてしまうだろう。


 佳音の頬を伝う涙を見つめながら、古庄は考えた。

 過敏で傷つきやすくなっている佳音に対して、どうやって答えるべきかを。



「……森園は、これまでもこれからも、俺の可愛い生徒だよ」



 困惑を押し隠すように、古庄はまっすぐに佳音を見据えながらはっきりと言った。




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