愛しています… Ⅱ
古庄が心配するのも、もっともだった。特にこの1週間ほどは、まともに食事を摂れていない。
食べていないのに真琴は食欲を感じず、まれに空腹を感じて食べてみても、今日のように吐き戻してしまう。
古庄の言う通り、本当に痩せてしまったことを、真琴も自覚していた。
でも、この症状は、紛れもなく真琴の中で新しい命が息づいている証拠だ。
ずっと今の状態が続くわけではなく、つわりの時期が終わったら…最低でも赤ちゃんが産まれ出でたら、以前のように食べられるし、疲労も今より軽くなる。
そう思って気を取り直し、真琴はため息をついた。ベッドへ戻ろうと、グラスを洗い、タオルで手を拭く。
その時、痩せて細くなった真琴の指から、スルリと指輪が抜け落ちてしまった。
「あっ……!」
タオルの中から、指輪が床へと、音を立てて落ちて転がる。野菜カゴの前で光っているそれを見つけ、真琴はホッとして拾い上げた。
再び自分の指にはめ直そうとした時、その内側にある刻印に気が付く。この指輪を古庄にはめてもらってから、古庄の要望の通り一度も外したことがなかったので、今までその存在を知らなかった。
光の方を向いて、刻まれている文字を確かめる――。
My dearest Makoto from K
それを読んだ瞬間、真琴の中の負の感情も、体の重さも、全てがなくなった。
古庄の大らかで深い愛情に包まれていることが、嬉しくて…心にしみて…、体が震えた。
指輪を両手で握って胸元に当て、真琴も、自分の全てが古庄に恋をし、どうしようもなく好きなんだと再確認する。
どんなに古庄に愛されていても、真琴の中のこの想いはあまりにも切なくて、涙がはらはらと零れ落ちた。
古庄の枕元に真琴は座り込んで、愛しい人の安やかな寝顔を眺めた。古庄の規則的な呼吸とは対照的に、真琴の胸の鼓動は痛みを伴って、切なく速まってくる。
誰もが、一瞬で心を奪われてしまうような人……。
そもそも、この世のものとは思えないほどの古庄は、真琴にとって別世界の人間だった。
たとえどんなに想いを焦がしても、真琴は他の多くの女性と同様に、遠くから憧れの目で見つめているだけの存在だったはずだ。
けれども、真琴は知っている。
無精ひげを生やして、頭を掻きながら大あくびをする古庄を。
頬にご飯粒を付けながら、なりふり構わず空腹を満たす古庄を。
やきもちを焼いて、思いつめた表情を見せる古庄を…。
こんな完璧な外見とは程遠い部分を見せてくれるのも、真琴が一番近くにいられる存在になれたからだ。
こんな古庄の寝顔を、こんな風に独り占めして、のんびり眺めていられるのも、古庄に愛されたからこそだ。
そして、古庄はどんな時も揺るがない愛情を注いで、真琴を守ってくれる…。
「……ありがとうございます。……さっきは、ごめんなさい」
暗い部屋の中に浮かぶ古庄の寝顔に向かって、真琴は思わずつぶやいた。
先ほどは言いたくても言えなかったことを口にすると、想いが高ぶって堪えきれず、また真琴は涙をこぼした。
その涙の中に、ずっと前から存在している真理を、やっと見つけ出して言葉にする。
「………あなたを、愛しています……」
本来ならば、ちゃんと古庄の目を見て伝えなければならないことだと思う。
でも、真琴はあまりにも不器用で、この想いの言葉を、どんな時にどうやって伝えたらいいのか分からなかった。
まだ今は、こうやって古庄の寝顔に語りかけるだけで精いっぱいだった。




