告白 Ⅱ
トイレの薄いドア越しに聞こえてくる高原の足音と共に、古庄の胸の鼓動もドキンドキンと大きくなっていくのが分かった。
高原は、真琴よりも3歳年下の化学の教師。今年の春に赴任してきて、真琴と共に2年3組を担当することになった。
大学院の博士課程まで出ているらしく、教員になってまだ日が浅いため、逆にそれが初々しい。秀才であることのみならず硬式テニスの経験もあり、同部の顧問をしている、絵に描いたような爽やかな好青年だ。
何事においても完璧に見える古庄自身ほどではないが、女子生徒にも人気がある。
真琴が高原になびいてしまうことなどないとは解っているが、この出来事に古庄はあからさまに動揺していた。
こんなことは、真琴と知り合ってから=真琴を好きになってから、一度もなかったから――。
真面目に仕事をこなす真琴の周りには、もちろん自分を含めてたくさんの男性教師がいる。けれども、これまで真琴が自分以外の男と仕事以上の個人的な関わりを持つことなどなかったから、古庄は意識のどこかで安心しきっていた部分はあった。
だけど、当の自分がこんなにも恋焦がれて愛しいと思う真琴を、他の男が同じように思っても不思議ではない。
そうして古庄がトイレの中で悶々と考え事をしている内に、教室の整理が終わった真琴の足音も通り過ぎていく。
息を呑むほどだった美しい夕陽も、もう落ちてしまった。
古庄の目論見は見事につぶされ、“教室デート”はまたの機会に持ち越された。
職員室へ戻ってみたら、真琴は普段と変わりなく仕事をしていた。明日の授業の予習をしているみたいだ。
真面目な真琴は、ぶっつけ本番で授業に臨むことなど絶対にない。
古庄が腰を下ろす気配を察して、真琴はチラリと視線を向けて微かに笑いかけてくれた。いつも通りの何気ない仕草なのに、古庄の心が甘い蜜にキュンと痺れてくる。
しばらくそのまま古庄は何も手に着かず、新聞を読むふりをして、真琴の様子を窺った。
いつも通り淡々と仕事をこなす真琴からは、先ほどあんなに衝撃的な出来事があったことなど微塵も感じられない。
しかし――、高原の方はそうではなかった。
はす向かいに座る高原は、時折切ない眼差しを真琴へと向けている。
――…あいつ……!
古庄の動揺は、焦りへと様相を変え始める。一刻も早く、真琴をどの男の目にも触れないところへ連れて行きたい衝動に駆られた。
そうして真琴にキスして触れて、彼女の自分への想いを確かめたかった。
でも、まだ今日は水曜日。週末までには、まだずいぶん時間がある。自分たちが決めたことにも律儀な真琴は、イレギュラーは好まない。
「今晩一緒にいたい」と言っても、「週末まで待ちましょう」と言われてしまうのは、火を見るよりも明らかだった。
古庄は悶々とした気持ちを抱えたまま、高原の行動に目を光らせ、彼が帰宅したのを見届けてから、自分も帰途に就いた。