新しい命 Ⅰ
「君はいつから気づいてたんだ?」
真琴が診察を受けて帰宅するのを待ち兼ねていた古庄が、部屋のソファに真琴と隣り合って座りながら尋ねた。
手には、真琴が産婦人科からもらってきた胎児のエコー写真がある。
「妊娠してることですか?」
真琴が訊きなおしたので、古庄は写真を見つめながら頷いた。
写真の中の我が子は、まだ小さな塊でしかない。でも、真琴の説明では、映像を見ると細い手足や微かな心拍が確認されるそうだ。
「検査薬で確かめたのは、和彦さんに打ち明けた前の日です。そうじゃないかと思い始めたのは、その2,3日前ですけど」
「どうしてそう思ったんだ?やっぱり普通に体調が悪いのと違うのか?母親になると、本能的に気が付くものなのかな?」
不思議な現象を目の前にした少年のように、古庄の目は素朴な疑問に満ち溢れていた。
しかし、真琴は肩をすくめて苦く笑った。
「本能的に気づけるのなら、私は母親失格です。もう9週に入ってて、もっと早く受診するべきだと言われました」
「ま、君の場合は忙しくて自分のことが後回しだから、気づけなくても無理はない。それよりも、いつの時の…かな?9週目って言うけど…?」
「9週というのは、最後の生理の日から数えてるんです。…だから、ソレをしたっていうか……その、受精したのは多分7週前くらいです」
真琴は顔を赤らめつつ、言葉を選びながら説明した。
「7週前っていうと……?うーん、やりすぎてて分からないな」
「やりすぎって……!」
真琴が手を口に当てて、絶句する。
「いや、やりすぎじゃない。君のことは、いくら抱いても足りないくらいだ」
「………!!」
古庄のあまりのストレートさに、真琴は両手で真っ赤な顔を覆い、恥ずかしさが通り過ぎていくまでの間、悶絶した。
「…真琴?どうしたんだ?気分でも悪いのか?」
そんな真琴を、古庄は首をかしげて見つめる。
古庄に余計な心配をかけたくないので、真琴も変な汗を拭きながら顔を上げた。
「……と、とにかく、本来なら生理が遅れて気が付くところなんですけど、疲労が強くなると生理が来なくなることが前にもあって…今回もそのせいだと思ってたんです。それが、吐き気を感じるようになって、もしかしてつわりじゃないかと…」
「吐き気もあるのか…?」
古庄は我が身に降りかかる災難のように、眉を八の字にした。
「吐き気だけじゃなく、このだるさや頭痛、めまいなんかも、つわりの症状の一つだって教えてもらいました。経験してみなきゃ分からないものですね」
そんな風に言って微笑む真琴を、古庄はそっと抱き寄せた。
「子どもが生まれてくるのはすごく嬉しいけど、君一人にそんな辛い思いをさせて……」
洗いざらしのシャツの匂いとその下の胸の鼓動を感じながら、古庄の思いやりが真琴の心に沁みてくる。
「あなたの一部が私の中で息づいているんですから、全然辛くありません…」
その現実を噛み締める度、喜びで震える。それは真琴だけでなく、古庄も同じだった。
この喜びを感じるのも、お互いをこの上なく愛しいと思っていればこそだ。
「君は俺の命よりも大切な人だ…。何があっても、俺が守るから…」
そう囁く古庄の唇が、真琴の額に触れた。
――…俺が守るから……。
この前、佳音に語られたのと同じ言葉…。
けれども、その言葉の中には違う響きがある。
古庄の唇が自分の唇へと、優しく重ねられるのを感じながら、真琴はその響きの意味を考えた。




