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クリスマス Ⅱ



そして、ようやく明日から冬休みというクリスマスイブ。

いつものように放課後の教室へと赴いていた真琴は、一つ大きな山を越えられたような気持ちで溜息をついた。



こんなにも長期休暇を心待ちにしたことは、真琴がこれまで教師を続けてきた中でも経験がない。例年の真琴ならば、しばらく会えなくなる生徒達のことが気になり、年賀状も送るのだけれど、今年はそんなことを考える余裕さえもなかった。



自分の体が自分のものではないような感覚――。


こんな状態がいつまで続くのだろうと不安にもなるが、これも自分の中に息づいている小さな命が、懸命にその存在を訴えかけているのだと思うと、真琴はその体の辛ささえ愛しく感じられた。



――和彦さんの一部が、ここにいる……。



古庄が傍にいなくても、いつもこうやって一緒にいられる…。

この存在は、いつかは真琴から離れていってしまうけれども、それまではこのかけがえのない体験と時間を大切にしよう…。


そう思いながら、列の乱れた机を一つ一つ並べ直す手を休め、真琴が愛おしむように自分のお腹に手を当てた時、人の気配を感じた。



放課後の教室には、時折古庄が姿を見せることがあるので、真琴はこの時も古庄だと思い、優しく穏やかな表情で顔を上げた。



…すると、教室の中に立っていたのは、古庄ではなかった。


予想が外れて、真琴の穏やかな表情は一瞬硬直したが、すぐにほのかな笑みを作る。



「高原先生、今年は先生に副担任をしてもらって、本当にお世話になりました。また来年、3月までよろしくお願いしますね」



高原は、声をかけられても思いつめたような表情で佇んでいる。


真琴が気まずさを払しょくするために、取って付けたような社交辞令を言っていることは分かり切っていた。



「……3月まで…なんですか?4月になって僕が副担任じゃなくなったら、もう僕なんてどうでもいいんですか?」



卑屈とも取れる高原の言動に、真琴は顔を曇らせた。



高原は職員室では話せない…言いたいことがあって、わざわざここへ来たのだ。真琴はそのことに勘付いて、少し怖くなってくる。



「そんなわけないでしょう?4月からだって高原先生とは、同僚として一緒に頑張っていきたいとは思ってる」


「……でも、賀川先生はあれからずっと、僕のことを避けてますよね?」



あの秋の日の夕方に、この教室で告白をして以来、真琴から必要以上の接触を避けてられていることは、高原自身も気づいていた。


そして真琴も、そのことについては否定できなかった。


どんなに想われても、高原の想いに応えることはできない…。

加えて、最愛の古庄がそのことについて気にしている…。


それらのことが頭に過ると、高原とどう接していいのか分からなくなった。


不器用な真琴には、何事もなかったようにそつない態度をとることが難しく、逆に、不自然ともいえる素っ気なさで対してしまっていた。



「…そんな風に感じていたのなら、ごめんなさい……」



真琴は神妙な顔でそうつぶやくと、唇を噛んだ。けれども、謝られたにもかかわらず、高原の顔は苦悩で歪んでいく。



「僕は…、賀川先生にそうやって謝ってほしいわけじゃないんです。ただ……」



高原はそこで言葉を切って、真琴と同じように唇を噛んだ。そして、自分の思いを言葉にできずに、ただ真琴の目をじっと見つめた。




真琴はそこから逃げ出したくなったけれども、今の高原には誠意を示さねばならないと思って、黙って高原の言葉を待った。


だけど、高原は何も言わなかった。言葉を発する代わりに早足で真琴に歩み寄り、その腕の中に抱きしめた。



真琴は息を呑んで固まってしまう。


どうして高原がこんなことをするのか…。それは、いくら恋愛に疎い真琴にもすぐに解った。


高原の想いは、まだ続いている――。



抵抗をして、この腕の中から抜け出さなければならないと思ったけれど、足元から震えが駆け上がってきて、真琴は体に力が入らなかった。



――…和彦さん…!



高原の肩に唇を押し付けられながら、真琴は心の中で古庄を呼んだ。

けれども、同じ校内にいるはずの古庄も、こんな時に限ってその姿を現してくれない。


自分だけの力でこの状況を切り抜けなければならないと思うと、いっそう怖さが募る。



「好きなんです…!」



抱きしめる腕に力を込めながら、高原がそう絞り出す。

真琴は身動きが取れなくなってしまったが、このまま高原の激情に流されるわけにはいかなかった。



「その想いには応えられないって、前に言ったと思うけど…」



心の中の動揺は押し隠して、つとめて冷静にそう答えた。



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